【6】
雅巳と家族の看病のお陰で、凛は徐々に良くなっていった。何とか起きられるようになると、定が嬉しそうに笑う。
「良かった。熱が下ったみたいで」
「ありがとう。あとは咳と鼻水さえ止まれば」
ごほっと席をすると、背中を撫でられる。
「まだ無理しちゃ駄目よ。分かった?」
「うん。でも寝続けるよりは起きていたいから」
「そう? それならー」
定が何やらごそごそと手を動かし、紙を見せてくる。
「…? 何これ?」
どうやら男性の顔のようだが、皆同じではなく、それぞれ違う特徴があるのだった。
「お見合いの人の顔よ、皆」
「…え」
凛はすかさず固まり、目だけを動かして似顔絵を見る。この中に、自分の心を動かす人物がいるのかと思ったが、そうでもなかった。
ー神国一の美青年を見ているからな…。
つい雅巳と似顔絵を比べてしまった。それだけ大事な存在になりつつあり、凛は軽い調子で定に言う。
「私よりお兄ちゃんのほうが先だよ」
「清は清、凛は凛よ。…で、どう?」
「どうって…。本当の顔じゃないし」
お金を積めば、格好良く描いてもらえるのではと、凛は困っていた。
「一度、会ってみない?」
定の目は期待できらきらしている。しかし駄目なものは駄目だった。
「まだ早ーい!!」
凛は心の底から拒否すると、立ち上がって逃げ出す。
「こら、凛!!」
「お母さんが代わりに受けたら?」
冗談を言って廊下を進むと、大雅に捕まった。
「こら。まだ回復していないのに、何をしているんだい?」
「だってお母さんが…」
短く事を話すと、大雅も腕を組み、苦笑する。
「お前も年頃だからな。お母さんもいきおくれないか心配しているんだろう」
「嫌よ。自分のことは自分で決める。だからお父さん、お母さんをどうにかしてよ」
「どうにかか…。とりあえず部屋に戻りなさい」
「お父さんがお母さんに言ってくれるなら…」
「分かった、分かった」
「ーすみません」
せっかく大雅がついてくれると思ったのだが、客が来たらしい。
「ただいま行きます。…すまないな、凛」
大雅は店に戻ってしまった。一人残った凛は廊下の壁にもたれ、熱い息を吐き出す。薬を飲んでいるせいか、ふわふわした状態だった。
ーお見合いなんて、まだ先の話よ。
わすがに頬を膨らませ、否定する。そこに定がやって来たので、凛はどうしようか考える。
「ここにいたの? 早く休みなさい」
「…。お母さん、お見合いの話は…。その、なしね」
「駄目よ。若いうちが華なんだから。子どもを生むのも体力がいるから、早くしたほうがいいわよ」
「えー…。でもな」
つまらなそうに足元を見つめる。もし石があったら、定のところまで転がっていたかもしれない。
ー…雅巳さん。
ふと彼の顔が浮かび、凛はびっくりする。まさか彼とくっつくなんて夢にも思ってみなかったのだが、どうしても似顔絵の人達には嫌悪感があった。
ーでも直に訪ねられても困るし…。
気持ち良い風が吹いていく。まるで定を怒るかのように雷の音が遠くでしてきた。
ー昔、雷が鳴るとおへそをとられるとか言ったっけ。
苦笑して腹の部分を触り、ふと固まる。まさに優のことを思い出していた。
ー結婚、出産して、本当に幸せなの? 私には…よく分からない。
正直、苦痛しかないのではないかと思い、聞いてみる。
「お母さんは、お父さんと結婚して良かった?」
「え…。私? 私は…」
定の頰が赤く染まっていく。どうやらいらぬ心配だったらしい。そんな2人から生まれて自分は幸せ者だと実感する。
「ごほごほ」
「凛!! 大丈夫? 部屋に戻るわよ」
定が力強く腕を引っ張ってくる。凛はまだ体が軽いような感覚でされるままにする。部屋に着くと、似顔絵は片付けられており、床へ寝かされる。
「熱、上がったかしら?」
定が自分と凛の額を確認する。どうしても聞きたいことがあり、凛は口にする。
「お母さん、今、幸せ?」
「え…。当たり前でしょう」
すぐさま返事が返ってきて、凛のほうがびっくりする。定が幸せならいいかと思い、目を閉じようとすると、定が言ってくる。
「お父さんがいて、清がいて、凛がいて…。しかも食べていくのに困らなくて。普通だけれど、その普通が1番幸せなの。これ以上願ったら、お母さん、罰が当たっちゃう」
「お母さん…」
なるほどと納得し、凛は微かに微笑む。
「私も、私のお母さんがお母さんで良かった。それだけ。もう寝るね」
「そうしなさい」
定が布団をかけ直してくれたので、そのまま甘えることにした。




