【16】
翌朝、兄の清が入口の戸を開けると、紙が挟んであったらしく、床に落ちていく。
「…何これ?」
中身を確認した清はびっくりして家族の元に向かう。
「ちょ、ちょっと、大変、大変!!」
「こら清、まだ朝早いんだ。静かにしなさい」
「でも父さん…!! これ!!」
「何それ、清?」
定が聞いたのだが、無視して大雅と清が紙を覗き込む。
「おはよう、お母さん」
そこに凛がやって来て、場が明るくなる。
「おはよう、凛」
「…。朝から何、お兄ちゃん、お父さん?」
「いや何でも」
紙を後ろ手に隠したのは、明らかに秘密にしようとしているらしいので、凛は頬を膨らませながら、手を伸ばす。
「その紙、見せて」
「これは、その…。なあ清?」
「ねえ、父さん。俺、ご飯を食べようかな…」
「2人とも!! 家族に隠し事はなし!!」
凛が素早く動き、大雅の手から紙を奪う。
「あ、こら!! 凛!!」
「駄目だぞ、凛!! 読むな!!」
2人とも止めに入ったのだが、凛は手の届かないところに移動し、紙を広げる。
「…え。これって…」
全文読んで、顔が青くなっていく。内容は菓子屋についてであり、「表向きは普通でも、裏では酷いことをしている」という内容のものだった。
ー何これ…。誰が一体…?
和真の顔を思い出し、確かに油断ならない人物だと改めて思う。しかし裏での酷いこととは何なのだろうかと考える。
「あーあ、父さん、凛がまた関わりそうだよ」
清の言葉に、大雅が憮然とした顔で釘をさしてくる。
「凛、関わっては駄目だよ」
「…。気になる、これ」
家族の心配をよそに、凛は気になって仕方がなかった。
ー何故、元妓女の人は亡くなったのか。何故、うちの前に倒れていたのか。気になって、気になって…。雅巳さんにも相談したほうがいいわね。
そう決めると、紙を大事そうに懐にしまい、厨房へ戻ったのだった。
「ーは? 匿名の紙?」
散歩の時間になり、雅巳に出会った途端、せきをきったように、経過を語った。今は入口の戸に挟んであった紙を見せていたところだった。
「明らかに何かありそうな気がする…」
ぼそっと呟いた雅巳対し、凛は勢いよく言う。
「そうでしょう? 気になるでしょう?」
「お前はまた…」
雅巳が深くため息を吐く。また事件に巻き込まれる予感がしているのかもしれない。凛もできれば避けたいが、どうも
「うちに挟んであったってことは、助けてくれって言っているように思えるの」
そんな気がしてならなかった。雅巳は紙を返すと、
「気をつけろよ。…一緒に行ってやる」
「本当!? 雅巳さんがいれば大丈夫!!」
「じゃあ今日は散歩はやめて、早く菓子屋に行くぞ。いいな?」
「うん!!」
2人は菓子屋に向かうと、その大きさに驚く。
ー麗さん達の茶館くらいあるかしら。
いかにも老舗ですという門構えで、商品は透明な入れ物に入っているようだった。夕方だからか、大分、菓子は減っているが、まだ買いに来る客が数人、いるようだった。
「行くぞ」
雅巳の合図に、凛はうなずき、菓子屋に近づく。入れ物の中には、ごま団子、団子、月餅、飴などが並んでいる。どれも美味しそうだが、値がはるようだった。
ー西側では1番大きいお菓子屋じゃないかしら?
商品を見る振りをしながら、従業員達を盗み見る。売り子は若い女性2人と奥に男性が数人いるようだった。どうしようか迷ったが、ここは直球で聞くことにする。
「あの…。お菓子、美味しそうですね」
「はい、ありがとうございます。お買い上げですか?」
「えっと、そうじゃなくて。あの、旦那様はどんな感じですか?」
「え…? 旦那様ですか?」
女性2人が顔を見合わせ、何と答えようか考えているようだった。
「…唐突すぎたかしら?」
「…いや、今は時間がないから、そのほうがいい」
凛は雅巳の答えに安堵し、女性達の返事を待つ。すると
「私達にも目をかけてくれる優しい人ですよ」
本気でそう思っているわけではなく、義理で言ったように感じた。
「そうなんですか…。いい旦那様ですね」
にこやかに、怪しまれないように言うと、女性達の目が泳いだ。
ーということは、本当は違うってことよね。
優しいとはお世辞で、本当は逆に厳しいのではないだろうか。それを裏づけるように、奥から怒鳴り声が聞こえてくる。
「売り上げを伸ばせ!! 新しい商品を生み出せ!!」
和真の声だと、ぴんときた。それと同時に自分の推理が当たっていると確信する。
ー意地悪みたいね。もしかして上の人には弱く、下の人には冷たい態度をとるのかもしれない。
女性達を見ると、自分が怒られているわけでもないのに、身をすくめている。これは日常的なものだと、凛は見抜く。ということは、凛のうちに来た時は、大きな猫をかぶっていたことになる。
「どうやら紙のとおりらしいな」
雅巳の小声に、凛はうなずく。やはり誰か助けて欲しい人がいるのだと、自分が思った通りだと知る。
「あの、お買い上げは…?」
「あー、あの…」
「ここは東側の人間も来るのか?」
雅巳の直球に、女性達は頬を染めながら答える。
「は、はい…。いらっしゃいます。皆、喜んでおります」
「そうか。ありがとう」
そう言うと、雅巳は凛の襦裙を引っ張り連れて行く。店から離れたところで、雅巳は息を吐く。
「どうやら裏の顔があるらしいな。どうする?」
「どうするって、証拠や証人がいないと…」
「そうだよな。俺も忙しいしな」
「…。あの、私、潜入捜査しようか?」
「は? そんな危ないことをさせられるか」
「大丈夫よ。下働きでも何でも入ってみるから」
「全く、お前は…。お人好しだって、また言われるぞ」
「それでも紙の人を見捨てられないのよ。駄目…?」
「駄目って…ふう」
腰に手を当て、雅巳は下を向く。わずかに積もった雪が足の形をしている。凛と雅巳のものだが、2つ並んでいると、まるで恋人のような感じがして、くすぐったかった。
「しょうがない。危ないと思ったら、すぐに逃げるんだぞ? 本当は俺も手伝ってやりたいけど…」
「何とかなると思う。無茶はしないから。お願い、許して」
両手を合わせ、頼み込むと、雅巳は雪を踏みしめ、言ってくる。
「大雅さん達を心配させるなよ。分かったか?」
「うん。何か掴んだら、すぐに離れるから大丈夫」
「それならいいが…。俺もお人好しだな」
苦笑して首を振る雅巳に、凛は1つ質問する。
「ねえ、どうして東側の人間が来るかどうか聞いたの?」
「ちょっとな。…前回の件もあるし」
「え…」
「何でもない。暗くなる前に戻るぞ」
そう言うと、2人は寒さを切り開くように、歩き出したのだった。




