第8話:守れなかったもの、守れたもの
一山超えて、また一山…というところです。
眠ったユウヒの目元を、ホウジュンは撫でた。
深く刻まれた隈と、疲れ切って生気のない顔。
多分、自分も同じようなものなんだろうな。と、苦笑する。
ユウヒの意識が戻ったことを伝えようかと立ちあがろうとした時、カタンと背後で音がした。
視線だけを向けると、ナツメが入ってくるところだった。
彼女は何も言わずにユウヒに近づくと、機械の数値を読み取り、軽く頷くと慣れた手つきで点滴など治療を施していく。
「峠は、越えたようだね」
治療を終えたナツメは、ため息混じりに言った。
はい。と、安堵の混じった返事をするホウジュンに、なら!と彼に向き直って顔を覗く。
「あんたももう寝な!自覚はあるんだろう?」
随分と酷い顔だ。と、眉間にデコピンする。
そこそこの威力のそれにたじろぎ、反射的に弾かれたところを押さえながら、やっぱりか…と零す。
しかし、彼はユウヒを見つめ、立ち上がるそぶりを見せなかった。言うことを聞かないねぇ。とナツメは零し、ホウジュンの背中を思い切り叩く。
「部屋に帰れとか言わない。そこでいいから、とりあえず横になってな!」
ユウヒが眠る隣の空きベッドを示され、ナツメの気迫に負けたホウジュンは、渋々と移動する。
横になった途端、限界近くのホウジュンはすぐに寝入ってしまった。
呆れながら、彼のことも診察する。
似たもの同士か…とぼやき、ホウジュンにも点滴を施した。
「あんたたちが要なんだから…今はゆっくりお休み…」
誰に聞かせるわけでもない言葉をこぼすと、ナツメは静かに部屋を出ていった。
———
ユウヒとの面会許可が出たのは、彼らが帰還して5日後、ユウヒが目覚めて2日後のことだった。
シンとリッカは病室の前で立ち止まり、意を決して扉をノックした。
返事が来る前に扉を開けたシンの視界には、ベッドから上体を起こしているユウヒの姿だった。
「ああ、どうした?」
普段と変わらない柔和な表情で迎えたユウヒ。
あまりにもそれが自然で、2人は固まってしまった。
「入るなら入れ」
動けないでいる2人を、ホウジュンが中へと促した。
そして、ベッドの脇に椅子を二つ並べてやると、2人に座るように促しつつ、自分は壁際へと身を引いた。
シンとリッカは素直に椅子に座るが、言葉が出ずに、ただユウヒを見ていた。
「2人は、なんともなかったか?」
不意に言われた言葉に、2人は目を見開く。
そんな2人を見てから、ユウヒは頭を下げた。
「不甲斐なくてすまない。悪かったな…」
シンとリッカは言葉が出てこなかった。
自分たちが不甲斐ないせいで、彼を危険に晒したのに…ついこの前まで生死の境を彷徨っていた人に、頭を下げられ、謝罪されている事実に、頭がついていかなかった。
「…うして……どうしてユウヒさんが謝るんですか?」
やっと言葉が搾り出せたシンの声に、顔を上げたユウヒは当然だろう?と言う。
「守るべきお前たちを守れず、挙句にこのザマだ…ホウジュンから役目を取っておいての醜態だぞ?…本当に、申し訳なかった」
「守られ、……ましたよ!!」
耐えられなくなったシンが、椅子を蹴り倒す勢いで立ち上がり、ユウヒに怒鳴った。
「守られた!俺たちは!俺は!!何もできなかった!だから……だからあんたが、今そんなんなんじゃないか!」
「ちょっと、シン…」
リッカが止めるのも構わず、目元を雑に拭いながら、シンは更に怒鳴る。
「あんたがいなかったら!俺も!リッカも!戻ってこれなかった!だから……謝んなよ!!」
言うや否や、シンは病室を飛び出していった。
オロオロしているリッカと、シンが飛び出していった方向を見ながら、ユウヒは苦笑した。
そして、リッカの頭を軽く撫でる。
「悪い、リッカ。シンについててやってくれるか?今は…多分リッカの声しか届かない…」
はい。と小さく返事をすると、リッカは立ち上がってユウヒとホウジュン、それぞれに頭を下げる。
そして、シンを追いかけるべく、病室を出ていった。
部屋を出る前に一度立ち止まり、リッカはユウヒを見る。
「私も…もうちょっとちゃんとしてたら…って、思ってます。だから…」
「リッカは俺を、助けてくれてたろう?」
言葉を遮るようにしてユウヒが言い、驚くリッカに、にこりと笑ってみせる。
少し安堵した表情になったリッカは、パタパタと走り去っていった。
———
2人が去り、若いなぁ…としみじみ呟くユウヒを、ホウジュンが小突いた。
「今のやりとりは、悪手だろうが…」
「いや、想定内…」
俺が謝りたかったんだよ。と、ユウヒは視線を落としながら呟く。
「初戦であれは……トラウマになるだろう?」
「初戦じゃなくても、その場にいたら既にトラウマだろう」
俺だって例外じゃねぇよ。と、こめかみに手を当てながら言うと、どかっと椅子に座り、まっすぐにユウヒを見る。
「あまり、無茶をしてくれるな!こっちの心臓が保たない…」
本気でダメかと思った。とこぼす声は、微かに震えていた。視線も外れ、項垂れるように顔を落とす。
ホウジュンの反応が想定外だったユウヒは珍しく狼狽え、困ったように笑うと、彼の頭に手を乗せる。
「悪かったって…泣くなよ、ホウジュン…」
「なら、泣かせるなよ…」
本当に泣いてるわけではないが、泣く一歩手前のような声音に、ユウヒは苦笑する。
彼の頭に乗せていた手で、ゆっくりと髪を撫でる。
「悪かったって……」
「……お前の正直なところは…口先だけでも、もうやらない。って言わないことだよな…」
大きなため息を吐くと、知ってたけど…と、呆れたようにこぼす。
「…まぁ、二度とはごめんだが…同じような場面になったら…やるだろうな…」
想像して…自分に呆れるように、ため息混じりでいう。
思い返しても…いや、思い返すのも躊躇うほどの記憶だ。あの壮絶さは、二度と味わいたくない。
「本気で……殺してくれって…思っ、…!」
ポツリとこぼした瞬間、ユウヒの目から涙が一粒溢れ、それを皮切りに、次々と涙が溢れた。
無自覚だったユウヒは慌てるが、立ち上がったホウジュンが、その顔を自分の胸に押し付けた。
「お前が、泣くのかよ…」
「いや…ちょっと……止まらな…ッ」
本気で焦っているユウヒに苦笑しながら、ホウジュンはその背をポンポンと叩く。
「泣いとけ泣いとけ…で、今はしっかり休め」
ユウヒはホウジュンの背に手を回し、顔を押し付けたまま、声を押し殺して、泣いた。
ルクス編ひと段落なので、次回からレリクス編に飛びます。
時系列としては、今までの話より過去の話です。
次回更新予定は11/3です。




