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【7】

数日経ち、凛は体調が良くなった。

「ー完全復活!!」

定に向かって言うと、彼女がほほっと笑う。

「あなたは元気なほうがいいわ。うちの中が明るくなる」

「え? そうなの?」

「気づかなかったの?…まあ、熱があったしね。凛がいなくなっただけでこのうち、暗い雰囲気になったのよ。あなたが素直で優しいからかしら」

「そう言われると…」

少し照れくさそうに言うと、兄の清がやって来る。

「お、凛。元気になったのか?」

「うん! 熱は下ったし、咳も少なくなったし」

「そうか。良かったな」

頬を引っ張られ、凛は抗議する。

「何、お兄ちゃん? 痛くはないけど、顔が不細工になる」

「いいだろ、これくらい。お前が病人で、父さんと母さんが付きっきりでいただけ、俺、淋しかったんだから。俺の面倒もみてもらわらいと困るんだよ」

「何を言っているの、清。もうあなたは十分でしょう?」

「それがまだまだなんだよな。子どもなのかもしれないけれど、もっともっと愛情ちょうだい、構ってくれって思うわけよ。だから女はいいよな。素直に甘えられて。男の俺なんて我慢しなさいで終わりだもの」

清が腰に手を当て、ため息をつく。定がそんな彼を見、

「あなた、甘えたいの?」

と問うと、清は胸を張ってくる。

「当然。俺だって褒められたいし、暖かく出迎えて欲しいし。人恋しいのよ、俺も。分かる?」

凛と定は顔を見合わせる。清がまさか正直に言ってくるとは思わなかった。

「俺、ここ数日、放っておかれて淋しいわけ。皆、凛、凛、ってさ。酷いと思わない? 外で頑張って働いて来ているのに」

「お兄ちゃん…こめん」

何だがよく分からないが、とりあえず謝っておく。確かに定や大雅、さらに雅巳までも独占していた自覚はあった。

「大丈夫だよ、お兄ちゃん。私、今日からお店に出るから」

「へえ、そうなのか? …って、ゆっくりしている場合じゃなかった。母さん、ご飯」

「私も食べる」

「はいはい。ただ今用意しますよ」

定が嬉しそうにその場を後にする。凛は清に視線を向ける。

「お兄ちゃん、お見合いしたら?」

「は…? お見合い?」

突然の切り返しに、清が子どものように言い返してくる。凛はもう一度、ゆっくり言う。

「そう、お見合い。お母さん、私にたくさんの似顔絵を見せてくるの。順番からすると、お兄ちゃんなのに…。おかしくない?」

「おかしくない。順番なんてどうでもいい。俺、まだまだ実家で甘えたいし」

「そうなの? 私もな…。まだ甘えたりないからな」

「嘘つけ。皆から愛されて」

額を指で弾かれ、凛はとっさに押さえる。この分だと、まだ清も凛も結婚は早いと結論づける。

「あー、腹減った。一緒に厨房に行くか?」

「うん!! 行く!!」

清の腕に自分の腕をからめ、体重を預ける。清は何も言わず、頭を撫でてくる。髪がぼさぼさになっても構わなかった。

ー少しは甘え方を覚えられたかな?

雅巳に言われたことを思い出し、清の腕をぎゅっと掴む。凛よりも雅巳のほうが心の障がいが酷いような気がするのは間違いないだろう。

ー生まれる家によって、子どもの人生が左右されるなんて。

もし自分が雅巳の家族のところへ生まれていたらと思うと、ぞっとする。感情のない人間、さらには何で生まれたのか分からない人間になっていたかもしれない。

ーあとで、雅巳さんにお礼を言わないと。

厨房に着くと、大雅の姿があった。腕を組む2人を見、

「何だ、元気じゃないか」

心から安心したような声で言われた。心配かけて申し訳ないのと、愛情をちゃんと与えてもらっているのが分かり、くすぐったくなる。

「うん!! いっぱい食べるんだ。ね、お兄ちゃん?」

「おう!! 腹減ったー!! 食うぞ、俺は」

場が明るくなり、室内に光が差し込んでくる。今日はいい天気になりそうだった。暖かくなればいいなと願いつつ、食卓につく。定は朝から張り切っているようで、色んな食事が並んだ。

「お父さん」

「何だ、凛?」

手巾で口を拭きながら、大雅が聞いてくる。凛もいずまいを正すと、ちゃんと言う。

「今日から店番するね」

「おい、大丈夫か? まだ具合悪いんじゃー」

「大丈夫!! 皆から愛情をもらったから。ありがとうね、お父さん、お母さん、お兄ちゃん」

そう言うと、凛は自分の食器を流し台に持っていく。これくらいは洗わないと、罰が当たりそうなのでちゃんと洗う。

「ごちそう様。先に店に行ってるね」

「仕方がない子だ。誰に似たんだか」

「え? 父さんだろ?」

「私? 私はあんなにはしゃいだりしない。定は?」

「私ですか? …ほほ。誰に似たんでしょうね」

暖かい雰囲気に、この家族で良かったと安堵する。少し軽く咳が出たが、店へ移動し、定位置に座る。

ー雅巳さん、来ないかな?

蜂蜜はまだとってあった。彼にもこの家族のように、優しい甘えを与えられればいいのになと考えてしまう。

ーまた食事に誘おうかな。

雅巳は戸惑うかもしれないが、彼も少しずつ変わってきているのが分かるので、葉家で心休めて欲しかった。

ーさて今日はどんなお客様が来るのかしら?

わくわくしながら、客が来るのを待つ。もう体のふわふわ感はないが、大分、体が軽くなったので、動きたくてしょうがなかった。どれくらい経った頃だろうか。待望の客がやって来る。

「え…。もういいのか?」

姿を現したのは、雅巳だった。凛は元気よく息を吸い込み、吐き出す。

「いらっしゃいませ!!」

雅巳は凛の気迫におされ、体をのけぞらせる。そんなに大きな声だっただろうかと、凛自身も不思議だった。

「あのな…。朝から元気なのはいいけど、ほどほどにしろよ」

「うん。雅巳さん、ありがとう。何回もお見舞いに来てくれて」

素直に礼を言うと、雅巳がごにゃごにゃ言う。

「お前が元気じゃないと、調子が狂うんだよ。しかも細くなって魅力的になってきてるし」

「は…? 何か言った?」

「いや、何でもない。それよりも良かったな、元気になって」

「ありがとう! もうやる気が出まくって大変。やっと床から解放されて嬉しい!! 人間、動かないと駄目ね。気持ちが萎えちゃう」

「そうだよな。誰も病人になんかなりたくないし。でも無理はするなよ。もう一度言うけど、散歩はしばらく禁止。ゆっくりしろ」

「えー!! 楽しみにしていたのに」

外は日光の光が広がったように、きらきら輝いていた。この分なら、暖かい中、散歩ができそうだが、雅巳に止められては仕方がない。しかも彼は凛をじろじろ見てくる。

「何…?」

「いや、お前…自分でも気づいているんじゃないか? 痩せたって。違うか?」

「うん、多分」

自覚しているだけ、小さく答える。襦裙の腹の部分が少し緩くなっていた。

「でも私、外に出た…!!」

「駄目だ。無理は禁物だ。また熱が出たらどうする? 家族にまた迷惑をかける気か?」

「それは…。う、申し訳ないです、はい」

「素直でよろしい」

頭をぽんと撫でられ、凛は体から力を抜き、彼の優しさを受け取る。凛の周りには良い人達が集まっており、雅巳にも幸せが訪れて欲しかった。

ー一人暮らしは淋しいよ。人間、口がついているんだから、会話しないと。どんどん暗くなっちゃう。

凛の心配をよそに、雅巳は品物を眺めていく。どうやらおつかいを頼まれたらしい。

「雅巳さん!!」

凛はいきなりその場に立つと、はっきり告げる。

「淋しかったら、うちに来てください。私がうるさいほど喋るので。嫌だって言っても元気を分けようと思います!! どうでしょうか?」

「どうって…」

雅巳はびっくりしたような顔で、はたきを落とした。慌てて拾うと、

「馬鹿。何を言っているんだ。俺は一人でも…」

後半は聞きづらかった。1人で大丈夫なんて人間、この世にいるのかもしれないが、凛の周りにはいなかった。

ーだから雅巳さんが気になるのかも。

そう納得すると、何だが気恥ずかしくなった。凛は座り直し、詫びる。

「ごめん。変なことを言ったかも」

「別に変じゃ…。まあ、いいか」

くすくすと雅巳は笑うと、レジに品物を持ってくる。

ー笑った!! 笑った、今。

凛は嬉しくなり、会計していく。熱からの解放と自由の身になったお陰で、元気に満ちていた。

「ありがとうございます」

「ああ、また来る」

雅巳は品物を抱えると、出ていくのかと思いきや、入口で振り返ってくる。

「やっぱり、お前、元気でいろ。調子が狂うから」

「は? 何が?」

「何がって…その、うるさいくらいがちょうどいいんだよ!!」

そう言うと、雅巳は少し照れくさそうに頬を染め、出て行ってしまった。残された凛は、雅巳の姿を目で追っていく。

ー何だろう? 足早に行ったけど…。変なことを言ったかな?

雅巳の心に何か伝わったものがあればいいのだがと思いつつ、店番を続けるのだった。



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