“悪魔の子”
何の因果か、苦手であまり好きではないファンタジーものを書くことになりました。しかも、あまりファンタジーじゃないかもしれないですし、明らかに内容が暗すぎます。けれど、逆になぜ私がファンタジーがあまり好きではないかの理由を詰め込んだ作品でもあるので、興味がありましたら、どうぞ気合を入れて読み進めてみてください。
“悪魔の子”と呼ばれた十四歳処女が魔王を殺すと決意し、
“勇者”と呼ばれた八歳の童貞が神様を殺すと決意するまでの過程を記録した、
勇者の母親の手記
異端。
そんな言い方をしてしまうと、さぞその人物が悪い人間のように聞こえてしまうが、しかし考えてみればそれはただ『違う』だけではないか。みんなと違い、正統とは違う。でもそれは決して正当ではなかったり、ましてや正答ではない理由にはならない。なり得ない。だって異端であったって異質であったって、私は私であり、そんな個々の『違い』だけで私という人間を決められるのはどう考えてもおかしいし、ましてやその『違い』だけで善悪の判断までされるのは明らかに間違ってる。
間違ってる。
間違ってる!
「こ、この子は悪魔の子です!」
私は生まれてすぐ、街の教会の司祭にそう診断された。
「純粋な人間の子どもが魔力を持つことなど、普通は考えられません!」
人間には魔法は使えない。これは人類が生まれてから数百万年経った今まで固く信じられてきた、それでいて紛れもない事実だった。そもそも人間には魔法を使うための魔力を生成する器官がないのだ。魔力を生成できるのは高度な知能を持つ中級以上の魔物と魔族の人たちだけだ。またごく稀に魔族と人間のハーフの人がいて、その人も魔法を使えるのだが、人間と魔族は三千年前の戦争から仲がすこぶる悪く、ハーフの個体数は全体的に見ても圧倒的に少なかった。無論、私の両親には一滴だって魔族の血は流れていないし、私だってそうだ。
しかし、いくら定説や一般論を唱えたところで私に魔力が備わっていたことは紛れもない事実であり、私を診断した司祭はすぐさま私を殺すこと両親に勧めた。
――この子は将来絶対にこの世界に厄災を齎すでしょう。
――今ここで人生を終わらせてあげるのは、この子にとっても幸いなことなのです。
司祭は再三にわたって両親を説得したけれど、もちろん父親は断固として首を縦に振らなかったし、なにより母親が、お母さんがそれを強く拒否した。
――どうして、どうして生まれてきたばかりの赤子を、お腹を痛めて産んだばかりの我が子を、何が起きるかもわからない将来のために殺めなければいけないのでしょうか。
この直後、私たち家族は教会から破門された……
破門。
破門だ。
それはこの世界に生きる人間にとってほとんど死刑を宣告されたようなものだった。
私たち家族が属していたのはアプテイア教だった。アプテイア教とは、ルーテル・アプテイアを開祖とするこの世界最大の宗教である。このルーテル・アプテイアはおよそ三千年前、まだ世界中で人間と魔族が争っていた時代に多くの名だたる魔将を倒し、最後には魔王ラクスフェルまで討伐した人類最初の勇者であり、この世界の英雄であった。
しかし、そうやって説明してしまうとアプテイア教がルーテル・アプテイアその人を崇拝する宗教のように勘違いしてしまうかもしれないが、実際はそうではない。元々アプテイア教が起こる前からこの世界――アースガルドには世界の創造神エマージュに対する信仰があった。アプテイアは魔族と戦うとき、そのエマージュの力やその御使いである天使たちの力を借りて戦ったとされていて、アプテイア教は人間を守り導いてくれたその神たちを崇拝しているのである。つまり簡単に言えば、アプテイア教というのは古代から世界各地で信じられていたエマージュへの信仰を集約して教義を整理し、それを教え広めているのである。
そして、世界を救ったとされるアプテイアの教え、神の力を信じるものは、やはり人間の中ではかなりの数がいる。ほとんどの国でアプテイア教は国教とされているし、どんなに小さな村でもアプテイア教の教会が一つはあるほどである。さらにそれだけではなく、学校では歴史や神学の時間に宗教史や教義を教えられるし、礼拝や説教などアプテイア教は私たちの生活の奥底まで浸透しているのである。
それを、
それを、私たちは破門された。
生活の一部を、いや、今まであった世界の一部をごっそりと取られたのだ。
それはつまりみんなと違うということであり、
異端ということであり、
当然の如く、私たちは迫害を受けた。
始めに被害を被ったのはお母さんだった。魔力を持って生まれてきたのは、悪魔の子と呼ばれたのは私なのだからそれはおかしいと思うかもしれないが、事の問題は私一人が迫害されて収まるほど簡単ではなかったのだ。
まず、理由だ。近所の人たち、街の人たちはわかりやすい理由を求めたのだ。つまり『どうして私みたいな娘が生まれたのか』という根本的な原因である。もちろんそんなことは当人である私たちだってわからない、単なる偶然、神様の間違いとしか言いようがないことなのであるが、周りの人たちはそんなことを信じず、もっと現実的で論理的な答えを求めた。
世界を平和に導いてくれた神様が間違いを犯すはずがない。
間違いを犯すとしたら、それは人間の方だ。
人間は魔法を使えない。
両親は正真正銘人間だ。
魔力を生成できるのは高度な知能を持つ中級以上の魔物と魔族の人たちだけだ。
ただ、
ただ、稀に魔族と人間のハーフの人がいて、その人も魔法を使えるのだが……
そう。お母さんは魔族と関係を持った女として周りから見られたのだ。人間が魔族に抱く印象というのは三千年前に戦争が終わってからも依然として最悪で、しかもアプテイア教でも魔族と人間の性交は固く禁じられている。そんな中で周りの人間の醜悪な妄想によって、『穢れた女』と『教義を破った女』というレッテルを貼られたお母さんは、まだ幼かった私ですら目を覆いたくなるほどの迫害を受けた。お母さんには物を何一つ売ってくれないし、お母さんが話しかければ唾を吐きかけたり石を投げる人もいたし、お母さんが夏に熱中症で道で倒れていても街全体で無視して、暗に『そのまま死ねばいい』と、そんな酷いことも平気でされていた。
お母さんは優しい人であったけれど、それでも心が弱い人では決してなかった。だからどんなに酷い罵声、誹謗中傷をされてもお母さんは絶対に笑顔を崩さなかったし、私に対しても常に「負けたら駄目だよ。アンジェリカは何にも悪くないんだから」と励ましてくれていた。
でも、私が七歳になったとき、お母さんは何の前触れもなく自殺をしてしまった。私のことを『悪魔の子である』と診断した教会の入り口で、鍛冶職人であるお父さんが作った短剣を使って。
あまりにも突然で、見方によってはお母さんは辛い人生から逃れるために自殺をしたように見えるかもしれない。事実、お母さんを蔑んで目で見ていた人たちはそう思っただろう。けれど、少なくとも私とお父さんはそうは思わなかった。あれは、あの自殺は勝気なお母さんがした最初で最期の反抗なのだ。世界最大の宗教、世界を平和に導いたアプテイア教に対する反旗の表れなのだと。だから、だからお母さんの死の悲しみに襲われた私たちは、それでもお母さんの後を追うことなく、ただ着々と準備をして、お母さんの言うとおり『負けないように』生き抜いていた。
次に行動を起こしたのはお父さんだった。私が十二歳になったとき、ちょうど近隣の街からこの街へアプテイア教の司教がやってくるという話があり、お父さんはその司教を襲おうと考えたのだ。
その計画を前日の夜に聞いた私は、もちろん一緒についていくと言った。しかし、お父さんは笑いながら首を横に振り、
――司教一人殺した程度で、この世界が変わるはずがないし、そもそもこれは単なるお父さんの自分勝手な行動なんだ。お前の母さんが、エレノアが生きていたときも死んでしまった後も私は何もできなかった。駄目な夫、男だったと思うよ。だから、だからこれは天国でお母さんに笑って会えるためにする行動なんだよ。無力で、無意味だけど、それでも私がアイツを想って行動することのできる最後のチャンスなんだよ。そんな身勝手な計画にアンジェリカは巻き込めない。それにお父さんと違ってお前は無力なんかじゃないし、お前が生き続けることこそがお母さんの願いなんだ。託すには重過ぎるものを託してしまうことになるけれど……アンジェリカ。後のことはよろしく頼むよ。負けるな、アンジェリカ。
そして、死んでいった。結局、お父さんの自慢の一振りは成金趣味の司教に届くことはなく、その体を数十の剣と槍に貫かれて、あっけなく死んでしまった。その一部始終を物陰から見ていた私は目頭が熱くなった。
お父さんの死を見届けた帰り道、私の周りを同年代の男の子たちが数人で取り囲んだ。私は潤む目で彼らを見回した。ほとんど見たことのない子達ばかりだったが、一人だけ見たことのある子がいて、それはお父さんの店の武器を買わないようにしようという不買運動を扇動した貴族の息子だった。
「悪魔の子を発見しました、どうしましょうか勇者様」
一人の子がそう言って貴族の息子に声をかけた。すると、貴族の息子は父親譲りの傲慢そうな顔をわざとしゃくらせて「でかしたぞ、家来」とほざいた。
「おい、悪魔の子」
「私の名前はアンジェリカよ」
「ははは、みんな聞いたかよ。悪魔の子のくせに天使の名前のアンジェロを語ってやがるぜ」
「はははは」
「へへへへ」
「何の用? 用がなければ私帰るけど」
私が彼らを無視して横を通り過ぎようとすると、誰かが私の足を引っ掛けた。そのせいで私は地面に頭から倒れこんで、さらにそのあと何回も何回も蹴られた。
「ふざけんなよ化け物! テメェら家族がしたことの重大さがわかってんのかよ!」
「そ、そんなの、知らない……私の、知ったことじゃ、ないわ」
「お前らのせいでこの街がどれだけ迷惑してると思ってんだ! 神聖な教会の前を教義破りの穢れた血で汚したり、あろうことかアプテイア教の司教様に切りかかったり、馬鹿じゃねぇの! お前たち悪魔の家族のせいでこの街がアプテイア教に見捨てられたらどうすんだよ!」
「だ、から、そんなの私たちの、せいじゃない、わ」
「ウルせぇんだよ!」
思いっきり顔を蹴られた私は地面の上をコロコロと転げ回った。脳みそはぐらぐらと揺れて、口の中は歯が何本も折れて血だらけだった。しかし、絶対に私は強気を崩さなかった。負けを認めなかった。お母さんもお父さんもいない今、生きているのは、この世界と戦えるのは私しかいないのだ。
「ぺっ……あまり、調子に乗らないことね」
「あん?」
私はゆっくりと立ち上がった。
「さっさと消えなさい。私は貴方たちのような小者に用はないの。私が託されたものは、私たちが相手をしていたのはもっと巨大で強大なものよ」
「なんだと!」
私の言葉に怒った貴族の息子は、腰に下げていた片手持ちの剣を鞘から一気に引き抜いた。さすがにそこまでするとは思っていなかった周りの男の子たちは、私たちから若干距離を取った。
私は、
私は、『悪魔の子』と呼ばれながらも、魔力を持ちながらも、生まれてから今まで魔法を使ったことがなかった。それは危ないといって両親から使うことを固く禁じられていたということもあるし、なによりこんな境遇に生まれた私が本当に魔法を使ってしまったら、それはみんなが言う『悪魔の子』を認めてしまうことになってしまうからだった。つまり、街の人達は私のことを『悪魔の子』と呼んではいたけれど、実際に私が魔法を使っているところは見たことがないのだ。逆に、だからこそ目の前の彼らは恐れも怖がりもせずに私の下までやってきたのだろう。
でも、
「殺してやる!」
私は、
「はったりだと思うなよ! お前みたいな悪魔の子を――」
お父さんが汗水垂らして作った自慢の剣を向けられた私は――
「――その剣を私に向けるな!!」
体中の毛穴が全て開いたような感覚。脳内を奔る雷のような怒りを明確に捉えた私は、ただそれを表に出そうと叫び声をあげた。すると、髪の毛が逆立ち、全身が眩いほどの紫電に覆われて、そして
「ひっ――!!」
雲ひとつないはず空から何本もの雷が私の周りに落ちた。その衝撃で地面は抉れ、さらに余波で空に舞った小石や砂がパラパラと音を立てながら降り注いだ。
そう。
まず、このとき。
まず、このとき私は自分が『悪魔の子』でもいいや、と思った。
さらに、
――二年後――
「あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!! やばっ、笑いが止まんないわ!」
燃え盛る街の教会の中で私は盛大に笑っていた。床には私を『悪魔の子』と診断した司祭が、はらわたを抉り出された上、その内部を必要以上に焼かれて死んでいた。もちろん、お母さんと同じように短剣で腹から膀胱にかけて切り裂いた(お母さんは子宮まで切ったのだ)のも、その中身を嫌味なくらい焼き尽くしたのも、この私だった。
「でも、こんなところで満足してはいられない。こんな小さな教会の司祭を殺した程度じゃ世界は変わらない」
燃える礼拝堂。
燃える椅子。
燃える説教台。
外では街の人達が騒ぐ声が聞こえる。
そろそろここを出なければいけない。
でも、このあと私はどうすればいいのだろうか。
この日のためだけに魔法の練習、もとい、生きていた私は途方にくれてしまった。
いっそ、このままここで焼け死んでしまうのもいいかもしれない。
さすがに十四年間も人に疎まれ続けるのは、正直疲れた。
そんなしょうがないことを考えながら私はふと、天を見上げた。
――――あ、
燃え盛る教会内で、唯一燃えていないものがそこにはあった。それはステンドグラス。その芸術品は様々な色のガラスを駆使して一つの場面を作っていた。それはこの世界の人間なら誰しも知っている場面で、アパテイア教の人間なら誰しもが信仰しているものであった。
「『奇跡の始まり』……奴隷兵のルーテル・アパテイアが創造神エマージュから神託を受けている場面……」
呆けている私の真上から焼け落ちてきた教会の梁が落ちてきた。私はそれを避ける代わりに、莫大な熱量を持つ巨大な火球を頭上に作って爆砕する。もちろん後には灰しか残らなかった。
「そうか、そうだよね」
火の勢いはさらに増し教会は一つの大きな火柱となり、まさに地獄の業火とでも言うべき勢いだった。焼け崩れた壁から外の様子を覗くと、集まった街の人達は必死に消火活動をしていたり、人によっては祈っていたりしていたが、残念ながらあと半刻も経てばこの教会は完全に灰燼に帰すだろう。私はそんなことを冷静に計算しながらステンドグラスに背を向けた。そして、
眩い滝のような紫電を教会に落とし、炎ごと全てを吹き飛ばした。
「私たち家族を救わなかった怠惰な神様を殺そう」
これが、私が生まれた街を出た理由だった。
なにぶん、ファンタジーみたいな世界観を一から自分で作り上げていく作品は初めてなのでお見苦しい点が多々あったかと思います。それでも最後まで読み進めていただいてありがとうございます。よろしければ今後の参考のため感想等ありましたらよろしくお願いします。




