【14】
その後、凛はその場にとどまり、手当ての手伝いをすることにした。
「大丈夫ですからね。もう怖いことはありませんから」
包帯を巻いてあげながら、優しい言葉をかける。相手が頭を下げてきたので、凛もしっかりとうなずく。
ーぼたんさん、家に着いたかな?
彼女は心配していたのだが、今回の件は報告しておいたほうごいいと判断し、大雅達のいる店に連絡に行ってもらったのだった。周りに見回せば、凛みたいに手当てする人と、倒れたまま、動かない人と様々な人間がこの一帯に集まっているだった。空も悪天候になりそうで、黒い雲が蠢いている。今日という日を忘れないと凛は誓ったのだった。
「ー男の名前は成仁というそうだ」
会話が聞こえてきたので、凛は耳を澄ます。どうやら役人らしく、凛が聞いているのに気づかないらしい。
「歳は40代くらい。定職には就いておらず、ふらふらしていたようだ」
「…へえ。親は? まだ生きているんだろう?」
「それが小さくなって謝りっぱなしだってさ。首をくくりそうな勢いだって言っていた。…この現場を見ればな」
役人達も凄惨な状況を見、複雑そうな顔をする。こんなことが起きるなんて、初めてのことだった。
ーどうして罪のない人を襲うなんて…。
「うう」っと呻く人を手助けしてやり、体を起こしてあげる。頭に包帯を巻いており、血がついていた。こんな様子の人間がたくさんいるのだから、犯人の成仁の親が首をくくりたくなるのも分かる気がする。
ー私が親だったら、子どもを殺すかもしれない。
全部の責任を取って、自分の手で始末するかもしれないと考える。それくらい酷い有様で、戦でも起きたのかというくらい血と涙と、色んなものの香りと音がするのだった。
「ーおい!!」
聞いたことのある声だと、とっさに思い、振り返って見れば、雅巳が荒い息を吐きながら立っていた。まさか彼が来るとは思わず、凛はびっくりする。
「雅巳さん…」
「ようやく見つかった」
そう言うと、雅巳は凛を強く抱きしめてくる。その時、
ーああ、私、生きているんだ。
と実感できた。心に安らぎが広がっていく。
「雅巳さん、雅巳さん、雅巳さん!!」
連呼すると、雅巳が静かに動き、頭を抱えてくる。そのまま優しく撫でられ、凛はそのままにしておくことにした。
「ー全く。何でも首を突っ込むんだから」
雅巳が怒ったようにいい、きつく抱きしめてくる。凛にとっさに、
「ごめん。ごめんなさい」
と謝っていた。雅巳の香りに、いつもの日常を取り戻したかのように、落ち着いてくる。
「一体、何があったんだ? 全部、俺に話せ」
体を離されて少し淋しかったが、雅巳に今持っている情報を渡す。すると雅巳が眉間にしわを寄せ、不快そうにする。
「何だ、それ。自分勝手な奴だ。しかも自分だけ生きるなんて」
「…うん。たくさんの人が苦しんでいるのに…」
凛も声を落としながら同意する。雅巳が凛の体を眺め、指摘してくる。
「お前も怪我をしているじゃないか!! 手当ては…」
「大丈夫。もう痛くないから。それよりも…」
凛は一旦区切ると、息を落ち着かせてから聞く。
「どうして雅巳さんが来たの? あ、いや、別に嫌とかじゃなくてお父さん達はどうしたのかなと思って」
「ああ、それなら、ぼたんさんに感謝しろ。ちゃんとお前の店と俺のところまで言いに来てくれたんだから」
「…そうなの」
「大雅さん達も心配しているってさ。でも客がいるのか、店から離れられないとかで、俺が代わりに来たわけ。犯人が捕まっているかどうかも分からないし、危ない場所へ行かせられないからな。俺なら平気だし」
「雅巳さん、強いものね」
うっすらと笑みを向けると、雅巳も少し体の緊張を解いたようだった。そしてしっかりと告げてくる。
「お前、俺より先に死ぬなよ。危ない目に何度遭えばいいんだ。全く、少しは反省しろ」
「…うん、ごめん」
今度は凛から抱きつくと、雅巳にちゃんと言う。
「雅巳さんを1人にしないから。嫌がられても、逃げられても、ずっと、ずーっとついていく。覚悟しといてね」
「ああ、楽しみにしている」
背中を撫でられ、凛は気持ちよさに目を細める。雅巳の大きな手は凛を守るためにあると思うと、心強かった。さらに甘えるようと抱きしめる力を強くすると、彼も同じようにしてくる。
ーこの人だけは、1人にさせない。
何故かそう強く思ってしまった。孤独なくせに、お節介というか、世話好きというか、2人で色んな体験をしてきたからこそ、本当の雅巳を知っているからだった。
「雅巳さん、覚悟してね。私、しぶといから」
「そうか。お前、ものすごいことを言っているんだけど、自覚があるか?」
「?」
首を傾げると、頭を雅巳の肩に押しつけられる。今の表情はどんなものなのか見たかったが、やめろという意味らしい。
ー雅巳さんが納得したならいいか。
そう思い、2人で抱き合っていると、また会話が聞こえてきた。
「犯人の奴、幻覚でも見ていたんじゃないかって話だぜ」
「そうなの?」
「ああ、ケシの花でもやっていたんじゃないかってさ。噂だから分からないけれど」
「…ケシの花」
反応したのは、雅巳だった。凛はぴんとはこなかったが、彼には分かったらしい。体が殺気立つのが分かる。
「雅巳さん…?」
「…まさか、あいつじゃ…」
ぼそりと言い、途中で止める。凛も何となく誰のことか分かった気がしたが、黙っていることにした。
「ー雪だ」
冷たいものが当たると思い、空を見上げると、白いものが降ってきた。まだ少しずつだが、これが大雪になると厄介だなと思う。しかし今は、地上に広がった赤い色を浄化させるようと、天が白く清らかな雰囲気にしようとしているのだと考えるようにした。
「ー早く帰ろう。もうお前は十分、動いたんだから。大雅さん達も早く会いたいだろうし」
「…うん。あ、雪、気持ちいい」
雅巳からようやく離れ、手のひらに雪を乗せる。すぐに溶けてしまったが、聖水のような感じがし、優しく手を丸め込む。
「馬に乗ってきたからいいな?」
「うん。大丈夫」
「よし、じゃあ、帰るぞ」
そう言うと、雅巳は凛を離すまいと手を握ってくる。凛も同じ気持ちで、強く握りしめ返すと、他の皆には申し訳ないが、先に帰らせてもらうことにした。




