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嫁の養蜂室は家名に不要だそうなので、継承印を返した夫と蜂ごと別家します

作者: 豆田 はち
掲載日:2026/08/28

「高いね」


 ぱちん、と私の蜜蝋燭の火が消された。


 指先で。買わない人の指というものは、ずいぶん気軽に職人の火を消す。


「伯爵家にも卸している向こうの獣脂蝋燭なら、同じ銅貨で三本買える」


「こちらは煤が少なく、長く燃えます」


「蝋燭は燃えればいいよ」


 ごもっとも。売り台の向こうでは、安い獣脂蝋燭が黒い煙を上げていた。あれを鼻の穴で吸いながら言えるのだから、商売人の肺は強い。


 私は一本も減らない籠を抱えて伯爵家へ戻った。


 食堂では昼食が始まっていた。義母と義姉のカタジナ、ラディスラフの席はある。私の席はない。


 ただし、私の蜂蜜は三壺とも出席していた。しかも一壺はもう半分しかない。


「お義母様。そちらの壺は今朝まで七分目でした」


 蜂蜜をパンへ落としていた義母の匙が止まった。


「皆でいただいているのよ。家の実りは、皆のためでしょう」


「ええ。今のでお義母様が五匙、カタジナ様が三匙です」


「数えていたの?」


「蜂蜜ですから」


 人の言い訳は忘れても、蜂蜜の匙数は忘れない。甘いものへの執念ではない。これは財産管理である。甘いものへの執念も、もちろん少しはある。


 家令が私の椅子を運んできたが、置く場所がなかった。義母は空いていない卓上を見回し、空いている私の人生を片づける調子で言った。


「養蜂室は閉じます。三日後、朝食終了を告げる九つ鐘で、扉を板で塞ぎなさい」


「かしこまりました」


 家令は時刻だけを受け取った。


「十二の巣箱と残っている蜂蜜の権利は、カタジナへ移します。養蜂室は家名に必要ありませんが、蜂は家産ですから」


「私なら、もっと上手に売れるわ。お母様のおっしゃるとおり、家産ですもの」


 カタジナは母の言葉を半歩先で復唱した。巣箱へ半歩近づいたことさえないのに、口だけは働き蜂より勤勉である。


 ラディスラフが立った。


「母上、オーサが育てた蜂です」


「家の裏庭でね。あなたも座りなさい」


 彼は座らなかった。


 三か月前までなら座っていた。私の成果が本家名義で売られ、私の給金がどこかへ消えるたび、あとで部屋へ来て「すまない」と言うだけだった。


 今は黙って私の売れ残り籠を持ち上げた。納品札には、彼が訂正させた私の名が残っている。


「承知しました、お義母様。棚も道具も十二箱も置いていきます」


「わかればいいのよ」


「残りの蜂蜜は?」


「皆のために必要です」


 義母は六匙目をパンへ垂らした。


 残り三日。


 私の取り分まで食べられる前に、運べるものを決めなければならない。


    *    *    *


「量が足りない。値も高い。うちの客は香りより本数を見る」


 翌日、商家の主人は見本の蜜蝋燭を一本だけ転がした。


「煤で商品を汚さない灯りです」


「汚れたら拭けばいい」


 拭く人の給金は、蝋燭の勘定には入らないらしい。世の中には無料で働く布巾と、無料で働く嫁がいる。私は後者を廃業予定だ。


 礼をして店を出た。


 残り二日。


 三つ目の露店へ出すはずだった銅貨を、養蜂室の助手へ渡した。


「出店は取りやめます。これは今月分の給金です」


「でも、奥様。最後の蜜蝋を売れば、少しは」


「売りません。明晩の収穫祝いで灯します。売れない灯りなら、燃やして働かせます」


 最後の蜜蝋一桶を灯明用へ回し、助手と灯芯を切った。細いもの、太いもの、曲がっていても燃えるもの。人間より採用基準がやさしい。


 ラディスラフが上着を脱ぎ、向かいへ座った。


「俺もやる」


「切り揃えてください。長さはこれに合わせて」


「わかった。それと、オーサ」


 彼は切りかけの灯芯を置いた。


「本家へ戻ってほしいのではない。君と別の家を作りたい。夫婦のまま、俺と来てほしい」


「求愛だとは知っています」


 彼の耳が赤くなった。蜂には命令できないくせに、耳だけはたいへん素直である。


「知っているから、今日だけ立派でも困るのです」


「ああ」


「三か月分は見ました。返された給金の日付も、刺された翌朝に来たことも、納品札へ私の名を先に書いたことも」


 最初の一か月から、彼は給金を返し続けた。二か月目には、私が何も言わなくても本家名義の札を破棄させた。三か月目には巣箱へ手を入れ、三度刺され、四度目には蜂へ「頼むから話し合おう」と懇願した。


 継続はしている。


 だからこそ期限の日まで答えない。


「わかった。急かさない」


 ラディスラフは灯芯を一本つまんだ。


「これは長すぎるか」


「倍あります」


「こっちは」


「短すぎます」


「蜂より難しい」


「灯芯は刺しませんよ」


「黙って燃え方で採点するだろう。蜂より怖い」


 彼は切り直した。今度は揃った。


 私は褒めなかった。明日の灯りが褒めてくれる。仕事はそのほうが正確だ。


    *    *    *


 残り一日。


「追加の蜂蜜は?」


 朝、義母付きの使用人が空瓶を三本持ってきた。


「ありません」


「奥様が、収穫祝いにはもう三瓶と」


「育種帳を包むので忙しいとお伝えください」


 婚家へ追加で納めるつもりだった私の取り分の蜂蜜は、助手と私の移転用に分けた。追加分を詰めるはずだった布で育種帳を包み、衣類より先に運搬車へ積む。


 ドレスは濡れても乾く。蜂の血筋を七年分記した帳面は、煮ても焼いても戻らない。たぶん焼けばよく燃えるだけだ。想像したくない。


「奥様、本当に棚は空にしなくていいんですか」


 助手は養蜂室の壁を埋める木棚を見た。


「棚と道具は置きます。十二箱もです。持っていくのは育種帳と衣類、それから正当に分けた小さな蜂群だけ」


「全部、奥様が作ったのに」


「ええ。ですから、次も作れます」


 助手の口が歪んだので、私は給金袋をその手へ押しつけた。


「数えてください。足りなければ今言って」


「足りています」


「では、その顔も働かせましょう。運搬布を畳んで」


 ラディスラフは借りた荷車へ椅子を積もうとしていた。


「それは何です」


「新居で使う椅子だ」


「蜂群より先に?」


「君が座る場所は必要だ」


「椅子は現地でも買えます。蜂群を運べる箱は今しか借りられません」


 彼は椅子を下ろした。


「箱を積む」


「四つ。通気孔を塞がないでください」


「寝台は」


「後です」


「食器棚は」


「後です」


「鍋は」


「一つなら」


 ラディスラフは鍋を選びに走った。


 蜂群を運ぶ箱より先に妻の椅子を積む。三か月前の彼なら、母に言われた家宝の銀器を積んでいただろう。進歩はしている。方向だけ少々おかしい。


 夕刻、収穫祝いの食卓に火が入った。


 中央には婚家が安く仕入れた獣脂蝋燭。壁際と配膳卓には、私が最後の蜜蝋で作った灯り。


 最初の異変は魚料理の上で起きた。


 獣脂蝋燭の芯が弾け、黒い煤が白いソースへ落ちた。使用人が皿を下げる。別の一本から溶けた脂が垂れ、卓布へ染みを作る。


「取り替えて」


 義母が命じた。


「先ほど替えたばかりでございます」


「新しいものを」


 獣脂蝋燭が外され、また獣脂蝋燭が立てられた。二本目も煙を吐いた。安い灯りは元気いっぱいである。料理へ参加したがる蝋燭など、私は初めて見た。


 一方、配膳卓の蜜蝋灯は細い炎を保っていた。使用人が新しい皿を運び、その灯りの下で焼き色を確かめる。


 獣脂蝋燭を替える。


 蜜蝋灯へ皿を寄せる。


 また獣脂蝋燭を替える。


 蜜蝋灯へ皿を寄せる。


 ついには、使用人の一人がまだ燃えている蜜蝋灯を皿ごと持ち上げ、義母の背後へ移した。


「何をしているの」


「こちらのほうが、お料理がよく見えますので」


 食卓の顔が一斉に私へ向いた。


 今さらですか。私は七年、よく見えるところで働いていましたよ。席だけありませんでしたけれど。


「オーサの蜜蝋か」


 ラディスラフが聞くと、使用人はうなずいた。


「はい。夕刻から一度も替えておりません」


 家令まで手元の獣脂蝋燭を消し、蜜蝋灯へ書類を寄せた。


 カタジナは煤の落ちた焼き菓子を避け、無事な皿から二つ取った。


「私が巣箱を引き継げば、この灯りも作らせるわ」


「カタジナ」


 ラディスラフの声が低くなった。


「なによ。巣箱は私のものになるのよね、お母様」


「ええ。皆のために役立てればよいのです」


「誰が作るのですか」


 私が尋ねると、カタジナは焼き菓子を噛んだまま止まった。


「使用人に決まっているでしょう」


「どの使用人が女王蜂を見分けられますか」


「教えればいいわ」


「誰が?」


 カタジナは義母を見た。義母は家令を見た。家令は時刻を確かめた。


「閉鎖命令に変更はございません。明朝、朝食終了の九つ鐘で板張りを開始いたします」


 働き者は家令だけだった。


 私は蜂蜜を添えた肉料理を一口食べた。私の蜂蜜である。せめて私も食べる。義母が二匙、カタジナが四匙、ラディスラフはまだ零匙。私は一匙。七年分としては少ないが、味はよかった。


 祝いのあいだに獣脂蝋燭は六度替えられ、蜜蝋灯は最後まで燃えた。


 誰も養蜂室を残そうとは言わなかった。


 それでいい。


 蜜蝋灯の価値を見たからといって、席を一脚増やされても困るのだ。私が欲しいのは今日だけ照らされる席ではない。


 食卓が片づくと、私たちはそのまま裏庭へ向かった。朝までに小さな蜂群を運搬箱へ移さなければならない。


 月明かりの下で、ラディスラフは覆面布をかぶった。前後を逆に。


「見えない」


「でしょうね。網が後頭部にあります」


「蜂からは俺の顔が見えない」


「首筋は丸見えです」


 彼が慌てて直すと、箱へ向かっていた蜂が二匹、露出した指へ止まった。


「動かないでください」


「動いていない」


「声が動いています」


「これは止められない。オーサ、彼女たちは話し合いに応じるだろうか」


「彼女たち?」


「敬意を払っている」


「手遅れです」


 ぱしん、と彼は自分の頬を叩いた。蜂は刺さずに飛び去った。


 次の一匹には指を刺された。


「痛っ」


「毒針を抜いて。箱は離さないでください」


「箱と指なら、どちらを優先する」


「蜂群です」


「即答か」


「指は九本残ります」


 彼は運搬箱を支え続けた。


 別の蜂が覆面布の内側へ入った。ラディスラフは走り出しかけ、箱を抱えたまま小刻みに回った。右へ一周。左へ一周。最後に膝をつく。


「頼む。ここは君の家ではない。外へ出てくれ」


「蜂へ懇願している場合ではありません。顔を上げて」


「怒らせないか」


「今さら一匹増えても同じです」


 網を開いて逃がすと、彼は土の上へ長く息を吐いた。それでも箱を下ろさなかった。


「明日もやる」


「明日には新しい土地です」


「なら、そこでやる」


 刺された指は隠さなかった。腫れた手で留め金を確かめ、運搬布を結ぶ。三か月前から、彼は失敗を見せるようになった。見せたうえで翌日も来るようになった。


 四つの運搬箱を荷車へ積み終えるころ、空が白み始めた。


「少し休んでください」


「君は?」


「育種帳を確認します」


「なら俺も」


「字が読めますか」


「ひどいな」


「私の記号です」


「読めない」


「正直で結構です。では湯を」


 彼は台所へ向かい、しばらくして鍋ごと湯を運んできた。昨日選んだ一つである。新居用の鍋が早くも働いた。椅子より先に積んで正解だった。


 朝食には、昨夜の蜜蝋灯が一本だけ残っていた。


 義母はいつもの席に座り、私の席はやはりなかった。私は荷箱へ腰かけた。これは今日から私たちの家具でもある。座れて、蜂も運べる。椅子に勝った。


「最後まで見届ける必要はないでしょう」


 義母が言った。


「私の仕事の閉鎖ですから」


「家の決定に不満があるの?」


「ありません。予定どおり出ます」


「ラディスラフは残りなさい。あなたまで意地を張ることはないわ」


「意地ではありません」


 ラディスラフは腫れた指でパンを割った。


「俺も出ます」


「次男とはいえ、あなたには継承の順位があるのよ」


「今、返します」


 ラディスラフが懐から継承印を出した。


 義母の手が止まった。私の蜂蜜を掬うときより、ずっと長く。


「何を言っているの」


「俺に割り当てられた取り分は、三か月かけてオーサへ返しました。未払いだった給金も同じです。今後は俺自身の生計から、別家の費用を負担します」


「妻にそそのかされたのね」


「私は三か月、返事を保留しています」


 私が言うと、義母の視線が細くなった。


「では、今からでも考え直せるでしょう」


「考えた結果です。俺はオーサの仕事を本家へ戻したいのではありません。俺が彼女と出る」


 義母は継承印を受け取ろうとしなかった。


 家令が立ち、窓の外を見た。


「朝食終了まで、あと一刻です」


「そんな報告は要りません」


「板張りの時刻でございますので」


 家令は最後の蜜蝋灯へ記録板を寄せた。火はまだ細く残っている。


 食卓が終わると、全員で裏庭へ出た。


 養蜂室の前には板と槌が用意されていた。十二の巣箱が朝の光を受け、羽音を重ねている。


「カタジナ様。鍵でございます」


 家令が差し出すと、カタジナは手を伸ばしかけた。


 一箱から蜂が飛び立つ。


「きゃっ!」


 カタジナはラディスラフの背へ隠れた。鍵だけは背中越しに受け取った。


「追い払って」


「新しい名義人へ挨拶しているんじゃないか」


 ラディスラフが言った。


「そんな挨拶いらないわ!」


「今後は必要になる」


 普段は簡潔な男の、珍しくよく刺さる一言だった。蜂より見事である。


 鐘楼から最初の音が落ちた。


 一つ。


 家令が養蜂室の扉を閉める。


 二つ、三つ。


 使用人が板を当てる。


 四つ、五つ、六つ。


 ラディスラフが継承印を義母の前へ差し出す。義母が手を引くと、彼は家令の記録盆へ置いた。


 七つ、八つ。


 家令が槌を上げた。


 九つ。


 釘を打つ音が、鐘の余韻へ重なった。


 残り零日。


 板が一本、扉を横切った。


 次の一本が打たれる。養蜂室は予定どおり閉ざされ、十二箱の鍵はカタジナの手にある。私が追うものは、もう一つもなかった。


 ラディスラフは荷車の運搬箱へ戻り、腫れた手を底へ差し入れた。


「持つ」


「待ってください」


 彼はすぐに手を止めた。


 答えを急かさず、箱だけを支えている。


「確認します。あなたは継承印を返したから、私が一緒に行くべきだと思っていますか」


「思っていない」


「本家を捨てて私を救ったと?」


「違う。俺は三か月前まで、君を消す側にいた」


 板へ三本目の釘が入った。


「母の命令に逆らわず、君の蜂蜜が本家名義で売られるのを見ていた。あとで謝れば、君が黙っている理由まで自分に都合よく使えた」


「私は騒ぐ時間で蜂を見ていました」


「ああ。君が耐えられるから、俺は変わらなくていいと思っていた」


「そこは少し違います」


 ラディスラフが私を見た。


「私は耐えていたのではありません。運べるものを数えていたんです」


 養蜂室の棚。十二箱。婚家の土地。失うものは先に数えた。


 育種帳。衣類。給金。分けられた蜂群。私の手。持ち出せるものも数えた。


 そして三か月、返された金の日付、訂正された納品札、翌朝も来た回数を数えていた。


「あなたを連れていくかどうかも?」


「人を荷物のように言わないでください」


「すまない」


「謝罪を増やしても点にはなりません」


「では、何をすればいい」


「新しい家で、私の仕事を手伝うつもりですか。それとも罪滅ぼしが終われば別のことを?」


「手伝う、ではない」


 彼は運搬箱から手を離さずに言った。


「君の配下にも、君を養う主人にもならない。俺の分の生活費を稼ぐ。巣箱の世話を覚える。売るときは誰が作ったものか相談して決める。失敗したら、君の後ろで謝るのではなく、俺の名で損を引き受ける」


「蜂に刺されたら?」


「翌朝も行く」


「指が九本になっても?」


「できれば十本のままがいい」


「私もそう思います。箱を持つ人が減るので」


 ラディスラフの口元が曲がった。笑ってよいか迷っている顔だ。


 私は迷わせたまま続けた。


「私が欲しいのは、あなたが家名を失うことではありません」


「ああ」


「養蜂室を取り戻すことでも、カタジナ様から鍵を奪うことでもありません」


「ああ」


「私の名で働き、あなたの名で働き、二人の負担を二人で決められる生活です。巣箱をどこへ置くか、何本売るか、蜂蜜を誰が何匙食べるか」


「最後の件は厳しく管理されそうだ」


「当然です」


「俺はその生活がほしい。君を本家の内側へ戻したいんじゃない。君と別の家を作りたい」


「立派な家でなくても?」


「椅子を積めないほど小さくても」


「椅子は買います」


「よかった」


「ただし、私の席だけない食卓は困ります」


「二脚買う。同じ卓につけるものを」


「食事を作るのは?」


「相談する」


「蜂蜜を五匙食べたい日は?」


「申告する」


「許可ではなく?」


「相談する」


 ようやく、同じ答えになった。


 閉ざされた扉を背に、彼は本家へ戻らず、私は養蜂室へ戻らない。互いを古い場所へ押し戻す手が、どちらにもなかった。


「扉は閉じました」


「ああ」


「では次に、二人で開ける扉の話をしましょう」


 私は運搬箱の反対側へ手を入れた。


「私はあなたと行きます。別家も、夫婦を続けることも受けます。あなたが私を選んだからではありません。私もあなたを選びます」


 彼の指から力が抜け、箱が傾いた。


「ラディスラフ!」


「すまない!」


 二人で膝をつき、寸前で支え直す。中の蜂が一斉に羽音を上げた。


「受諾直後に落とさないでください!」


「手が、急に」


「十本あるでしょう!」


「全部震えている!」


 まったく。相互理解とは、もっと静かで美しいものだと思っていた。


 実際には蜂入りの箱を落としかけ、夫婦で地面へ這いつくばるものらしい。だが、箱を持ち直した手は二人分あった。


 ラディスラフは私の答えをもう一度聞こうとはしなかった。


「せえので持つ」


「はい。せえの」


 板を打つ音から離れ、私たちは同じ箱を荷車へ積んだ。


    *    *    *


 それから数週間を、私たちは運搬と掃除と買い物に使った。


 十二の巣箱は取り戻さなかった。養蜂室の板も剥がさなかった。助手には約束した給金を払い、新しい土地では分けてあった小さな蜂群から始めた。


 借家の庭は伯爵家の裏庭より狭い。


 寝台を入れると椅子が二脚しか置けず、鍋は一つ。蜂蜜壺は今のところ二つ。私が三匙、ラディスラフが四匙食べた。彼はきちんと申告したので、罪には数えない。


 納品札を書くとき、ラディスラフは必ず私の名を先に置いた。


「二人で作った品だ」


 四度目に私が言うと、彼は筆を止めた。


「では、並べて書くか」


「どちらを先に?」


「品ごとに働いた量で決める」


「蝋燭は私が先。箱の運搬はあなたが先」


「蜂蜜は?」


「蜂が先」


「人の名を書く欄だ」


「では、二人で相談しましょう」


 納品札には、二人で決めた作り手の名が並んだ。


 問題は巣箱の置き場である。


「日当たりなら東だ」


「朝から働かせすぎます。こちらです」


「そこは台所の窓に近い」


「蜂蜜を運ぶのに便利です」


「蜂も台所へ入る」


「窓を閉めればいいでしょう」


「暑い」


「我慢してください」


「俺が?」


「蜂が」


 ラディスラフが巣箱を東へ一歩ずらし、私は西へ二歩戻した。彼が北へ半歩。私が南へ半歩。


 巣箱の中から、たいへん不機嫌な羽音がした。


「オーサ」


「動かないでください」


「三か月の経験から言う。これは刺す音だ」


「正解です。走って!」


 二人同時に巣箱から離れ、狭い庭を横切った。ラディスラフが扉を開け、私が先に飛び込み、彼も転がり込む。


 扉を閉めた途端、肩がぶつかった。


「東は反対だと思う」


「私も西は少し近すぎるかと」


「明日、相談し直そう」


「ええ。明日も二人で」


 伯爵家の裏庭より狭い。けれど、どこへ巣箱を置くか私に聞く人がいる。


 十分どころか、少し贅沢だ。

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