イタリアへ向かう船の乗船口で回れ右 ギリシアの港で全力疾走
1991年4月10日
列車に乗ってオリンピアからピルゴス経由でパトラへ移動。
パトラからイタリアのブリンディシまでの船賃は飛行機での移動に比べてずっと安く、おまけにユーレイルパスでの割引がきく。確か50パーセントオフだったはず。アテネにいた時にアドリアティカラインのフェリーの予約を取ってあった。
まずは船会社のカウンターでパスポートと予約表・ユーレイルパスを提示して手続き。
周囲を見回したけど、検問みたいな所はなく、そのまま建物を出て、乗船予定の船を目指して港を歩く。
早めに着いた為に乗船はまだ始まっておらず、ぼーっと待っている間に出航予定時刻が近づいてきた、のになかなか乗せてもらえない。
もしかして、待っている場所を間違えているんじゃないか、とドキドキし始めた頃に乗船開始。
列に並んで、タラップの前に立っている係員にチケットとパスポートを見せる。と、パスポートに出国スタンプが押されていないから乗れないよ、と言われてしまった。
え? 出国スタンプ?
私が知っている出入国管理って、そこを通らないと先に進めないイメージだったんだけど、どこにあったの?
慌ててどこでスタンプを押してもらえるのか訊くと、船から遠く離れた建物を指さされた。
ぎゃーっっ! もう時間がないっ!
私と友人の荷物は所謂バックパッカーと呼ばれる人たちがよく背負っている物に比べてかなり小さいリュックとウェストポーチひとつずつ(プラス船上で食べる為に買った二人分のパンやミネラルウォーターが入ったレジ袋)だけだけど、ミジンコ体力の私にはそれでも充分重い。置き引きの危険は承知の上で、地面にリュックとレジ袋を置いてパスポートコントロールに向かって二人で走り始めた。
以前デンマーク・スウェーデン・ノルウェー・フィンランド間を陸路と海路で移動した時は北欧旅券同盟のおかげで手続きなしで国境を越えられた事と、船会社のカウンターでパスポートの提示を求められたので、手続きはみんな終わっていると思っちゃってた。
客室の予約をして乗船券を買ってしまっているんだから、乗り遅れたら船賃がパアになるっ!
カラマタで予定外に一泊した時と違って、ここでスケジュール変更するのはお財布に厳しすぎる、と必死に走った。
教えてもらった建物に入って、どこっ、どこっ、パスポートコントロールはどこよっ! とキョロキョロ。
入り口と出口がある訳じゃなくて、普通のチケットカウンターみたいな雰囲気で壁際にあるのがパスポートコントロールだった。空港のイミグレーションみたいなのを想像していたから探すのに手間取ってしまった。並んでいる人がほぼいなくて助かったけど。
ゼイゼイと息を切らしながらギリシア文字の並んだ出国スタンプをゲット。
どうか荷物がなくなっていませんように! と祈りながら船に向かう。
あった!
乗船の順番待ちをする人がいなくなった港の地面に二つのリュックとレジ袋。二人ともリュックのチャックに南京錠をつけているので、布を切られていなければ中身も無事なはず。
もう心臓が口から飛び出しそう、と思いながら荷物を拾って乗船口へ。
やったー! 無事に乗船できたよ。
北欧旅券同盟はデンマーク、ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、アイスランド間でパスポートなしでの国境通過を認めるというものでした。シェンゲン協定の北欧限定版みたいな感じです。
国と国の間を移動する時は使い残した現地通貨(といっても小銭程度ですが)を全部使って食料を買っていました。




