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胸に灯る

 この国には、死んだ者を(よみがえ)らせる神の力の通り道、神道(しんどう)―― がある。


 神道(しんどう)が太い土地では、多くの死者が(よみがえ)り、細い土地では、その奇跡はまばらにしか起こらない。


 一度死んだ魂は、神の国へと続く、魂の川に(かえ)る。

 神はその川から魂を(すく)い上げ、気まぐれに人の身体へ返す。

 そうして(よみがえ)った者は、けして完全な『その人』ではない。


 それでも人は、それを救いと呼ぶ。


 たとえ、魂の形が変わっていても。




━━━━━ * * * * * ━━━━━




 森の中、一歩踏み出すごとに、枯れた葉や草が、乾いた音を立てた。


 深く(かぶ)ったフラップキャップの下で、男は首元の(えり)を少し引き寄せる。くたびれた長い外套(がいとう)(すそ)を、冬の風がかすめていった。


「街まで……あと一息だな」


 胸のポケットから取り出したコンパスは、指先にひやりと冷たかった。

 男は地図とコンパスを見比べてから、空を見上げる。

 太陽はもう、昼過ぎの辺りにあった。


 白い息を吐き、男は再び歩き出した。




━━━━━ * * * * * ━━━━━




 森を抜けると、道の先に、小さな街が見えてきた。


 街の入り口までたどり着くと、門番に「身分証を」と言われた。


 男は、外套(がいとう)のポケットから、手のひらほどの金属板を出して渡す。


 門番は、それを脇の金属箱の上に置き、「手を」と(うなが)す。


 男が手袋を脱ぎ、箱の表面に刻まれた、手形の上へ手を置くと、身分証が青く光った。


「名は?」

「クロード」

「えらく遠くから来たんだな」


 クロードは、まぶかに(かぶ)ったフラップキャップのつばを、わずかに持ち上げた。

 白銀(はくぎん)の髪がのぞき、くすんだ灰色の瞳が影の奥から現れる。

 長身痩躯(ちょうしんそうく)のその姿は、くたびれた長い外套(がいとう)も相まって、いかにも長く旅をしてきた者だった。


「故郷を出てから旅をしている」

「そうか。入ってよし」


 返された身分証を受け取り、クロードは思い出したように(たず)ねた。


術具(じゅつぐ)を直せる店はあるか?」

「ここは術具師(じゅつぐし)の街だからな。色んな店がある。どんな物を直すんだ?」


 クロードは腰のポーチから、小さな金属製の道具を取り出して見せた。


 それを見た門番は、少し考えてから言った。


「火付けの術具(じゅつぐ)か。こういうのなら、噴水広場の西側に入った先の術具屋かな。値は張るが、腕はいい」

「そうか。行ってみるよ」


 クロードは建物の並ぶ方へ歩き出した。


 太陽が傾く方角に、温水を湧かせる噴水の広場があった。

 冬の冷たい空気にさらされ、湯気が絶えず立ちのぼっている。


 クロードは広場を見回し、西側の商店が並ぶ方へ進んだ。


 パン屋、肉屋、野菜や果物を売る店。さらに進めば、衣料品店や靴屋もある。

クロードは看板を見上げながら歩き、やがて術具屋(じゅつぐや)の前で足を止めた。


 扉の脇の表札には、ギルドの紋章(もんしょう)と店名が刻まれている。


 ドアを開けると、カランカランとベルが鳴った。


 店内を見回すと、棚にはさまざまな術具(じゅつぐ)が並べられていた。

 安いものでも銀貨五枚以上はする。


 クロードは棚の火付けの術具(じゅつぐ)をひとつ手に取り、蓋を開けた。

 ぽっと小さな火が灯る。


「いらっしゃい。何かお探しかね?」


 店の奥から、店主らしい男がカウンターへ出てきた。

 クロードは蓋を閉じ、商品を棚へ戻す。


「あんたが、術具(じゅつぐ)の修理ができると聞いて来た」

「修理か。物による。貸してみろ」


 クロードは腰のポーチから火付けの術具(じゅつぐ)を取り出し、店主に渡した。


「えらく古いな。買い替えた方が早いぞ」


 店主はそう言いながら眼鏡をかけ、作業台の引き出しから小さな工具を取り出した。


 ねじをゆるめ、外側の金属ケースを外す。

中には、透明で、丸く平たい、赤い石が収まっていた。


 店主は置き型のルーペを引き寄せ、石の表面に刻まれた術式(じゅつしき)(のぞ)き込む。

それを見た店主は、手を止めて首を振った。


「こいつは俺には無理だ」

「直せない?」


 クロードは顔を上げた店主に問うた。


「ああ。この術式(じゅつしき)は、俺の友人の術具師(じゅつぐし)のものだ。俺には扱えん」

「店の品とは違うのか」

「違う。精密な術式(じゅつしき)なら俺もやる。だが、こんな式を組むのはあいつだけだ。あいつは天才だ」

「そうか……」


 店主はカウンターの中から出てくると、棚の品を手で示した。


「俺の作も、なかなかのもんだぞ。どうだ?」


 勧められた棚の値札をちらりと見て、クロードは遠慮するように片手を上げた。


「いや、やめておこう。ここの品は、俺には高級品だ」


 店主は眉を上げ、それから「ははっ」と笑った。


「これを作った術具師(じゅつぐし)は、もういないのか?」


「……いや。引退したよ」

「そうか」


 返された火付けの術具(じゅつぐ)をしばらく見つめ、クロードはきびすを返した。


「そいつ、大切な物なのか?」


 店主の言葉に、クロードは足を止めて振り返る。


「ああ。そうだ」


 店主は腕を組んだまま少し(だま)り、それから口を開いた。


「出て右へ行くと橋がある。その先にほったて小屋がある。そこへ行け」

「引退してるんだろ?」

「新しい術具を作ってないだけだ」

「そうなのか」


 店主は少し難しい顔をして、鼻を鳴らした。


「あいつに会ったら、俺が、たまには飲みに行こうと言っていたと、伝えてくれないか」

「……分かった」




━━━━━ * * * * * ━━━━━




 店主に教えられた通り、クロードは石畳の道を進んだ。

 路地では子どもたちが遊び、石畳の上にチョークで絵を描いている。


 クロードは足を止め、その絵を見た。


術具(じゅつぐ)の式か」

「お、兄ちゃん、分かる?」

「さすが術具師(じゅつぐし)の街だな」

「俺、大人になったら術具屋(じゅつぐや)をやるんだ」

「そうか。頑張れ」


 頭を撫でられた少年が、嬉しそうに笑う。


「この先の街外れに、すごい術具師(じゅつぐし)がいるんだよ」

「そうか」

「俺、その人に何回も弟子入りを頼んだけど、全然取り合ってくれなかった」


 クロードは少し興味を引かれ、少年に目線を合わせるように腰をかがめた。


「引退したと聞いた」

「うん……昔、術具(じゅつぐ)の研究中に爆発が起きて、奥さんと子どもを亡くしたんだって」


 うつむいた少年を見つめ、クロードは「そうか……」と呟いた。


「でも、俺、諦めない。絶対弟子入りして、すごい術具(じゅつぐ)を作るんだ」

「……頑張れ」

「うん」


 背中に少年の声を残したまま、クロードは街外れを目指して歩き出した。


 小さな橋を渡ると石畳は途切れ、砂利道の先に、林を背にした小さな小屋が見えてきた。


「……あれか」


 近づくと、小屋の向こうに、焼け焦げた家の跡があった。

 崩れた木材は黒く(すす)けたまま、長い間手を入れられた様子もない。


「……」


 クロードは視線を小屋へ戻し、ドアを叩いた。

 何度か叩いてみたが、返事はない。


「留守か」


 手を下ろして辺りを見回した、その時だった。


「誰だ」


 後ろから声がした。


 振り返ると、がっしりした体つきの背の高い男が、木の陰から姿を現した。


「ここの術具師(じゅつぐし)か? 修理を頼みに来た」

「街の術具屋(じゅつぐや)に言え」

「あんたでないと直せないと言われた」


 クロードが腰のポーチから、火付けの術具(じゅつぐ)を取り出して見せると、男は無精髭(ぶしょうひげ)の生えた(あご)に手をやり、目を細めた。


「……来な」


 開けられたドアの向こうへ、クロードは男の後について入った。


 小屋の中には、ベッドと(すす)けたチェスト、作業台があった。暖炉(だんろ)の上には、ガラスの割れた写真立てが置かれている。


 クロードは何も言わず、チェストの表面に指を()わせた。指先に(すす)がつき、黒く汚れる。


「懐かしい…な」


 男は火付けの術具(じゅつぐ)を開き、中の透明な赤い石を取り出した。表面に刻まれた術式(じゅつしき)をランプの光に透かして見て、低く呟く。


「やっぱり、あんたが作ったのか」

「ああ。まだ若造だった頃にな」

「街の術具師(じゅつぐし)は、あんたのことを天才だと言っていた」


 男はそこでようやく手を止めた。

 クロードを見たあと、視線を外すように足元へ落とす。


「そんなんじゃねぇ」


 男は(うな)るように言った。

 赤い石を撫でる指先には、遠い昔の感触が、まだ残っているようだった。


「あの頃の俺は……天才だなんだと言われて、いい気になってたんだ」


 おぼろげに浮かぶのは、戻らない頃の光景だった。





━━━━━ * * * * * ━━━━━





 林の側の家から、小さな子どもの笑い声が聞こえてくる。

 裏庭で洗濯物を干し終えた女が、子どもの手を引いて家の裏手にある工房へ入ってきた。


「おとーちゃん、まだお仕事してるのー?」


 無邪気な声に、作業台へ向かっていた若い男が顔を上げる。

 子どもはそのまま駆け寄って、男の手元を(のぞ)き込んだ。


「こら。危ないぞ」

「だって今日は、お昼から山いちごを採りに行こうって約束したじゃん。早く行こうよ」

「ははっ、そうだったな。どれ、ちょっと待ってろ」


 男はそう言って、透明な赤い石に術式(じゅつしき)を刻む手を止め、子どもに笑いかけた。


「あなた、あまり遅くならないようにしてね」

「ああ。分かってるよ」


 男は石を作業台のミニチェストにしまい、作業用のエプロンを外した。




 山道を、子どもと二人で登っていく。

 水音がする、岩場の茂みをかき分けると、赤い実がいくつもなっていた。


「すごーい!! いっぱい!!」

「山いちごは、こういう水の()く場所の近くによく生えるんだ」

「いっぱいんで、おかーちゃんにジャム作ってもらうんだー」

「そうだな。たくさん()んで帰ろう」

「うん!!」


 子どもの笑顔に、男もつられるように笑った。




 (かご)いっぱいの山いちごを持ち帰ると、子どもは(ほこ)らしげに母親のもとへ駆けていった。

 その背を見送り、男は工房へ戻る。


 作業台の脇に積み上がった紙の束には、細かな術式(じゅつしき)がびっしりと書き込まれていた。

 それを一枚ずつ見返していた男は、ふと何かを思いついたように、手元の紙へ新たな式を書き足していく。


 そうしているうちに日は落ち、工房の中は薄闇に沈んでいった。

 それでも男は、術式(じゅつしき)の研究に没頭し続けていた。




 翌日、街へ出た男は、噴水広場に店を出している友人のもとを訪ねた。


「よう。久しぶりだな」

「ああ。新しい術具を作った。鉱山の発破(はっぱ)に使える」


 男が差し出した筒状(つつじょう)術具(じゅつぐ)を、友人は「ほう」と受け取る。

 先端にはめ込まれた石に、刻まれた術式(じゅつしき)を、懐から取り出したルーペで(のぞ)き込んだ。


「見たことのない式だな」

「新しく組んだからな」


 友人は、ルーペをしまい、術具(じゅつぐ)を返した。


「本当にお前は天才だな。そのうち大聖堂都市(だいせいどうとし)のギルドから、お声がかかるんじゃないのか?」

「ははっ。お前の術具(じゅつぐ)だって、十分すごいじゃないか」

「俺は、精密な物は作れても、お前みたいに新しいもんを生み出すのは、俺には無理だ」


 そう言って友人は肩をすくめて首を振る。


「店を構えるんだって?」

「ああ」


 友人は照れくさそうに鼻の下をこすった。


「嫁さんももらったことだしな。この術具師(じゅつぐし)の街に根を下ろそうと思ってる」

「そうか」

「ああ」


 持って来たいくつかの品を友人に渡し、男はこれまでの売上金を受け取った。


「いつも店に置いてもらって、悪いな」

「いいさ。似たような品ばかり並ぶより、バリエーションがあった方が客も喜ぶ」


 友人はそう言って、受け取った品を手慣れた様子で棚へ並べていく。


「じゃあ、また来るよ」

「もう帰るのか。たまには一緒に飲みに行こうぜ」

「ああ、また今度な」


 夕食のあと、術式(じゅつしき)を書きつけたメモを(なが)めながら、男は「大聖堂都市(だいせいどうとし)のギルド……か」と小さく呟いた。


 あの大きなギルドの研究員になれば、潤沢(じゅんたく)な研究費も、大がかりな実験設備も手に入る。

 妻や子どもにも、今よりずっと良い暮らしをさせてやれるはずだ。


「あなた、また仕事のこと考えてるの?」

「ん? ああ」

「本当に研究が好きね」

「これしか取り柄がないからな」


 妻は苦笑して、「ま、私は、そんなあなただから、好きになったんだけどね」と言った。


 男が何か返そうとした、その時。

 作業台の端で、かちりと何かが()み合う音がした。


 振り向く。


 筒状(つつじょう)術具(じゅつぐ)を抱えた子どもが、きょとんとこちらを見ていた。

 先端の石が、赤く、脈打つように明滅(めいめつ)している。


 男の喉が、ひゅっと鳴った。


「それを──」


 言い終える前に、妻が駆けた。

 子どもを(かば)うように抱き寄せる、その背が見えた。


 閃光(せんこう)


 何もかもが、そこで途切れた。


 次に男が見た時、家は全壊し、工房は半ば吹き飛んでいた。

 壁は崩れ、(はり)は折れ、火の粉が静かに落ちてくる。


 男の周囲だけを、青白い防御術式(ぼうぎょじゅつしき)が薄く包んでいた。


 妻も、子どもも、もう動かなかった。

 男だけが、無傷でその場に残されていた。





━━━━━ * * * * * ━━━━━





 クロードは男の話を聞きながら、暖炉の上の古い写真立てに目をやった。


蘇生(そせい)は……しなかったのか?」


 男は、苦しそうに眉を寄せた。


「もちろん、すぐに助祭(じょさい)を呼んださ。だが……この土地の神道(しんどう)はもう細い。神の御力(みちから)は、ほとんど届かん」


「……そうか」


 男は作業台の上のミニチェストから、透明な赤い石を取り出した。

 クロードの火付けの術具(じゅつぐ)に使われていたものと、同じ術式(じゅつしき)が刻まれている。


「お前さん、なんでこんな古いのを使ってるんだ? 街にもっといい物が売ってただろう」

「それは……」


 クロードは作業台の上で解体された火付けの術具(じゅつぐ)を見た。


「旅立つ時に、父親から貰った」

「健在なのか?」

「……一度、蘇生(そせい)している」

「そうか」


 男はその石を、術具(じゅつぐ)の金具に留め、ケースを元に戻した。

 蓋を閉じ、もう一度開く。

 ぽっと小さな火が(とも)る。


「スペアの石だが」


 男は火付けの術具(じゅつぐ)をクロードへ放ってよこした。

 クロードはそれを受け取り、蓋を開けて火がつくことを確かめる。


「いくらだ?」

「古い……古い石だ。金なぞいらん」


「……じゃ、ありがたく」


 クロードはそれを腰のポーチにしまった。


 その時、どんどんとドアを叩く音がした。


「ししょー!! 師匠(ししょう)!! いる? パン持ってきたよ!! 開けてよ師匠(ししょう)!!」


 街で、術式(じゅつしき)を石畳に描いていた、少年の声だった。


「今日こそは俺を弟子にしてよ!! 師匠(ししょう)!!」


 威勢(いせい)のいい声に、男がやれやれと頭を振る。

 クロードは口元をわずかにゆるめ、ドアを開けてやる。少年が前のめりで入って来た。


「観念して弟子でも取ったらどうだ?」

「さっきの兄ちゃん!!」

「全く、お前は(やかま)しくて仕方ない」


 男はため息をついたが、その顔にはかすかに笑みが浮かんでいた。


「俺の子が育っていれば、ちょうど……こいつくらいだろうな……」


 男はチェストを開け、少し小さなエプロンを少年へ放った。


「……え?」

「どうした? 俺の弟子になるんだろう?」

「え……? えっ!?」


 目を丸くして立ち尽くす少年を見て、クロードは笑みを深くした。


「ああ、そうだ。街の術具師(じゅつぐし)が、たまには一緒に飲もうと言っていた」

「そうだな。たまにはいいかもな」

「噴水広場の飲み屋に金を預けておく。修理の礼だ。好きなだけ飲んでくれ」




 小屋のドアをくぐり、クロードは空を見上(みあ)げた。

 遠くの空は、夕焼けに赤く染まっている。

 夕闇が冷たい風を運んできた。

 首筋を守るように外套(がいとう)(えり)を寄せた。


「今日は久しぶりに宿屋に泊まるか」


 背後では、騒がしくなった術具師(じゅつぐし)の家から、少年のはしゃぐ声が聞こえてくる。


 それを背に、クロードはゆっくりと歩き出した。


 夕暮れの空へ、白い息がひとつ溶けていった。



━ 終 ━

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