第一章「夢語」
第一章「夢語」
「――あなたの夢、叶えます」
テレビから流れてきた、やけに澄んだ女性の声。
場違いなくらい綺麗で、だからこそ少し胡散臭い。
「また始まったよ、ドリーム社のCM」
俺――ハルトは、ジョッキを口に運びながら画面を横目で見た。
大学近くの安い居酒屋。
サークルの飲み会ではすっかり行きつけになっていて、いつ来ても客の笑い声とグラスの触れ合う音が絶えない、活気のある店だ。
「“あなたの夢、叶えます”とか言ってさ。絶対に高額な請求になるに決まってるって」
ナツキが枝豆をつまみながら、にやりと笑う。
「でしょうね」
アキナは短く相槌を打った。
「夢の内容次第では、一生分の稼ぎでも足りなさそうだもの」
「それな。どうせ一般人じゃ手が出ない額なんだろ」
ナツキはビールを一口飲み、ぐっと喉を鳴らした。
テレビの中では、未来的な街並みとともに、
「最先端技術」「確かな実績」といった文字が次々と映し出されていた。
「でもさ、もし叶うとしたらだよ。何を願う?」
「唐突ね」
アキナが眉を上げる。
「アキナの夢って何だっけ? 確か星がどうとかだったろ?」
ナツキはニヤニヤしながら、わざとらしく首をかしげた。
アキナはナツキのニヤついた視線を一瞬だけ睨み返し、観念したように小さく息をついてから、言葉を発した。
「……宇宙旅行よ」
「ふぅん?」
「プラネタリウムで見る映像なんかじゃなくて、この目で見たいの。本物の土星の環をね。」
少しだけ、声が熱を帯びる。
「それ、請求書めちゃくちゃ長そうだな」
ナツキが笑う。
「土星の環っかくらい、ずらーっと」
「……茶化さないでくれる?」
アキナは不満げに睨み返した。
「そう言うあんたはどうなのよ」
「俺?」
ナツキは当然と言わんばかりに、胸を張った。
「そりゃー勿論、大富豪だろ。」
「どうして?」
アキナが呆れたように聞く。
「金さえあれば、だいたいの夢は自分で叶えられるしさ。宇宙旅行だって、趣味だって、なんだってさ」
「……俗っぽい」
アキナはため息をついた。
「お前らしいな」
俺は苦笑しながら言った。
「良いと、思うな」
フユコが、ぽつりと口を開く。
否定でも肯定でもない、柔らかい声。
「それぞれの夢、だもん」
そう言って、静かにグラスを持ち上げた。
「で?ハルトは?」
ナツキが俺を見る。
「俺の夢は…」
少しだけ、答えるべきか迷ったが
皆の視線に観念して、口を開いた。
「……不老不死、かな」
「うわ、ありきたりぃ」
「映画の見すぎじゃないの?」
好き勝手言われて、俺は肩をすくめた。
「いいただろ、別に、どんな夢見たってさ」
その時、CMが終盤に差し掛かった。
『――なお、抽選で一名様に限り』
画面の文字が切り替わる。
『どんな夢でも、無料で叶えます』
一瞬、店内の喧騒が遠のいた気がした。
「……今、なんて?無料って言った?」
ナツキが画面を指差す。
「たったの1名でしょ?どうせ当たらないわよ」
アキナはそう言いながらも、視線はテレビから目を離さないでいる。
「……申し込むだけなら、タダだよね」
フユコが、控えめに言った。
俺はスマホを手に取る。
「まあ、話のネタにはなるか」
自分に言い聞かせるように呟き、応募フォームを開いた。
この時はまだ、
それが“夢の始まり”だなんて、思ってもいなかった。
1〜4章までを予定してます。




