【11】
亡くなった女性に関しての情報は、葉家が手にするのが早かった。それというのも、父親の大雅と兄の清が顔が広いお陰だった。特に清のほうが市場に勤めているので、嬉々として話し始める。
「死んだ女性は元妓女だったらしい。どうりできれいなはずだ」
お茶を一口飲み、「熱っ」と呟いた後、また喋り始め
る。
「何でもそこそこ有名な人だったらしい」
凛も茶碗を両手で包み、温まりながら質問する。
「妓女って…?」
「ああ、凛は知らないか。歌や舞、技芸で人々を喜ばせる女性達のことだ。ぴんからきりまでいるが…歌姫や舞姫といった特別にな人達もいるらしい。ああ、俺も行ってみたいな」
ぽっと頬を染め、清が羨ましそうに言った。
ー妓女、妓女、妓女…。ああそう言えば。
どこかで聞いたことがあると思ったら、雅巳に喧嘩を売った連中ー東とかいった男が遊びに行くと言っていたような気がする。
「妓女って…すぐ会えるものなの?」
「馬鹿。凄く金がかかるんだよ。うちじゃ…行けなくもないけど」
清が大雅と定を見、少し小声で言った。それは聞こえたようで、
「どうやらその妓女、去年だか一昨年に身請けされたらしい」
今度は大雅が情報を与えてくれた。凛はまた首を傾げる。
「身請け…? …って何? お父さん」
「皆に見せるんじゃなくて、自分のものにするということだ。そのためには大金を積むこともあるらしい」
「へえ…。そんなに凄いの。それでその女の人は誰に身請けされたの?」
「周家と同じくらい金持ちの菓子屋らしい。凛も知っているだろう?」
店の名前を言われ、凛は「ああ」と呟く。確かに有名な菓子屋だった。しかし、それで別の疑問がわく。
「何でぼたんさんと関わりがあるの…?」
「さあ? ぼたんさんの店は小さいが、味は絶品だからな」
「そうだよな。どんな季節に食べても美味しいし」
「そうそう。甘くてとろけるのよね」
清と定が頬に手を当て、うっとりする。毎日食べさせてもらっている凛としては、申し訳なく思ってしまった。
ー食べていけるだけ幸せ。確かにね。
定の言葉を思い出し、自分は恵まれていると反省する。
「…何でがりがりだったんだろう?」
何となく呟くと、定が拾ってくれる。
「それは主人の趣味だったとか? 細くないと相手にしない人かもしれないし」
「そうなの? …ちなみにお菓子屋さんって、奥さんがいるわよね?」
「野暮なことを言うなよ、凛。男はもててこそ価値があるんだよ」
清が胸を張って言ったので、凛は少し意地悪をする。
「そうやって言うってことは、お兄ちゃん、もてるの?」
「がーん!! そうきたか…。生意気な妹だ」
頭を撫でられ、凛はくすぐったそうにする。茶を一口啜ると、
ーお兄ちゃんの言い方からすると、雅巳さんはものすごく価値があるってことか。
あの顔と体では女性のほうが虜になるのは分かる気がする。
ーあー駄目だ、駄目。余計なことを考えちゃ。
雅巳に情報を与えるためにも、凛は粘る。
「その女の人、名前は何ていうの?」
「関ほたるというらしい」
大雅が凛の質問に優しく答えてくれた。
「他に情報は…?」
「何も揉め事はなかったらしい。静かに菓子屋ー金和真という主人らしいが、別宅で暮らさせていたようだ」
「関ほたるに、金和真…。なるほど。何歳くらいの人達?」
「それなら俺が詳しい」
清が割り込んできて、手を挙げる。
「関ほたるは20代から30代で、金和真は50代くらいらしい。ほたるはほぼ別宅から出ず、和真が足しげく通っていたようだ」
「なるほど…」
凛は垂れた髪を耳にかけると、更に聞く。
「そんな生活、楽しかったかな…? どうなんだろう?」
「さあな。本人しか分からないさ」
「そうそう。父さんの言う通り。琴や笛の音がよく聞こえていたみたいだぞ」
「琴や笛か…。…でも1人で淋しくなかったかな?」
ほたるの身になって考えると、凛は何だか切ないものを感じる。主人が足しげく通ってくれるのはいいが、その間、人に会わず、1人でいるということはどういうことか想像がつかない。
ー私よりも雅巳さんのほうが同調しそうね。
一人暮らししている雅巳のことを思う。凛は大雅達に囲まれて辛いこともあるけれど、楽しい生活を送らせてもらっているのだが、他に誰もいない生活はどうなのかと想像を巡らす。
「1人って、淋しくなかったのかな?」
つい口からこぼれてしまい、慌てて口を閉じる。しかし皆に聞こえたらしく、大雅が言ってくる。
「世間には、色んな人間がいる。わいわい楽しいのが好きな人と、しーんとした静かな生活が好きな人と。選ぶのはその人次第だから、凛が想像しても分からないはずだ。ちなみに私はこういう風に家族団らんできて嬉しい派だ」
「お父さん…。そうね、その人しか分からないものね。私もね、皆が家族で良かった」
明るく言うと、その場は更に注目を浴びるように輝く。
「俺も! 俺も! そう」
「お兄ちゃんはちょっとうるさいけど…。意地悪だし」
「そんなことはないぞ。お前のこと、ちゃんと愛情を持って接しているし」
よしよしと、頭を今度は乱暴に撫でられ、凛は文句を言う。
「ちょっと、お兄ちゃん!!」
「ははっ!! お化けの完成だ」
「こら、清。よしなさい。凛は体調が良くなったばかりなんだから」
母親の定の注意に、清は「はーい」と答え、茶をすする。
「ちなみに、お母さんは…?」
「幸せに決まっているでしょう? ほほ」
家族の絆が更に高まったように感じ、凛は嬉しくなる。まるで光の輪で繋がっているような、心地の良い暖かさを感じる。
「さて、話はここまででいいか? まだ分からないこともあるし」
「俺もまだ聞いていないことがあるみたいだしな。探ってみる」
「気をつけなさいよ、全く。遊びじゃないんだから」
定にたしなめられ、清は肩を竦める。それを見、凛はくすりと笑う。
「何、笑っているんだよ?」
「別に。ーお母さん、私も幸せだよ。いい家族のもとで暮らせて良かったと思う」
「あらま。ほほ。熱いお茶を持ってきましょうか」
定が立ち上がったので、事件の話はお開きになった。
ー雅巳さんに教えられることは、教えないと。
そう思いながら、お茶の時間を楽しんだのだった。




