想われない少女
気付いた事がある。例えばもし、私という存在が突然として消えてしまっても、誰も困らない、誰も悲しまない。問題なく私がいた時と変わらない、同じ日常が続いていくのだろう、と。
それじゃあ私は生きてる意味ってあるの? 何の価値もないんじゃない? 至極自然とそんな疑問が生まれた。そしてそれは私にとって恐くて恐くて堪え難いものだった。
お母さんの事を話そう。
過去の記憶をさかのぼって思い出してみても、いつも一人で遊んでいた事しか思い出せない。お母さんに遊んでもらった記憶は思い出せないだけで埋もれているのだろうか? それともそんな記憶は始めからないのだろうか……。
私のお母さんはシングルマザーで二人だけの家族だった。お母さんは私に構ってくれる事もなく優しくしてくれた事もないけれど、たった一人の家族であるお母さんの事が私は好きだった。
そんなお母さんに嫌われないように私はあらゆる努力をした。炊事、洗濯、掃除などあらゆる家事など、小学校に入学する頃には大抵の家事は出来るようになっていた。
お母さんの役に立てるように、お母さんの邪魔にならないように。いつか私の事を褒めて……愛して欲しいから。
だから私は頑張って、頑張って、お母さんに振り向いて欲しくて、褒めて欲しくって……そして頑張り続けた。
私……お母さんの役に立てるよ? 迷惑なんかかけてないよね? なのに、ねえ、なんで?
お母さんの誕生日、私はなんとかしてお母さんを喜ばせてあげたかった。何をプレゼントしたら喜んでくれるか散々悩んで、結局手作りでケーキを作る事に決めた。私が得意なのは日常的な料理だけでお菓子やケーキは作った事がなかったけれど、一生懸命頑張って作ろうと思った。
初めて作るケーキは分量とか難しい事が多くて、色々と大変だったけれど完成させる事が出来た。
あとはお母さんが帰ってくるのは待つだけ。苦労して作ったケーキうを冷蔵庫に入れて私は、お母さんが帰って来るのを、今か今かと待ちわびた。
五時間程待っただろうか、時刻は十二時をまわっていた。でもいつもの事だ。そうお母さんが帰って来るのはいつも遅い。もしかしたらお母さんは今日が誕生日だって事を忘れているのかもしれない。だとしたらびっくりするだろうな、きっと喜んでくれるはずだ。その時の事を思うと楽しみでしょうがない。
お母さんが帰ってきたのは、それからさらに一時間程経った頃だった。眠くて眠くて目蓋が閉じそうだったけど、私は勢い良く玄関へと向かった。
飲んで来たのだろう、頭はぼさぼさ、頬はほんのり桜色どころか林檎みたいに赤くなっている。だらしなく壁に寄り添いながら、ぶらんとポシェットを右手からぶら下げていた。
お母さんを驚かせてあげよう、そんな事考えなければ良かった。普通に「おかえりなさい」と言って中に迎え入れておけば、こんな事ならなかったのに。今まで通りでいられたはずなのに、いやそんな事ないのか。どっちにしろお母さんは私の事が嫌いなのだから……
帰ってきたお母さんに向けて私はクラッカーを鳴らせた。パアンと快活な音と共にカラフルなテープのようなものがお母さんに向かって飛んでいった。
「お誕生日おめでとう!」
満面の笑顔で私は言った。頭にはパーティグッズの赤い三角帽を被っていた。部屋の装飾も完璧に施して、準備は万全だった。
その時お母さんが見せた表情は今でも忘れられない。壁に寄りかかり、乱れた前髪の隙間からじろっとした目で、私を睨めつけてきた。
そしてお母さんは持っていたポシェットを振り回し、全力で私にぶつけ、さらに怒声を発した。
「あんたが……あんたがッ! いるから!」
なんで? なんでお母さんは怒っているの? どうなってるの?
「あんたが邪魔するから、うう、私は、幸せになれない! あんたが邪魔するせいで、あんたが!」
私が邪魔を……? どういう事? 私迷惑なんかかけてないよ? お母さんの役に立てるように頑張ってるんだよ? ねえ、なんで邪魔なんて言うの?
「あんたがいるだけで迷惑なのよ! いい加減にして、これ以上あたしの……邪魔しないでぇ……」
……そっか、私っているだけ、ただいるだけで迷惑なんだ。
「あんたが! あんたが! どうしてあんたなんかが、ああああ!」
お母さんはそう言い続けながら、何度も何度も私を殴りつけた。よろよろとしたその攻撃はそれなりに痛かったけど、私は避ける事なくその場に立ち尽くした。
「私っているだけで迷惑なんだ」
お母さんに殴られながら、ぽつり呟いた。言葉に出すとそれは、あまりに悲しく、あまりに悲痛だった。しかしなぜか納得もいった。
私の頑張りなんて意味も価値もなかった。どんなに私が頑張ったって、私自身が迷惑な害なす存在なのだから、私がどんなに頑張ったとしても無意味なんだ。
それならいっその事……
その時、ある考えが頭の中に流れ込んで来た。天の声とでも言えるかもしれない。それはこんな私でも愛してくれるかもしれない人がいる、という事だった。
「お父さん……」
お父さんなら、こんな私でも愛してくれるのかな。
もしお父さんでも駄目なら私は……
動かなくなったお母さんを乗り越えて、私は家を飛び出した。




