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ハムスターさえ養えない男  作者: SEI
パチンコ屋に入り浸る男
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パチンコ屋に入り浸る男

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 二鷹駅にはパチンコ店が五店舗ある。地域密着型のサクラグループの系列が四店舗。さらに一月前、東北地方の大手チェーンEMSSが初の関東進出でグランドオープンし、二鷹駅には計五店舗のパチンコ店が出来た。

 かつてサクラグループのみが二鷹駅を独占していた時は、まさにぼったくりという酷い地域だったが、EMSSの進出によって二鷹駅は一気に様相を変えた。

 EMSSは二鷹駅に出店してから過激なイベントを頻繁に行なった。東北の事情はわからない事だが、大手チェーンという事なので資金力が豊富だったのだろう。

 傍目でも高設定を使っているのが明白なスロット、素人目にもわかるような良釘のパチンコ。

 EMSSは大成功のグランドオープンを遂げて、一月経った今でも御礼満杯の大盛況だ。

 しかしそれはサクラ系列の店舗が廃れる原因とはならなかった。このEMSSに徹底対抗したサクラグループはこれまでの営業を一転させて、こちらもまた優良店舗の一つとなった。

 EMSSの出店をきっかけにサクラ系列は対抗し、それによってまたEMSSが対抗するという、まさに好循環。二鷹駅は今、都内でも有数な優良地域へと変貌を遂げていた。

 

 今俺は、そのEMSSの前で朝の並びに参加していた。前後を見るに、並びはおよそ三百人くらい居るようだ。

 デパートくらい大きな店舗のまわりをずらっと囲むように人が列を為している。

 EMSSの入場方法は抽選、朝九時に整理券の配布が終わり九時三十分に抽選が始まる。

 ……さて、今日は良い番号を引けるだろうか。

 今日の狙いは既に決まっている。リンかけ(リングにかけろ)の1048番台、前日の据え置き設定狙いだ。

 この機種は周期CZチャンスゾーンの入り方で設定変更しているか見抜く事ができる。具体的には32Gごとに周期するCZは設定変更で0からにリセットされる。つまり朝一の挙動が32G以内にCZに突入すれば据え置き濃厚だという事だ。設定変更している可能性も高いが、それならそれで早い段階で見切る事が出来るしおそらくこれがベストの選択だろう。

 もうすぐ抽選時間だ。胸が高鳴る、気分が高揚しているのがわかる。

 ほぼ毎日並んでいるにもかかわらず、この瞬間のドキドキ感は変わらないものだ。

 そしてそんな感覚が溜まらなく楽しいのだ。



 十時になった。二百人程に減った行列が先頭から順に店内へと進んでいく。

 俺の番号は七十番、なんとも微妙な番号だ。

 順々に列は進み、五分程遅れて俺は店内へと足を踏み入れた。身体が震えるほど大音響のBGMが出迎えてくれる。

 狙い台のあるフロアは三階。店内に入ると同時にダッシュで階段へと向かい、そのまま三階へ。

 三階にたどり着き、はあはあと乱れる息を正しながら島(台の列)を一瞥。やはり最新台と人気機種はもう一杯だ。

 俺の狙い台リンかけは大丈夫だろうか。歩速を緩める事なくさらに奥の島へと向かった。

 ……あった。まだ空き台だ。ほっと胸をなでおろす。

 さっそく稼働させよう、もし設定変更されてたなら即刻台移動する予定だ。しかし早くしないと他の台も早々に埋まって打てなくなる。

 隣台にはさっそく他の客が座り始めている。急がなければ。

 サンドに千円札を突っ込みメダルを出す。

 さて、昨日チェックした限りでは、あと十回転でCZに入るはず。

 すばやく投入口にメダルを入れ回転させる。

 七、八、九……そして十回転。

 にやりと笑みがこぼれる。据え置き確定だ。

 リンかけの機械割は119%。フルウエイト(最速の打ち方)で廻して九千五百回転。期待値は十万八千三百円の時給約八千円コースだ。

 思わず笑みがこぼれるのも無理ない話だ。

 ちょうど隣に座った台も周期CZに突入していた。こちらも据え置きのようだ。その台は昨日マイナス三千枚(六万円)を吸い込んだ推定設定一の台だ。

 朝一から低設定を狙って打つなんてバカな奴だ、と今度は嘲笑的な笑みがこぼれる。養分ざまあというやつだ。

 まあその養分達のおかげで俺のような生活が成り立っているのだからありがたい事だ。

 そう俺は専業、パチンコを生業とするその道のプロだ(自称)。

 働かない事を心に決め、この道一本だけで生活してもう三年になる。

 ……さて今日も稼がせてもらうか。

 煙草に火をつけて意気揚々とレバーを廻す。それにしても勝利を確信したギャンブルほど楽しいものはない。



『当店は――あとわずかの時間を持ちまして――閉店となります――なお確変中——ART中の台に関しまして――一切保証は――致しませんので――ご注意ください』

 十時半になった。いつもと同様に一方的なアナウンスが流れる。

 俺は両腕を上に伸ばしぐいっと伸びをした。

 ……疲れた、尋常じゃない程までに疲れた……

 体中から小気味悪いぐぐぐっと骨がきしむ音がする。まるで錆び付いた機械音のようだ。

 朝の十時から今まで、約半日もの間狂ったようにレバーを廻し続けた。食事はカロリーメイトのみ、煙草は二箱が空になった。

 長時間煌々と光り続ける台に向き合っていた為頭はくらくらするし大音響で耳もおかしくなっている。

 まったく楽な仕事じゃない、だが、

 見上げればそこにはドル箱が六箱。およそ7000枚が積み重なっている。

 現金にして十四万円。今日の稼ぎだ。

 それを思うと疲れも吹っ飛び爽快な気分で胸が満たされる。

 大勝した時の嬉しさは何度目になっても変わらない。

 そしてやっぱりそんな感覚は溜まらなく楽しいのだ。

 こんな生活がいつまでも続いていけば幸せだな、と本気で思うのだった。



 店を出ると外は真っ暗だった。人並みも少なく朝とは大違いだ。強い風が吹いていて非常に寒い。息を吹き出すと白い吐息へと変わる。

 それにしても疲れた。全身の関節は凝り固まり空腹も限界だ。

「あっそうだ」俺は思い出したように電話を取り出した。

 相手は俺の恋人、優の番号だ。久しぶりに飯でも奢ってやろうと思ったのだ。

 電話のコール音が鳴る。プルルル……

 なかなか繋がらない。

 寒空の下、イライラしながら電話をコールし続ける。

 そして呼び出しの電子音を無意味に数えていると、ようやく電話が繋がった。

「…………何?」

 何故かくぐもったような暗い声が聞こえてきた。

「おい、さっさと電話出ろよな、何やってたんだよ」

「別に……で何?」

「飯食いに行こうぜ、奢ってやるよ。今家にいんの?」

「…………」

 なぜか返事は帰ってこなかった。電波が悪いのだろうか?と思いもう一度尋ねる。

「おーい、聞こえてんのか? 今何処いんだよ?」 

「なんで?」

 どこか攻めるようなきつい口調だった。機嫌でも悪いのか?

「は? なんでって何が?」

「……もう……もう電話して来ないで!」

「はあ?」

 そしてプツンと電話が切られた。プープープーと通話が切れた音が受話器から聞こえてくる。

「なんだ? こいつ……?」

 意味不明な態度に困惑し、やがてイライラが募り始める。

 ……けっ!

 唾を道路に吐き捨て乱暴に携帯を閉じる。

 今日は大勝出来て最高の気分だったというのに水を刺された気分だ。

「……さみぃな」

 冷たい風がピューと吹き荒れ、全身を包みこむ。身体の芯まで冷えそうだ。

 さっさと帰ろう。そう思い俺は家路へと急いだ。


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