【2】
季節は晩秋となり、ここ神国でも雪がちらちらと降り始めた。吐く息は白く、手は寒さで赤くなってくる。
「…凛!! 凛!!」
名前を呼ばれ、ようやく凛は気づく。見れば、父親の大雅が心配そうに顔を覗き込んでいる。彼女の家は雑貨屋だった。今は冬に向け、炭や火鉢といった暖房器具や雪を片付ける用品などが、売れていた。しかし今日はみぞれのせいか、客足は少なかった。
ー駄目じゃない。ぼうっとしていたら。
自分で自分を戒めたが、朝見た悪夢のせいか、力が入らなかった。
ー何だって、あんな夢を…。
凛は悔しそうに唇を噛む。助けられなかった後悔が、未だに自分を蝕んでいるのだと、自分自身、思い知る。
ーどうすれば良かったのよ…!!
大声で叫びたかった。自分を救うことができない人間が、他人なんか救えるはずがないと失笑する。そこまで凛はまだ全てにおいて力不足だった。
「ーおい、おい!!」
また呼ばれ、凛ははっとし、顔を上げる。相手は玉雅巳、歳は1つ上の青年だった。
ーもうそんな時間?
ぼうっとしていたせいか、もう散歩の時間だということに気づく。雅巳は普段は甘味処に勤めており、時間になると、雑貨屋へやって来て凛の護衛役をしてくれるのだった。今の世の中、女1人で出歩くのは物騒なので、凛が頼んだのである。
ーダイエット、お陰で順調にいっているし。
凹んだ腹を見、よく頑張っているなと自分でも思う。食事も豆腐を選んだりと、リバウンドしないように気をつけていた。
「雅巳さん…」
ようやく口を開くと、熱い息を吐き出す。最初は犬猿の仲だったのだが、今では頼れる相棒みたいなものだった。
ーただ、悔しいことに、顔と体が魅力的なのよね。
本人は自覚がないのだが、とても目立つ存在だった。凛と並ぶと月とすっぽんなのだが、仕方がない。生まれ持った美は神が与えたものだと諦める。
「どうしたんだ? さっきから呼んでいるのに」
「え…?」
そんなに呼ばれていただろうかと、凛はびっくりする。雅巳の横で大雅も心配そうに見てくる。
ー私、そんなに反応が鈍いかしら…?
自分ではよく分からず、動こうとした途端、その場に倒れた。
ーあれ? あれ? 力が入らない…。
じたばたしたのだが、体が思うようにいかない。慌てたのは大雅と雅巳だった。
「お前、どこか具合が悪い…。おい!! 熱があるじゃないか!!」
雅巳の手が額にあてられ、気持ち良いと感じてしまった。外から来たせいか、冷たくてもっと触って欲しくなる。
「医者を呼んでください!!」
「分かった。ちょっと出てくる」
「大丈夫よ、このくらい。寝れば治るし」
軽く言って心配かけないようにしたのだが、雅巳が怒ってくる。
「強がるな!! 我慢するな!! 甘え方を覚えろ!!」
それは雅巳にも言えるのだが、黙っておくことにした。大雅も凛に一言言ってくる。
「熱があるなら、早く言いなさい。それくらいはもう大きいんだからできるだろう?」
「お父さん…。はい、すみません」
素直に詫びると、大雅が優しく言ってくる。
「人間、弱っている時は素直が1番だ。いつも頑張ってもらっているしね。病人の特権というか…。欲しいものがあったら言いなさい」
「…心」
つい口をついて出てしまった。心の病よりも深刻な心の障がいになっていると自覚していた。優のことを引きずっているのだと、雅巳だけが頬をぴくりと動かす。
「今日、散歩はなしだ」
「え…? …きゃ!!」
急にお姫様抱っこされ、強制的に休ませようとされる。
「部屋はどこですか?」
「い、いいって…!!」
熱っぽさよりも、恥ずかしさが勝る。お姫様抱っこしてもらえるだけ痩せたのかと、頭の隅は冷静だった。
ーでもまだぽっちゃりだから、恥ずかしいよ。
そんなことはないのだが、どうもまだ太っているという意識が強かった。何とか降りようと、手足を動かそうとすると、
「暴れるな!!」
強い口調で叱られてしまった。凛はしょんぼりし、抵抗を諦める。
「しばらくは散歩はなしだ。体調が良くなってからにしろ」
雅巳がそう言うと、大雅が部屋へ案内しようとしてくれる。しかし、母親の定が現れ、びっくりしたように口に手を当てる。
「ま!! どうしたの!?」
「説明は後だ。医者を呼んでくるから、雅巳くんを凛の部屋まで連れて行ってくれ」
「は、はい…!! こっちよ」
定が先に歩き出し、凛の部屋を目指す。何だが申し訳ない気分になり、凛は何か言おうと口を開くが、雅巳に睨まれる。
「医者が来るまで側にいてやる」
「え…。そんな、いいわよ!!」
「だから、甘えろって言っているだろう!! 病人は病人らしく、大人しくしていろ」
「…ごめんなさい。でも店は…」
「私が立つから大丈夫」
定がすぐさま言ってきたので、凛は何も言えなくなった。あとは雅巳に運ばれるまま、進んでいく。
ーあ。かなりまずいかも。
自分でもようやく熱を自覚し始め、大きく呼吸する。お姫様抱っこなんて、してもらったことがないから、なるべく雅巳の負担にならないように、袍を掴む。それから彼の胸に頭を預ける。
ーふわふわして、安らぐ…。
凛は目を閉じると、雅巳に甘えることにしたのだった。




