01-1 我、脱獄する
青い星が、黒い宇宙の中にあって。
青い空が、青い星を青く輝かして。
黒い海が、青い空の下に広がって。
色々な大地が、黒い海に囲まれて。
そしてその大地に赤い雫が落ちた。
その次に、人が地面に崩れていく。
人が倒れても周りは気にはしない。
自分が危ないのだから当然だろう。
そして、また赤い雫は吸い込まれ。
別の人は倒れて、繰り返されいく。
終わりの見えないその死の輪廻に。
一体、大地は何を想っているのか。
詩人アレクサンドラ・ハスプコの言葉
◇ ◇ ◇
少し昔、その大陸に2つの人種が上陸した。
やがて、彼らは東西の双方から、大陸を支配していく。
およそ1500年前、最初の衝突があった。
5世紀に渡った何百回の衝突は、双方の国家での混乱によって打ち切られる。
そして、わずか10年にして、双方は再び統一され、また、衝突は起きる。
結局、2度目の衝突が終わったのは33年前。
同時に、双方も再び分裂する。
8年前、3度目の統一が、双方自身の手でなされる。
今、つまり帝暦1974年。
西の帝国の暗い所にいる魔法使いと、その魔法使いの帰りを待ちわびる魔女がいた。
◇ ◇ ◇
カツン、カツン。
正午丁度。“彼”が言っていた通りの時間帯に足音は鳴る。笛の音が聞こえた後に。
何万の羊と人々を導いたという笛の音は、この世の物とは思えないほどキレイで、手のひらに爪を立っていなかったら、ついていってしまうほど幻想的だった。
ただ、鉄の冷たい牢の中にいるから、外に出ることさえ不可能だが。
「よく眠れましたか、ナイトさん?」
「ええ。夕方までは尋問は無いらしいです。誰か来ているのですか?」
「はい。どうやら皇帝陛下が視察に来ているらしく、陸軍と空軍と後は役人の方々総出で来ていますよ」
「その中で、捕らわれていた少年が脱獄する。大変な事になりますね」
「この基地の司令の首が吹っ飛ぶでしょうね」
そんな会話を交わしながら、つばが広くとんがっている帽子と黒いマントが特徴的な男性は、牢の鍵を開け、俺の手錠も外してくれた。
礼を言ってから、昨日“彼”が言っていた通りの道順で走る。囚人用の服はただの服なので、脱獄を阻止する事は無い。
そして、機械の目はさっきの男性によって止められ、人の目は皇帝に向いている。
そう。皇帝に向いているはずだった。なのに、何故か皇帝はいた。
女子トイレから出てくる所、という形で。
「っ!」
「!?」
とっさに声を出さなかったのは、まさにファインプレーだった。
まっすぐ直線上に通路を進んでいった先には、屈強な黒服が何人もいた。トイレとは反対の壁を向いて。
きびすを返して、迷子覚悟で基地を走ろうとしたその矢先。
「待って!」
先祖代々男だと聞いている筈の皇帝の口から高い声が出て、勢いよく腕をつかまれる。
その勢いで、俺は振り回された。丁度、真新しい女子トイレの入口の中に入る形で。
「どうしました?」
「いえ、一瞬だけど白昼夢を見ていたの。お父様の。……もう少しトイレの中で休んでも良いかしら?」
「どうぞ」
ほとんど使っていなさそうな白い床に手をつきながら、近づく少女を見る。
男子には出来ないほほえみを浮かべながら、俺の顔すれすれまで自分の顔を近付けた少女は、何か納得したような表情をした後、体育座りをした。
「君は誰だ?」
高そうな女性用のスーツが汚れるにも関わらず平然と床に座った少女は、じっと俺の目を見つめる。
「……クリョーン・フラクレア、です」
見つめられるのが苦手な俺は、少し下を見ながら答える。そこそこある胸が見えた。
クリョーン・フラクレア、と一回つぶやいた少女は、あぁとすぐに誰か思い出して声を上げた。
「妹への反逆罪で捕らえられた」
「あれは濡れ衣です!」
つい大声を出しかけるが、状況を思い出して何とか止めた後、小さく声をあげて、顔を上げる。大声はあげていないけど、勢いよくは言った。
……んっ? 妹?
「私はクリョーナ・アルハンシア。今のこの国の皇帝と言われてるシークの姉だ。皇位はこの胸のでかさから無理だったがな」
「皇帝陛下の御姉様、ですか?」
「ああ。妹は私が女性フェロモンを奪い取ったせいか、髪がショートだったら少年に見えるから、妹が皇帝になった」
「……皇帝陛下は女性、なのですか?」
「ああ。お父様が亡くなってからずっとな」
政府は、皇帝陛下は男であると言っている。
一方、テレビでも見たことも聞いたこともない、国王の姉を名乗る眼前の少女は、皇帝陛下は妹であると言っている。
「つまり、君は最重要の国家機密に触れたという事だよ、クリョーン君」
「えっ?」
そして、頭の中の整理が追い付かないうちに、彼女は話を進めようとしていた。
「さて、見た所、君はこの基地から脱獄しようとしているみたいだな。そして、監視カメラは君を感知していないし、牢獄の見張りも騒いでいない。つまる所、君には協力者がいるね?」
「…………」
「話したくなかったら、話さなくてもいい。その事について黙る代わりに、私を手伝ってほしい」
「手伝う、ですか?」
「ああ。“帝国”という巨大な牢獄から出るのを手伝ってほしい。“東”に行くために、な」
「……えっ?」
ほほえみを浮かべたまま、彼女は立ち、滑らかな動作でポケットの中にある物を取り出した。
非現実的なそれは、一昨日見た物で、そして今度は死ぬときに見るだろうな、と思っていた物で。
「君の能力とこの拳銃。その2つを使えば、選択肢は何十もあるだろうね?」
俺は決心するしかなかった。
ごめん。帰り、大分遅くなりそう。
心の中で俺が一番早く会いたいと思っているアイツに言った後、俺も立って、拳銃を受け取る。その本物の重さは、彼女の決断の重さを伝えてきていた。
「クリョーナさん」
「んっ?」
「目元、拭いておいた方が良いですよ」
「…………そうだな」
そして、急造された女子トイレのもろい壁は、轟音と共に粉々に散った。
その轟音に兵士が駆けつけた時には、市街地へと通じる道と基地を分ける厚い壁も消え去っていた。




