自分本位な男
パチンコ屋の駐車場から原付に乗り込んで、大通りを走る。十分程走らせ脇道を抜けると俺の家が見えてくる。築何年経っているのかわからない程ぼろぼろの木造アパート二階建てだ。
俺の部屋は二〇一号室、階段を昇ってすぐ脇に俺の部屋がある。
ドルンドルンと今にも壊れそうな排気音をさせた原付を駐車場に停め、階段を登る。錆び付いた鉄製の階段は、静かなアパートに足音を響かせる。
……家に帰ったらカップ麺でも食べて早々に眠りにつこう、もう疲れ果てた。
そんな事を考えながら二階へと昇る。
部屋に入ってようやく今日の疲れを癒せる、そう思っていたがその思惑は余りにも予想外な出来事によって疎外された。
「…………?」
足を止める。そして家の扉へと視点をもっていかれる。
一瞬幽霊にでも遭遇したのかと思い、心臓がビクンと跳ね上がった。
「な、なに?」
俺の家、古びた青い扉の前に体育座りになった少女がいた。両足を両手でぎゅっと抱き寄せ小さく縮こまっている。
「えっと……その……」
その少女は俺の姿に気付くと俯いていた顔を上げ、静かに立ち上がった。
立ち上がるとその身長は俺の胸の辺りまでしかなく、百四十センチ程だろうか。顔は幼く、一見すると小学生くらいにも見える。
「あの、あたし! い、行く所ないんです」
長い事外に居たのか全身をぶるぶると震わせながらその少女は言った。
「泊めて……泊めてもらえませんか?」
「は、はあ」
俺は首を傾げる。意味が分からなかった。
その少女の顔をあらためて見るが知り合いという事では無さそうだ。こんな小さな子供の知り合いなど居るはずも無い。
つまり家出かなにかって事か……? 俺はそうあたりをつけた。
「お、お願いします!」少女が頭を下げる。
「だめ」
俺は一言で一蹴し懐から鍵を取り出す。そして少女の脇をすり抜けようとするとその少女が遮るように前に出てきた。
「お願いします!」
ちっ、思わず舌打ちする。
「だめだって言ってるだろ、どけ」
抑揚の無く返事を返し、右手で押しのけようとするが、少女は断固として動かなかった。そして
「お願いします!」と頭を下げ続けるのだった。
「だめだ、さっさと家に帰れ」
「行く所ないんです……お願いします!」
「お前の都合なんか知るか、帰れ」
「お願いします!」
何度「どけ」と言っても頭を下げるだけの反応、その押し問答が何度も続き俺はとうとう怒声をあげた。
「……ッ! いい加減にしろ! 警察呼ぶぞクソガキが!」
少女の身体がビクンと萎縮し、小さな身体をますます小さく縮こらせた。
「行くとこがない? そんなの俺には関係ねえよ! さっさと家に帰れ!」
しかし少女は壊れた人形のように同じ言葉を続けるのだった。
「お願い、お願いします……」
その声は震えていた。頭を下げているのでわからないが泣いているのかもしれない。
だが俺にはそんな事は関係ない事だ、ガキの涙に騙される程バカじゃないしお人好しでもない。
しかし……この深夜に泣かれるのはちょっと面倒だった。
「……わかったよ」
俺はズボンのポケットから財布を取り出す。中身は今日の勝ち分のおかげで萬札が溢れている。その中から一枚抜き取り眼下で頭を下げる少女に差し出す。
「えっ?」
「それだけありゃ、なんとかなるだろ」
「そんな、こんなのもらえませ……きゃっ!」
そして少女を強引に蹴飛ばした。小さな身体が冷たいコンクリートの廊下に投げ出される。
その隙に鍵を開け、俺は扉を開いた。
「それで家出でもなんでもまあ、適当に頑張れや」
「お金なんかいらないですから、一晩だけでも泊めて……」
「じゃあな」
少女の言葉を遮り扉を閉める。ロックをかけると、その音は夜のアパートに冷たく響いた。
……ふう〜疲れた。
部屋に入り深く一息をついた。重たいコートを脱ぎ捨てて電気と暖房をつける。
いつのまにか食欲も消え失せていて、それよりもただひたすらに強い眠気に襲われた。
頭がふらふらしてもう何も考えられない。家に帰ったらしなければならない事がたくさんあったというのに……
俺はジーパンのままベットに倒れ込んだ。そして最後の力を振り絞って携帯を取り出し今日のイベントについて再チェックを始める。
……今日二十二日ぞろ目のイベントは1/2金銀機種が三機種、今日は緑と鬼とエウレカ……だったかな。エヴァかと思ってたけどやっぱりARTに入れてきたか……全機種金入りでリンかけは俺の台だけだったな、それからジャグラーにもいくつか設定はいってたな、多分昨日の据え置きが半分くらいあったしやっぱEMSSは据え置き多い店なんだな……それから……えっとなんだっけ?
もう限界だった。まともな思考なんか出来やしない。
……もういいや
頭を思考状態から解放し、瞳を閉じた。
しかし
「…………?」
まさに意識を手放そうとするその時、妙な音に眠りを妨げられた。
「……? なんだ?」
妙に心にノイズを残す嫌な音だ。なんの音だ?と思い、俺は耳を澄ませる。
「ひっく、ひっく、ぐうん、ひん」
泣き声だ。
玄関口から聞こえてきている。状況から考えてあの少女が未だに扉の前に居座っているのだろう。
「マジかよ、あのくそガキ」
思わず悪態をつき毛布を頭までかぶった。これで聞こえなくなるはずだ、そう思ったが微かにだが確実に泣き声が聞こえてくる。
俺は寝付きが悪い、いつもと同じ枕じゃないと眠れないという程ではないが、いつも旅行先のホテルなどでは、眠るのに苦労する。
おそらく潔癖性なのだろう、気になる事があるとなかなか眠れないのだ。
このまま無視して寝入るのは不可能だった。
「勘弁してくれよ」
俺は重たい身体を起こし玄関へと向かった。そしてガチャリ鍵を解いて冷たいドアノブをゆっくり回した。
扉を開くと思った通り、少女が目蓋を腫らせてうずくまっていた。
そしてゆらゆらと揺れる瞳で俺を見上げてくる。
「ほら入れよ」
「ぐすん、えっ……? あん」
「いいから入れよ」
少女の手をとり、部屋へと引っ張りこむ。
動揺しているのか、少女はそのまま部屋の真ん中で立ち尽くしていた。
「えっと……あたし……」
俺はベットのある隣室から毛布を取ってきて、立ち尽くす少女に投げつけた。
「……勝手にしろ」
それだけ言って隣室の引き戸を閉める。
「ありがとう、ありがとうございます!」
その声を背中に聞きながら俺はベットへと身体を沈め、今度こそ眠りへとついた。
4
目覚ましが鳴るでなく、日常の習慣でもなく、ただ自然と自発的に目を覚ました。窓の外を見上げると、日の光がとても眩しい冬の青空が広がっていた。
……なぜだろう? 不思議だ……?
俺は首を傾げる。本当に不思議だった。
なぜ太陽が出ているのだろうか? いつもならこんな時間(日の出ている時間)に目を覚ます訳がないのに。ましてや昨日は終日稼働でEMSSにいた。そんな日の翌日は大抵、肉体的と精神的疲労で十二時間は寝るのが常だ。
実際、今だって身体も頭脳も起き上がる事に拒否反応を起こしている。まったくなんでこんな時間に目覚めたんだ?
「…………ん?」
俺は鼻をくんくんとならせる。引き戸の向こう側――居間の方からなにか香ばしい匂いがただよってくる。
同時に腹の音がぐううと高音を鳴らせた。脳が急速に空腹を思い出したようだ。
重たい身体をひきずりながらのろのろと起き上がり、俺は引き戸をガラリと横に開いた。
「あ……」
少女が台所に立ってなにやら料理を作っている。俺の姿を認めるとおどおどとした表情でこちらを見ながら短い声をを漏らした。
そう言えば……と俺は昨日の夜の事を思索し、そして思い出す。昨日家出少女を家に泊めたのだった。
「ごっごめんなさい! 勝手に台所使っちゃって」
少女は怯えた様子で言葉を吐き出し、頭を下げた。
そしてゴクンと息を飲み込んで遠慮がちに言葉を続けた。
「それで、その……ご飯作ったんですけど……食べて、食べてもらえませんか?」
卓に付き五分程待っていると、少女が次々と料理を乗せて運んで来た。朝ご飯にしては豪勢な、料理に素人な俺でもわかる程手の込んだ料理たちだった。
まだ中学生くらいだろうにたいしたもんだ。
「はい、どうぞ」
差し出された白飯を無言で受け取りガツガツと口へと運んだ。うまい。正直久しぶりに食べる家庭料理の味は最高にうまかった。
「あの、まずくないですか? 大丈夫ですか?」
無言で食べ続ける俺を心配そうに見つめながら、上目使いで尋ねてきた。
その言葉に俺は違和感を覚えた。
優と付き合い始めた頃、優は度々うちに料理を作りにやって来た。優の腕はいまいちで見た目も味もたいした事が無いのだが「ねえ、美味しい? ねえどう?」と自慢げに何度も尋ねて来るのだった。
そういえばはっきり「まずい!」って言ったら本気泣きされた事があったな、それが原因ではないだろうが、結局自分でも向いてない事を悟って料理をする事はなくなったのだが。
「あの、まずかったら言って下さい、すぐ作り直しますから」
……変な子だ。やたらとビクビクとしていて常に何かに怯えているようだ。
「別に……まあしいて言うならもっと濃い味のが好みか」
「ごっごめんなさい! 私知らなくて……。不味かったですか? 不味かったですよね? ごめんなさい、すぐ作りなおしますから!」
「ちょ、いいから!」
料理を片付けようとする手を慌てて制止した。少女は「でっでも……」と困惑した表情を続けている。
本当に変な子だ。
少女は絶えず心配そうな顔をしながら、俺が飯を食らい終わるのをじっと無言で待ち続けた。
そして俺が一息ついたのを見計らって
「あ、あの私、星香って言います」
と突然名乗りだした。
「はあ……あっそ」
「少しの間……ここに居させてもらえ……もらえないでしょうか?」
おずおずとそう言った。
「はあ……?」
正直いってこの星香と名乗った少女の言葉は考えていた予想通りだった。家出してきたんだから当たり前だ。……まったく面倒な事になりそうだ、いやもう面倒な事になっているのか? もうこれ以上は御免だ。
「ダメに決まってんだろ」
俺は星香に背を向け、すっくと立ち上がった。こんな早朝に起きてしまったので眠くて仕方ない。それにもうこのガキと話すのも面倒だった。
「お願いします。私なんでもするし迷惑なんかかけませんから」
星香は立ち上がった俺のズボンの裾を掴み懇願した。
……ああうざったくてしょうがない。
「うるせえな、居るだけでこちとら迷惑なんだよ! さっさと帰れボケが!」
その手を強引に振りほどき怒声を吐きちらした。
「……私って……居るだけで迷惑……ですか?」
何故か『迷惑』という言葉に過敏に反応したようだった。急に星香の顔から生気が抜けたように思えた。俺は何か引っかかるものを感じたが構う事無く言葉を続けた。
「ああ、迷惑なんだよ。わかったらさっさと帰れ」
俯いてぺたんと床に座り込んだ星香を置き去りに俺は自室のベッドに向かうのだった。
次に目覚めた時、辺りはもう暗くなっていた。というよりはいつも通りの時間、時計を見ると時刻は二十時ちょうどだった。
くああ……とあくび、そして伸びをしてから居間へと向かった。 そして居間への引き戸を開いて俺は思わず眉をひそめた。
「お前……まだ居たのかよ……ってなんだこれ?」
苦々しくそう言ってから俺は部屋の異変に気付いた。ここは本当に俺の部屋なのか? 視線を周囲に巡らせる。
ビールの空き缶、コンビニのレジ袋や煙草、その他諸々のゴミで一杯だった部屋が、その様相を変えていた。
部屋の隅々までほこり一つなく片付けられ、見ようによっては輝いているようにさえ思えた。元の部屋の乱雑さを考えるとまるで別世界のようだ。
「おはようございます」
星香がひょこひょこと近づいてきて頭を下げた。
「私、ぜったい迷惑かけません! ぜったい役に立ってみせます! だから……お願いします、ここに居させて下さい!」
そしてもう一度深く頭を下げた。
「お願いします!」
……本当になんなんだこいつは? 少し変わっているどころか全くもって行動の意味が分からない。
俺は訝しげに星香を睨み、そして
「お前……何たくらんでんの?」と言った。
「そんな……何もたくらんでなんかいません、ただここに居させて欲しいだけで……その……」
そう言う瞳に嘘はなさそうだった。まあ俺に言葉の虚偽を見抜く審理眼があるわけではないがそう思えた。
「う〜ん……」俺は顎に指をあててしばし思案した。この星香というガキは使えるんじゃないか……と。
子供のくせに料理と掃除は完璧、この様子じゃ大抵の家事なら全て出来そうだ。それに俺に従順ときてる。
「そうだなあ……」俺はぽりぽりと頭を掻いた。
「お願いします!」
さてどうしたものか……俺は頭を悩ませた。そして妙案を思いついた。
そうか、条件をつければ良いんだ、と。
「じゃあ、俺の条件が守れるなら許可してもいいぞ」
「ほっ本当ですか!?」
星香は顔をあげるとパア〜と明るい表情を見せた。そして「なんでも言う事聞きますよ」という星香にその条件を告げた。
「じゃあ一つ目。当たり前だけど俺に迷惑かけない事」
星香はうんうんと頷いた。
「二つ目、えっとお前家事できるんだよな?」
そう聞くと星香は「炊事洗濯なんでも出来ます!」と自信満々に言った。
「じゃあその家事とやらを全部頼む、出来るか?」
星香はまたうんうんと頷いた。
「最後、俺が出てけって言ったら即刻出てく事、これ重要だからな、出来るな?」
俺は語尾を強く言い念押しした。
「はい! わかりました! 私ぜったい迷惑になるような事しません。聖さんの為に全部の家事頑張ります!」
星香は嬉しそうに微笑んでそう言った。
……よし、いい感じだ。俺も満足気に笑った。
その時、俺の腹がぐううと音を鳴らせた。
「じゃあまた飯でも作ってもらおうかな」
「はい! 了解です」
星香ははしゃいだ声でそう言うと台所へと駆け寄っていった。
その後ろ姿を見ながら俺は心にざらりとしたものが流れるのを感じた。
……あれ? 俺自分の名前名乗ったっけ?
「…………?」
そんな記憶は無い……
まあいっか、そう思い俺は煙草に火を点けた。
主人公が良い奴に思われたらキャラ崩壊な訳で……




