背徳と純粋の境(あわい)で
義理だけど、家族間の恋愛など背徳的要素があったのでR15とさせていただきました。
灰色の街、そう表すのが一番合ってる印象の街。あまり 好い表現ではないけれど、いつも曇っている上に中途半端に都会だからか、ビルもそれなりでそういう表現が相応しいのだから仕方がない。
そんな灰色の街の郊外にある、高級住宅街の一角に古い私立図書館。そこが私の今の自宅だ。一年前までは、全く別方向にある風呂もついていない古いアパートで暮らしていた。だけど、ある事件がきっかけで私の暮らす環境は大きく違っている。苗字も変わったし、家族も変わったし、住む家も変わった。新しい家族とは、全く血が繋がっていなかった。だけど皆優しいし、気さくで私も次第に心を開いて行った。
家族構成は、義父、義母、それから同い年の義弟が一人。この春から、同じ高校に通っている。名前は、 内田是彦。ついこの前まで親しくしていたクラスメイトだ。
是彦は、私よりも三ヶ月年下で、身長は175cm、長めの髪を毎朝ワックスで固めて立ち上げている。風呂上りなんかはそれが下さてれいてちょっと可愛くて、スポーツ万能で気さくだ。朝の弱い私をサッカー部の朝練に出かけるついでに起こしてくれ、放課後はまた部活をする。私はちょうどその時間は、図書館で本を読むので、帰宅時間はだいたい同じ。よって、バス通にも関わらず、暗いからという理由で一緒に帰ってくれるできた義弟だ。性格も明るくマメであるから、男女ともに人気がある様子で、私は義姉としても鼻が高い。是彦とは、家族になる以前から交流があったのですぐに仲良くなった。
一方私はと言うと、いつも教室の隅で本を読んでいる地味で目立たない生徒である。アパート暮らしの頃は貧乏がバレたくなくて、そして今は是彦とは義姉弟の関係にあると感づかれないためにそうしている。なぜならば、それは是彦の価値を落としてしまう事実であるためだ。だから、本当は一緒に帰るのも避けたほうがいいと思うのだけれど、ちょっぴり温かい気持ちになるということと、是彦が譲らないことから仕方なく受け入れている。
それから私は、内田家の養子縁組に入ってはいるが、学校では母方の性を名乗り 坂下美織と名乗っている。私を引き取りたいと言ってくれた義母は、私の境遇を考慮して、それも許してくれた。
私は、引き取られる前は実母と二人暮らしだった。私の実母、 坂下詩織は雨の日に亡くなった。中学三年の冬の話しだ。今の家族は、児童相談所の人が紹介してくれた里親だ。今は自宅となっている図書館には実母がなくなる前から通いつめていたので、そんな私の境遇を知り引き取ってくれたと言うのが一つの理由だそうだ。
もう一つは実母と是彦の双子の兄・常彦が先の交通事故で亡くなったことに由来する。自動車と原動付き自転車の追突事故だった。
私が内田家の養子になる以前、一人暮らしを続けていた頃は、雨が降る日は必ず実母の事故のことを思い出し、寂しいような、辛いような気持ちになっていた。その気持ちをごまかすように私立図書館に通いつめていたところ、そこの図書館の息子であった是彦と出会ったのであった。それは、梅雨の時期で私と是彦が互いの家族のことについて知ったのもその時だ。それから三ヶ月後、私は内田家の養子となることが決まった。
あの雨の日。私と是彦が出会った日。高校に入学してから、友達の一人もいなかった私は他人との接触に慣れておらず、たまたま自宅の図書館に寄った是彦に声をかけられ、驚いて逃げてしまった。大雨で濡れて寒い思いをしていたところに、双子の兄・常彦がバスタオルを持ってきてくれたのだった。しかし、それは雨でセットしていた髪が崩れた是彦であり、私の勘違いを指摘してまた逃げられぬようにと是彦がついた嘘であった。その時、是彦は私の実母と兄のことを知らなかったらしい。それから数ヶ月、私たちは真実を知ることになった。是彦は自分がついた嘘も告白してくれたのだった。
義母は、私のところに挨拶に来た時に死んだ息子と同じ年の少女が、たった一人の家族を失ったと言う事実を知り、新たな家族として迎えることを決めたのだという。とんだお人好しである。だけど、とても感謝している。同時に、常彦の死をどうすれば償えるのかいつも考えている。申し訳なくて、肩身が狭くて息苦しいけれど、他人と食事をしたり、他人と同じ部屋でテレビを見たりできて心がポカポカする生活だ。隣に人がいることなんて、これまでとても少なかったから。
是彦と家族になってから、私の知らなかった顔が沢山見えてきた。例えば、夜に一人で眠れないこととか。双子の弟として育ってきた是彦は、いつも兄と一緒に寝ていたらしく、今もその名残が消えないのだと言う。だから、その兄の代わりを私が務めるようになった。
「美織、寝るよ」
「私はまだ宿題があるの」
「じゃあ、待ってる」
はじめはわざわざ付き合ってくれるとは優しい義弟だなと思ったが、それはいざ布団に入るときに間違いであったということが判明した。
「何してんの、美織はこっち」
「!?」
以前の名残を残し双子の部屋の半分を仕切って使っているため、私の部屋はない。こっち、と刺されたのは是彦の部屋で、しかも是彦の布団の中である。どういうことだろう。どういうことだろう、どういうことだろう。考えても考えてもわからない。
「俺、一人で寝れないから。そういうこと」
私は完全に混乱していた。だってそんなの是彦のイメージとかけ離れている。だけど、考えても考えてもわからなくて、眠気も強くなってきて、私はもう色々諦めた。布団に入ると、背後から腕が回されて、すぐに寝息が聞こえてくる。本当に一人じゃ眠れなかっただけなんだ。熟睡している。
背中から緩くホールドされて、温かい。いつでも抜け出せる感じが、優しくて良い。何だか、こうしていると幼い頃のことを思い出す。そのうちに私も本格的に眠くなって、ゆっくりと目を閉じた。
朝は二回目覚める。一回目は、布団から是彦が抜け出すとき。二回目は是彦が朝練に出かける前にお越してくれる時。
「美織、そろそろ起きて」
それは繰り返される幸せな日々。その日々の中で、是彦の姿は何度も変わってしまったけれど、それでも大事な人であることは変わりない。正反対のようでとても兄と似ているところも、未だに兄にコンプレックスを持っているということも、私のことを気にかけてくれていることも変わらない。
どうやら少し寝すぎたようで、頭が重い。先ほど義弟が起こしてくれたというのに、二度寝してしまったようである。遅刻してないといいなあ、そう思って体を起こそうとする。ぐらり、と視界が歪んだ。これはまずい、風邪を引いているようだ。もう一度起き上がるチャレンジをしてみると、案外立てた。一回立ってしまえばこっちのものだ。時計を見る、8時。ギリギリセーフだ。朝ごはんは抜きにしよう。そうすれば、沢山話す必要なし。風邪もバレないだろう。
「美織ちゃーん、遅刻するよー!」
義父の声がする。内田家は、私立図書館の司書を務める義父が専業主婦も兼ねる。キッチンのある一階に向かって叫んだ。
「今日は朝ごはんいらないー!」
叫んだあと、盛大に咳き込む。これが聞こえてませんように。「わかったー」と返事が来たので、多分バレてない。季節はもう直ぐ冬に入る頃。セラーの上にカーディガンをはおらなくてはやっていけない。お気に入りの本しか入っていない軽いカバンを持って家をでる。走っても大丈夫そうだ。風邪の時は一回立ち上がってしまえば意外となんとかなることを私はよく知っている。幸いにして私は教室でも目立たない存在であるため、誰に声をかけられるということもない。これまでだって、実母に迷惑がかからないようにそうしてきた。その気持は義母に対しても同じだ。
学校に着くと、机で寝た。こういうときは、少しでも体力を残しておいた方がいい。授業の合間の休み時間に少し寝ることができるおかげで一限目、二限目、と順調に授業を受けることができた。だから、油断していた。今まで、一人きりだった教室。だけど、今は違ってた。教室には義弟がいたのだ。
「坂下?」
三限あとの休み時間。さすがに様子がおかしい私に気づいた是彦が声をかけてきた。義姉弟である事がバレるのを気にしているのは私だけだけれど、是彦も私の意を汲んでくれ、学校では苗字で呼んでくれる。是彦は“面倒見の良いクラスメイト”でもあるので私に声をかけてくるくらいは不自然ではない。だけど、普段口数少ない地味な生徒が人気者と会話しているさまは珍しいらしく、教室中から多くの視線が刺さる。少し慣れてきたけれど気分のいいものではない。
「具合悪いのか」
この義弟は義姉のことならば何でもお見通しのようだ。私自身、三限目を無事に受けられるかが心配な体調になってきていたので、ここは義弟を頼ることにする。
「内田君……。結構、キツいかも。保健委員の子呼んでくれる?」
先程から喉が渇いていたからか、声がかすれている。私のために義弟の華やかな休み時間を奪っていると思うと、申し訳ないが体は限界だった。
「いいよ、俺が連れて行く」
立って、と促され肩を担がれる。ああ、ごめんね是彦。申し訳ない気持ちは口からこぼれていたらしい。
「遠慮しないでよ。俺たち 義姉弟でしょ」
もともと、是彦は私たちの関係がバレても構わないのであった。今のタイミングでそう言ったのは、言いたかったからだろう。是彦がためらいもなく“義姉弟”と言ったので、少し教室がざわついたような気がした。
ああ、ごめんなさい。私のせいで是彦が嫌われてしまう。一番迷惑かけたくない義弟に迷惑かけちゃった。もう、私はあなたの義姉でいる資格なんてないのだろう。
亡くなった兄常彦については、是彦からよく話を聞いていた。常彦は、中学の途中から不登校になり図書館の手伝いをしたいたらしい。夢は、司書になり、館長である父親を継ぐことだったそうだ。髪はいつも下ろしていて、風呂上がりなんかは是彦と区別がつかないくらい似ていたと言う。それから、常彦は視力が弱く勉強するときは眼鏡をかけていたこと、スポーツよりも読書が好きであったことなど教えてもらった。常彦のことを知る同級生はほとんど公立の高校へ進学したため今の高校で常彦のことを知っているのは私くらいなのだという。だから、いざ私たちの義姉弟関係がバレたとしても、あの忌々しい事故のことはバレないよ、と是彦は教えてくれた。だけど。
義姉弟関係が嫌だったのは私の方だ。あの雨の日、私は是彦が演じた常彦に恋をした。それが、是彦であったと知ると、なおさら好きになった。私を思って吐いてくれた優しい嘘が、それを明かしてくれた事実も嬉しくて。義姉弟関係を認めたくなかったのは私だ。だから、教室では他人のフリをしていた。苗字もそのままにしてもらって、できるだけ目立たないように振舞って。
でも、それ以上に家族と言う関係は暖かく包み込んでくれて。是彦がこれまで絶対に見せなかったところも見せてくれて、眠るときに一人じゃなくて、大勢で食べるご飯は美味しくて。大事な家族だから、余計に辛かった。大事な家族だから、他人になりたかった。私と是彦は 義姉弟にはなれたけれど、番いにはなれないから。
「美織、熱がある。今日は帰ったほうがいいよ」
義弟が熱を測ってくれた。38度あるらしい。どうりでふらつくはずだ。予鈴がなる。三限がはじまったらしい。是彦に、これ以上は迷惑をかけられない。
「一人で帰れるわ」
だけど、しばらくは一人で立ち上がれないだろう。少し、保健室で寝かせてもおうかな。ところが、是彦はそれを良しとしなかった。
「早く帰って、病院に行ったほうがいい。今日は、俺も早退するよ」
義母は看護師だ。日中も働きに出ている。義父は図書館の仕事があるため抜けられないだろう。そこで、義弟である是彦が連れてゆくのだという。
「一日寝ていればなんとかなるわ」
しかしそれは、本格的に私たちが義姉弟であると知らしめることになる。そんなのはいけない。私も嫌だし、是彦にも迷惑な話だろう。断るけれど、是彦も譲らない。
「何で。悪化したらまずいよ。俺だってたまには学校をサボりたいんだ」
「それはできない。是彦に迷惑がかかってしまうわ」
「家族だろ。迷惑とか言うなよ」
「家族、ね」
ああ、是彦にとって私はやっぱり家族でしかないんだ。そう思うと、何だか泣きそうだ。目の淵から水分がこぼれ落ちそうになる。これを見られるのは不味い。けど、そういう理屈で止まるものでもない。これには義弟も驚いたようだ。
「なんで泣くの」
「是彦、家族ってあったかいよね。私、そういうの今までなかったからさ。お義母さんとかお義父さんとか、是彦と家族になれて本当に嬉しいよ」
だけど、私はずっと内田家の娘ではいられないから。ずっと是彦の一番そばにいられないから。きっと将来は、別の人が是彦の一番になるから。
「泣かないで」
頬に手を添えられて、顔が固定される。決して強い力ではないけれど、驚きで身動きが取れない。これってもしかして、キスされる?
是彦の唇がまぶたに触れた。そして、次の瞬間視界が暗くなって、目玉にぬるりとした暖かなものが触れる。目玉をごと涙を舐め取られたのだとすぐにわかった。
「な、え、何して……」
「兄貴の真似。美織前に兄貴の真似したら、落ち着いたから」
それは、雨の日のことを言っているのだろうか。あの日、確かに是彦は兄の真似をしてバスタオルを届けてくれた。だけど、それは兄ではなく是彦自身がとった行動だ。
「ちょっとは落ち着いた? 何で泣いてるの? 言ってよ」
「聞いても嫌いにならないで。お願いよ」
是彦は兄と似ていないって言うけれど、優しかったであろう部分はとてもよく似ている。私が困っているとき、いつも優しく問いただしてくれるじゃないか。私はそんな義弟のことが好きだ。家族としても愛しているし、一人の人間としても愛している。
「私、是彦が好きよ。家族として。だけど、是彦に恋をしているの。これがいかに不味いことかわかる?」
私たちは義理とは言え姉と弟なのだ。家族にはなれても、恋人にはなれないのだ。だけど、是彦の考えは違っていた。
「いや、全く。だって、俺も美織が好きで、美織に恋している。それこそ、家族になるずっと前からね」
実母と二人暮らしだった頃、私は内田家の私立図書館へ通いつめていた。義母はよく見知る私のことを想い養子縁組してくれたのだけど、私を知っているのは義母だけではなかったらしい。内田家の次男・是彦もまた私のことを知っていた。
「その時から好きだった。兄貴が死んじゃったのは悲しかったけど、美織が家に来てくれるって聞いたときは嬉しかったよ。だって、他の知らない奴に取られる前に俺が予約できるでしょ。俺のお嫁さん候補ってことで養子縁組できるじゃん」
私が養子になると聞いたとき、是彦は両親に結婚年齢に満たったら自分の妻として迎え入れたいと頼み込んだと言う。しかし、義母にこう言われたそうだ。
「母さん、酷いんだ。美織にも選ぶ権利はあるって言うから」
私は思わず笑ってしまった。義理の両親は私が是彦の妻として内田家の一員になることにとっくに賛成なのだということがわかったから。本当に、つくづくお人好しな家族である。
「それで俺も、そうだなって思ってさ。そしたら、何か美織に気軽に気持伝えられなくて。だんだん、美織は俺のこと義弟としてしか見てないんじゃないかとか思いだしてさ。だから、せめて出来るだけ甘やかして、もう俺以外の男のこと好きになれないようにしようかなって思ったり」
私以上に、義弟の方が悩んでいたのだ。その事実にとても驚いている。
「だけど、美織が学校では別性で呼んでくれって言ってくれたことは、なんか嬉しかった。もちろん、義姉としても大事にしたいから……て、俺らってやっぱ難しいよな」
「そうだね。この気持ちって私たちにしかわからないよね」
家族だけど、恋人みたいに大事で。優しくしたいけど、馴れ合いにはできない。
「だからさ、俺考えたんだ。もし、美織と気持が一緒だったら美織と一緒に暮らしていること、クラスのやつらにも話してしまおうって」
「地味な私と是彦が義理の姉弟だってバレてしまうわ。是彦も一人になっちゃう」
「美織、自分のことそんな風に思ってたの? 知ってた? 美織、クラスの人にすごいところのお嬢様だって思われてる。だから、皆近づきにくいだけだよ」
自分にそんなレッテルが貼られているとは、全く知らなかった。だから、とても驚いた。
「自慢じゃないけど、内田家もそれ相応の家なんだし、ちょっと考え方は古いけど、こういうことにしない? 俺と、美織は婚約しててそれで一緒に住んでますって」
なんということだろう。間違ってはいないけれど。
「そう言うわけだから、俺が今日一緒に病院連れて行っても何も変じゃないでしょ。美織、立てる? せっかくだからさ、一緒に行こう」
「今からそれを言いに行くというの? いきなりすぎるわ」
「でも、じゃないと病院行けないよ」
是彦に支えられて立つ。私はもう、一人では歩けない。いつも、そばには義弟がいた。これからも支え合って行くのだろう。これは恋愛感情なんかでは済まされない、もっとしつこくて、もっと背徳的な感情の混ざった愛の形だ。だけど、なぜか触れると暖かくて、寂しくなくて、すごく体に馴染みが良い。世間的には間違ってかもしれない。だけど、私たち家族にとっては普通のことで当たり前の感情だ。私はこれからも、内田家の一員として、家族として生きてゆく。愛する人が、家族になるってこんなに幸せだと知った、高一の秋の話だ。
皆様、こんにちは。はじめまして紗英場です。
突然ですが今回の作品は、以前に投稿した『偽りの仮面』という作品の世界観を広げ、全く別の形にしたいわば完結編です。
大は小を兼ねるで言うと、この『背徳と純白の境で』の中に『偽りの仮面』が入ってくる感じですね。
偽り~の方は、雨の日の一日を切り取った作品でもあります。よって、常彦が出てきます。ちょっとだけ。
さて、楽しんでいただけたらいいんですけど、わりと作者もこの作品は書いてて進みが良かったので、いい感じじゃないかなとは思ってるんですが、幾分頭を使いすぎて面白い作品になっているのかわからなくなっちゃいました。
小説って難しいですね! それでは、この辺で失礼します。