【12】
凛が店番をしていると、1台の馬車が停まった。
ー何だろう?
高級そうな馬車に気後れしていると、中から1人の男性が降りてきた。歳は50代くらいだろうか。白髪まじりの髪だが、渋い顔をしたいい男だった。着ている袍も見事である。
「ーすみません」
耳ざわりのいい声に、凛はどきりとする。しかし固まっては何の役にも立たないので、言葉を返す。
「はい、何でしょうか?」
少し緊張ぎみの声になってしまった。というのも、男性は柔和そうな顔をしているだが、目つきが鋭かった。一筋縄ではいかない男だと、凛は身構える。
「このお店の方ですか?」
「はい、そうですが…」
短いやり取りのうち、男性が木箱を出してくる。
「この度はどうも申し訳ありませんでした。その、店先でうちの者が倒れてしまって…」
「…」
凛はなるほどと納得した。どうやら相手は菓子屋の金和真らしい。わざわざ来店してくれるなんて思わなかった。
「これは、これは」
すかさず大雅がやって来て、凛をかばう。
「これはご丁寧にありがとうございます」
「いいえ。箱の中身はうちの店の月餅ですから」
「そうですか。しかし受け取ることはできません。私どもは何もしていないのですから」
大雅が断ると、男性ー金和真は鋭い目つきはそのままに笑う。
「いいんですよ。ご迷惑をかけたのは本当のことですから」
木箱を大雅に押しつけ、和真は去ろうとする。
「…あの!! お名前は?」
一応、確認しておこうと、凛が口を挟むと、和真が言ってくる。
「ー金と申します。お見知りおきを」
やっぱり和真だと思い、何か聞こうとするのだが、大雅に止められる。
「お父さん」
「いいから黙ってなさい」
どうやら店主同士の話し合いにしようとしているらしい。凛は言われるまま、引っ込むと、大雅が木箱を持ったまま、言う。
「あの、それで何か分かったことは…?」
「それは話せません。個人のことなので」
「そうですか。お互いに店主として大変ですね」
「失礼ですが、お名前は…?」
「葉大雅と申します。どうかごひいきに」
大雅が頭を下げると、和真も頭を下げてきた。
「ーそれでは失礼いたします」
和真はそう言うと、馬車に戻ってしまった。すぐさま馬車は動き出し、凛達を置いていく。
「…何か怖い人だったな…」
凛が馬車の向かった方を見、ぽつりともらす。大雅は木箱をレジに置くと、聞いてくる。
「何が怖かったんだい?」
「目。目が鋭いというか…。お父さんと全然違う」
「はは。そうか、よく気がついたな」
大雅が笑みながら、凛の頭をぽんぽん叩いてくる。
「あれは商売人の目つきだ。しかも抜け目がない。よほど人の対応に慣れているんだろう」
「そうなの? …でも情報は欲しかったな」
「やめておけ。商売人は嘘をつくのが上手だったりするから、凛じゃ丸め込まれてしまう」
「うーん、それは嫌だな」
「そうだろう? 人間はそれぞれ違うから、対応の仕方もそれぞれ変えたほうがいいかもしれない。とにかくこちらに非はありませんよという態度でいたほうがいいな。丁寧なやり取りをしなさい」
「はい、お父さん。勉強になります」
凛が素直に答えると、大雅は「よろしい」と言ってくる。
「さて、この菓子だが…。やめておこうか」
「え? どうして? もったいない」
「先程の男性ー金さんは隙がなかっただろう? ということは、自分の店の味に自信があるか、それとも考えたくないが、毒でももっているか分かったものではないからな」
「毒…!! そんな」
「例えばの話だ。これは私が預かっておく」
大雅の言葉に、凛は否定しなかった。善良そうに見えたが、中に何が入っているかなんて分からないものらしい。凛だけだったら、あやうく食べてしまうところだったかもしれない。
「とりあえず、店番を続けなさい。いいね?」
「はい。頑張ります」
ようやく大雅が力を抜いたので、凛も微笑む。優しい風が流れてきて、2人の間を清らかにしていく。
ー私もまだまだだから、もっと勉強しないと。
そう思い、凛は店番に戻ったのだった。




