【9】
役人が来たのは、それから間もなくだった。大雅が落ち着いたように言う。
「誰ですか、この人?」
「うるさい!! これから調べるんだよ!!」
偉そうに怒鳴ったので、一気に凛は大嫌いになった。ばれない程度に睨みつけると、定が言ってくる。
「凛は中に入りなさい。具合悪くしたばかりなんだから」
「でも…。…寒い」
朝は息も白く、体温が奪われていくようだった。しかし自分の範囲で起きたことは、知りたかった。二の腕をこする凛を、まるで、視界に入れていないようで、役人が遺体を調べていく。
「誰かに殴られたり、刺されたりしたわけじゃなさそうだな」
「え…? じゃあ?」
「待て待て。急がせるな」
役人は全身を調べていき、結論を出す。
「これは病気か何かだな。突然、頭か心臓をやったんだろう」
「そうなんですか?」
大雅が確認すると、役人は首から提げた袋に気づく。
「これは…。…指輪か」
欲しそうな顔に、凛は怒りそうになった。青の宝石は暗さを吹き飛ばすように美しく輝く。まるで澄んだ湖のような静けさをもっている。
ー何の指輪なのかしら?
疑問に思っていると、意外な人物が声をかけてくる。
「ーどうしたんですか?」
声をかけてきたのは、豆腐屋の暖ぼたんだった。どうやら豆腐をわざわざ持ってきてくれたらしい。
「あら、ぼたんさん、おはよう」
定が挨拶し、店の中に誘導しようとする。しかしぼたんは倒れている女を見てしまったらしく、「ひっ」と息を呑む。
「ぼたんさん、早く中へ」
「え、ええ。…あれ、凛ちゃん、髪の毛どうしたの?」
「ちょっと…。あ! 役人さん、自分のものにしたら駄目ですよ!」
懐に入れようとするのを、凛がすかさず止める。重要な証拠を奪おうとするなんて、役人の鑑でも何でもないと決定づける。
「べ、別に奪おうとしたわけじゃない。ー何だ、こんなもの」
袋の中にしまうと、悲鳴を上げたぼたんが口を開く。
「…この人…!!」
「知っているの?」
皆の視線が一斉にぼたんに集まる。ぼたんは豆腐を定に預けると、恐る恐る遺体に近づく。
「…やっぱりそうだ」
「何がやっぱりそうなんだ!!」
役人の問いに、ぼたんは言葉を選びながら答える。
「いつもうちで、豆乳を買ってくれる人です。豆乳には美肌効果や腸内環境を整える力があるから…。まさか死ぬなんて…」
指輪の青さよりも、もっと青白い顔をすると、ぼたんは自分の体を抱きしめる。役人が立ち上がり、ぼたんに近づく。
「少し話を聞こうか」
「は、はい…。私で良ければ…」
「よし。とりあえず応援を呼ぶから、このままにしておけ。お前はこっちに来い」
ぼたんは言われるままに、役人に近づいた。凛は遺体を見、
ー誰か知らないけれど…。
まさか死ぬなんて思わなかったのではないかと思ってしまう。昨日は動いていたのに、今日はもう動かないなんて、不思議だった。
ー私も明日あるのかしら?
ふと思ってしまい、慌てて打ち消す。せっかく元気になったのに、今は暗い気持ちになりたくなかった。
「よし、行くぞ。お前達、触れたりするなよ」
「私どもは何もいたしません。ーぼたんさん」
名前を呼ばれたぼたんは、大雅に大丈夫とうなずく。
どんよりとした空の下、黒いものが蠢いているような気配に、凛は寒気を憶える。自分がどうなるか、分からなかった。
ー雅巳さんに話したほうがいいわね。
後で協力してもらおうと思い、遺体を眺める。もう少しふっくらしたほうが美人だったのではと考えてしまう。
ーどんな人だったのかしら?
思いを馳せても、分からないもなのは分からなかった。清が手を合わせたので、凛も手を合わせ、無事に天へいけるように祈る。
ー何かの巡り合わせかもしれない。
これが違う場所、例えば無人の場所で亡くなっていたら、誰にも発見されず、忘れられていたかもしれない。それに比べれば、凛達の家族に祈られて、この人は幸せかもしれないと思う。
「凛、中へ入っていろ。俺がここにいるから」
「分かった。ありがとう、お兄ちゃん」
清に礼を言うと、定とともに店の中に入ったのだった。




