【18】
そして夕方、凛は雅巳と落ち合うと、潜入捜査の結果を話す。
「…粉? しかも縛られた女?」
雅巳は興味を持ったらしく、凛が手にしている粉と花を手にする。
「…何だか分かる? 雅巳さん?」
「…」
雅巳は黙ったまま、白い粉を色んな角度から見、匂いをかぎ、そして、口で確かめようと舐めた。びっくりしたのは凛で、もし毒だったらどうしようと慌てる。
「雅巳さん、舐めたら…」
「しっ!!」
短く叱られ、凛は黙る。和真の部屋にいた時もそうだが。生きた心地がしなかった。それを和ませようと、橙色の光が凛を照らしてくる。母親の愛情のように暖かい光は凛を歓迎するように思えた。今、2人は散歩の途中という名目で、誰もいない坂の上にいた。周りが色づいた樹木に囲まれており、大声を出さないがぎり、凛達が何をしているのかなんてぱれる心配がなかった。
「…分かった」
雅巳が紙を元の通りに畳み、花をくるりと回転させる。
「何か分かったの!?」
期待して声をかければ、雅巳は確信を持ってうなずく。
「ーこれは、ケシの花だ」
「ケシの花…? 何それ?」
「簡単に言うと、手を出したらまずいものだ」
「手を出したらまずいもの…? 毒とか?」
「そんなようなものだ。そして、それから精製されたのが、この粉だ。見た目は何ともなくても、塩や砂糖とは違う。人を気持ち良くさせたりしてくれるのだが…。、大量にしかも、続けて使用するとまずい。下手すると、死ぬ危険性がある」
「死…!!、 …あれ、じゃあ…?」
店の前で倒れたほたるのことを頭に浮かべると、雅巳も同じことを思ったのか、しっかりうなずいてくる。
「そんな…。危険なようには見えないのに」
「見た目はな。でも事実は事実だ。、しかもケシの花を栽培することは禁じられているはず。隠れて作っているつもりでも、いつかはばれるってことだ」
「なるぼど…」
「でも悪いことばかりでもない。重病で体に激痛が走る人のために使えば、気持ち的に楽になる。薬として使われることもあるんだよ
「薬…。毒と薬かあ」
表裏一体のような気がし、凛は身震いする。何の変哲もない花と粉だが、使い方次第で大分、違うらしい。
ー雅巳さんがいてくれて、良かった。でも…。
また薬の話をするとは思わなかったので、様子が気になる。夕日に照らせれた雅巳は、堂々としており、少しも弱気なところがなかった。
「かわいい、綺麗なだけじゃ、世の中、渡れないのと一緒だ。植物も人間も扱い次第によって、良くも悪くもなる。俺自身だって、明日、お前に辛く当たるかもしれないぞ?」
「そ、それは…。…そんなことはない!!」
凛は力強く言い、雅巳の胸を指す。
「雅巳さんの心は綺麗だもの…!! 客商売していれば、色んな人間に会うけれど、私がここまでできるのは、全部、雅巳さんがいるからだもの。もし1人だった…怖くてできないわ」
「そうか、ありがとう。それと…お疲れ様」
粉と花を懐にしまい、雅巳は凛の頭を撫でてくる。その気持ち良さに、安心をもらう。誰かのためなら強くなれると、改めて思ったのだった。
「…でも早くしないと、女の人が、…!!」
「そうだな。どうするか…。今日、動くか、明日、動くか」
「和真なら、もう帰ってると思うのよね。どこへ行ったのかは知らないけれと…」
「…奴のところじゃないだろうな」
何気なく呟いた声は、凛の鋭い感覚に捕らえられ、耳に入ってきた。凛も複雑そうな表情となり、黙り込む。2人を宥めるように風が過ぎていき、頬の赤みをさらっていく。体から緊張は完全にとれないが、十分だった。
「とりあえず、今日中に動くか。また死なせたのでは後悔する。善は急げだ」
「うん!! どうすればいい?」
「役人のところに行くぞ。証拠は手に入れたんだ。証人をなくすわけにはいかない」
「分かった。行こう」
2人はせわしなく動き出したのだった。
夜、金家の店の戸を叩く者がいた。
「…一体、何…? え」
出た男がぎょっとし、固まる。それを邪魔だとどけ、一団は中へ入る。
「主人はいるか?」
「は、はい。ただいま」
従業員の男が走り、和真を呼びに行く。一団の中には、凛と雅巳の姿もあった。
「はいはい、何でございましょう…?」
金和真は下手に出たが、一団の首領は高圧的に言う。
「役人だ。店と邸の中を調べさせてもらう」
「それは…何故に?」
和真の頰がぴくりと動いた。今が好機だと思ったのか、首領が命令を下す。
「探せ!! いいな」
「はい!!」
一斉に動き出したので、和真はきょろきょろして戸惑うばかり。凛と雅巳は動かず、待機すること、わずかな時間。
「ありました!! ケシの花と女です!!」
大きな声だったので、凛達のところまで届いてきた。和真はしまったとばかりに、顔を歪める。逃げようとするところを、凛と雅巳が止める。
「駄目よ、逃げちゃ」
「その通り。責任はとるべきだ」
「…何だ、お前ら!! 邪魔だ!!」
強い口調で言われたが、凛は怯まなかった。逆に睨みつけ、
「ほたるさんを殺したのは、あなたね!!」
「…。何を言っているんだ、どけ!!」
「お断りします!!」
「同感」
2人が手を広げ、通さないようにする。
「早く答えて。薬漬けにして殺したのは、あなたでしよう?」
「…。あはははは」
突然、笑い始めたので、凛はびくりと体を震わす。和真は両手を広けて上にすると、
「冗談じゃない。何で私が…!!」
「今、聞いたでしょう!! もう逃げられないのよ!!」
「証言と証拠があるからな。諦めろ」
「…。くそっ!!」
和真は苛立ち気味に足を鳴らすと、凛と雅巳に言ってくる。
「たった1人、いなくなったくらいで何だ!! 代わりは他にもいる」
「な…!! 何を言っているの!!」
「お金で買ったんだ、私が何をしてもいいんだよ」
開き直ったのか、和真が堂々と言ってくる。続けて、
「いい玩具だったのに…。残念だ」
ふと笑ったのが気に入らず、凛と雅巳は怒る。
「ふざけるな!!彼女達は玩具じゃない!!」
「そうだ。心があるんだよ。嬉しい、悲しい、腹が立つ、楽しいってね。お前の快楽のために、犠牲になっていい人達じゃない!!」
「…。お前らも私からすると、玩具だけどな。いくら欲しい?」
「は…? お金で解決しようってわけなの?」
「さすが商売人。話は早いが…断る。お前の趣味の悪さには付き合いたくない」
「そう言って欲しいくせに」
「この…」
凛は頭にきて、和真を引っ叩く。力が入りすぎたのか、高い音が響いた。
ー悔しい!! 悔しい!! 悔しい!! こいつのせいで…!!
何人犠牲になったのか分からないが、金に物を言わせるやり方は嫌いだった。金で命が買い戻せるわけがないのだ。
「痛いな、お嬢さん!! この…!!」
「殴りたいなら、殴りなさいよ!!」
「おい、やめておけ。俺の後ろにいろ」
雅巳に指示され、彼の後ろへ回る。もう2、3発は叩きたいくらいだった。そんな時、ちょうど役人の首領が戻ってくる。
「今、ケシの花を確認し、捕らえられた女性を発見した。もう言い逃れはできないぞ、金和真!!」
「…くそ!! お役人様、どうかお金で…!!」
「見苦しい!! 金で解決しようと思うな!!」
後ろに来た部下に顎で示すと、彼らは和真を捕らえる。縄で縛られてからも、まだ往生際が悪いようだった。
「私は!! 私は…!!」
「ー今度はあなたが玩具になりなさい」
和真にだけ聞こえるように言うと、睨まれたのだが、負けなかった。
「お役人様、別宅にも誰かいるかもしれません」
雅巳の冷静な声に、役人の首領が深くうなずく。部下達に命令を下すと、別宅へ向かわせたようだった。
「くそ!! くそ!! くそ!! 私は成功者なのに…!! こんなことが、こんなことがあっていいわけがない!!」
「…何が成功者よ。人を人とも思わない化け物じゃない」
「何だと…!!」
「こいつの言う通りだ。役人にこってり絞ってもらえ」
「…」
行くぞ、と両脇を固められ、和真が出ていく。それを確認してから、役人の首領が頭を下げてくる。
「助かった。ありがとう」
「い、いえ…。あの、別に何かしたわけでは…。ねえ?」
「そうだな。俺達もただ世話を焼いただけというか…」
「そうか。お疲れ様」
肩をそれぞれ叩かれ、凛と雅巳は誇らしい気持ちになった。
「お前ら、何かあったら言ってこい!!」
部下に命じると、首領は凛と雅巳に言ってくる。
「もう帰りなさい。あとは私達の仕事だ」
「…はい。
よろしくお願いいたします」
2人は頭を下げると、菓子屋を後にする。空には丸い月が浮かんでおり、鏡のようにきらきらと2人の姿を照らし出す。
「…これで良かったのよね?」
「ああ。十分だろう。…成仏してくれるはずだ」
「そうね。天国に行っているといいんだけど」
どんな所は知らないが、桃源郷みたいな、美しくて眩しい場所に行っているといいなと願う。
「帰るぞ、ほら」
手を差し出され、凛は素直に手を握り返す。、大きな手は安心を与えてくれ、ふーっとためていた息を吐き出す。
ー人間、攻撃的な人や優しい人、色々といるけれど…。1番は一緒にいて安堵できる相手よね。
凛にとってはそれが雅巳であり、彼の手を握り返す。
「お見合いは当分いいや」
「は…? 何の話だ、それ」
「何でもない。内緒」
「内緒ってな…。この!!」
2人は月の光の下、じゃれ合ったのだった。




