第6話:崩れ落ちる帰還
ユウヒががんばります…たぶんがんばりすぎです…
身悶えているユウヒを前に、2人は何もできなかった。
オロオロと狼狽えるリッカを目端で捉え、ユウヒは意識して、一度大きく呼吸をする。
「2人は…動ける…か?」
シンとリッカが同時に頷く。
そうか。とユウヒは零し、ゆっくりと体を持ち上げる。
意識が飛びそうになるのを、必死に堪えていた。
「動けるなら…先に戻ってくれ。増援を呼んできてくれると、助かる…」
俺はしばらく動けそうにないから。と、力なく笑う。
でも…と躊躇うリッカの頭を撫で、大丈夫だと、ユウヒは繰り返す。
その、明らかに大丈夫ではない様子に、シンは何かを言いかけ…ぐっと堪えた。
「なら、俺が先に戻ります!リッカはユウヒさんについててやって!」
ユウヒが止める間もなく、シンはアンカー・コードを取り出すと、躊躇うことなくボタンを押し———姿が消えた。
今のユウヒには、到底使えない代物…
苦笑したユウヒは、心配そうに見つめるリッカの、汚れてしまった頬を撫でた。
「そんな顔、しなくていいよ、リッカ…お前たちに、怪我がなくて、よかった…」
ユウヒの言葉に、リッカの喉がヒュッと鳴る。
この人はどこまでだって、自分より相手のことを気にしてしまう人だ。
残らない方が、この人にとっては良かったのかもしれない。そう思いつつも、彼を1人で残していく勇気も、リッカにはなかった。
ここで彼を1人にしたら、きっと壊れてしまう。
そんな予感が、彼女の背筋を冷たく撫でていった。
リッカは一度手で顔を覆い、深呼吸した。
そして、しっかりとユウヒを見つめる。
「私たちも…戻りましょう。途中まで、ゆっくりで良いですから」
「リッカ…」
「私にも…貴方を、守らせてください」
———
ユウヒの足取りは、重かった。
リッカの肩を借りていたが、彼はほとんど自力で動けていなかった。
「……悪い、…リッカ……」
掠れた声で、ユウヒが零す。
リッカは何も言わず、ただ彼の体を支え続けていた。
涙がこぼれそうになるのを、必死に堪えて…
「エイジさんが生きてたら…怒られそうだな…」
ポツリと呟く彼に、え?とリッカが反応する。
「お前を、泣かすなって…結構、親バカ…」
ユウヒから父の話を聞いたのは初めてで驚くが、彼の表情を見て、納得した。
きっと、無意識で喋っているのだろう。
もう、目の焦点があっていないようだった。
ただ意識を飛ばさないために、喋り続けているように見える。
「お母さんから、プレゼント…もらってただろう?あれを選んでたの…エイジさんだって、知ってた、か?」
首を横に振るリッカに、ユウヒは柔らかく笑った。
「何を選べば、いいか…なかなか、決まらないのに…色だけは、先に…決まってたんだよ…女の子だから、ピンクだって…小さい頃、リッカは…ピンクだらけだった…」
思い返すと、その通りだった。
髪留めやリボン、服に靴。様々なものがピンクに溢れていた。
少し大人になるたびに、身につけるのを躊躇ったこともあった。
「でも、リボンとか…リッカの髪に…よく似合ってたね」
視界に入るミルクティー色の髪を見ながら、ユウヒは途切れ途切れに語る。
今ある記憶を、挿げ替えられないように、思い出すように、ポツリ、ポツリと…
しかし、声は震え、短い呼吸を繰り返すようになっていった。
そして、彼の足が遂に止まった。
その体は冷え切っており、動くことができなくなっていた。
「少し、休みましょう…休んだら、さっきの続き…聞きたい…」
リッカが必死に笑顔を作り、精一杯の明るい声で言う。
2人とも、限界が近かった。
———そのとき、遠くから足音が響いた。
地面を叩くような、力強い足音。
「———ユウヒ!!」
ホウジュンの声が、空気を震わせる。
彼の息遣いは荒く、額には汗が滲んでいた。
駆け寄ってくるその姿を見た瞬間———
ユウヒの膝が、崩れた。
「……ホウ、ジュン…」
その名を呼ぶと同時に、ユウヒの体の力が完全に抜けた。
リッカは支えきれず、倒れそうになったところを、ホウジュンが抱き止めた。
「しっかりしろ!!」
ホウジュンの声に、ユウヒはしがみつくように縋った。
それまで、2人に見せなかった弱さ。
それを、ホウジュンには見せた。
少し遅れて、シンも駆けつける。
「シン!俺の背中に乗せろ!その方が早い!」
連れていく!とユウヒを一度引き離しながら言い、彼を背負う。シンも慌てて手を貸し、しっかりと背に収めると、全速力でホウジュンは駆けた。
「お前を…落とさせるかよ……」
ホウジュンの呟きは、誰にも届かず、空気に溶けた。
次回更新予定は10/19です。




