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静かに欠けてゆく世界  作者: オクト
第一章〜嘘〜
3/6

第2話:視えない不安、現れる兆し

ーーいつからだろう。


世界のどこかで、何かが壊れていると感じるようになったのは…


ユウヒには、いつだって視えていた。


天にも届く、白き塔。

まるで、空を貫くように立っている“それ”は、彼の視界から消えたことはなかった。


誰もが畏れる“オブリシカ”


概念の塔。無象の象徴。

通常、それは“レリクス”と呼ばれる概念と結びついたときだけ、人の世に顕現する。


だが、ユウヒはーー

レリクスの有無に関係なく、常にオブリシカを視認してきた。


そのはずだったのにーー

ある日、それは視えなくなったのだ。


「……」


そして、「何かが生まれた瞬間」を感じ取った。

それは一

これまでにない、衝撃だった。


胸の奥が、ざわつく。

胃が軽く焼けるような、痛みとも不安ともつかない感覚。

思考のどこかで、「それは異常だ」と理解している。

けれど、その正体に言葉を与えられずにいた。


普段は、レリクスが生まれたとしても「何も感じない」のが常だった。

ユウヒはただ、“視える”だけの存在。

感情も、実感も、持たないはすだった。


けれど、今回は、違った。


皮膚の内側に、誰か別の人間が入り込んてくるような感覚。

胸を締め付けられ、心臓の拍動がずれるような感覚。

呼吸が、うまくできていないような感覚。


ーーこれは、自分だけ。


だが、本当に「自分」なのか?


自問を繰り返し、答えは結局ではしなかった。


誰にも言えない。

自分でもわかっていないこの現象を、説明のしようがなかったのだ。


「……」


ユウヒは、逃げるように大聖堂の屋上に登った。



ーーー



「ユウヒさん、見ませんでした?」


キキョウはホウジュンに声をかけた。

最近、全然顔を見ない。それが、どうにも落ち着かなかった。


「そういえば、見てないな。何か用か?」

「いや、用ってほどじゃないんですけど…ちょっと、気になって」


ホウジュンはそれ以上突っ込まず、そうか。とだけ返した。


「見かけたら、お前が探していたって伝えとくか?」

「!はい、お願いします」


パッと頭を下げる姿に、礼儀正しいやつだな。と苦笑交じりに零す。

そして、ふと気になったことを口にした。


「お前……人、拾ったのか?」

「…肯定しにくい聞き方ですね」


キキョウは苦笑しながら肩をすくめる。


「俺が拾ったわけじゃないですけど、巡回が助けたらしいんです。……なんか、懐かれてて」

「子供なのか?」

「いえ……同じ歳くらい、かと?記憶がないそうなので、なんとも…」


それは、厄介だな。とホウジュンは苦笑を零し、キキョウの頭をポンと叩く。


「まぁ、なんにせよ、そんな状態なら不安もあるだろう。お前に懐いてるなら、構ってやればいい」


そうします。と、どこかくすぐったそうにキキョウははにかんだ。

彼の表情が柔らかくなったのを確認し、ホウジュンはその場から立ち去る。


彼もまた、ユウヒを探している、最中であった。



ーーー



風が通る。

ここは、世界を一望できる場所。


「.......なんで、…」


視えないんだろう。

誰にも聞かれてないように、呟いた。

ただ、それだけを、繰り返していた。


視えないことに戸惑い、ユウヒはその場にしゃがみ込む。


そのとき。

背後から、足音が近づいてきた。


「ユウヒ……」


見つけた。と言いながら現れたのはホウジュンだった。

ユウヒに違和感を覚えた彼は、当たりをつけてここにきたのだ。

心配する気配が、瞳に宿っていた。


「どうしたんだ?お前」

「いや…、なんでも、ない」

「なんでもないって顔じゃ、ないだろう」


声音。態度。そのすべてから、本当に心配しているのが分かる。

そういう男だった。

自分に、とても、甘い…


そんな彼だから、ユウヒは、ほんの少しだけ、本音をこぼしてもいい気になった。


「………わからないんだ。自分でも…」

「……?」

「オブリシカが、視えない」

「……は?」

「ずっと視えていたのに、視えなくなったんだ…」


ユウヒの言葉に、ホウジュンは黙った。


そもそも“オブリシカ”は無象とされ、通常は見えないものだ。

レリクスという概念に結びついた時だけ、この世界に姿を現す。

それが「視えていた」と言われても、ホウジュンには理解が追い付かない。


けれど、目の前のユウヒは本気だ。

ずっと「視えていた」という。

そして、それが「視えなくなった」と言っている。


そこに、嘘はない。


ユウヒの言葉を理解しようと、ホウジュンは思考する。

かける言葉が見つからないが、何か言わないといけないのは確かだった。


「なぁ、ホウジュン…」


聞いたこともない、弱った声に、ホウジュンは驚き思考を止める。

彼を見ると、泣きそうな、迷子になったような表情をしていた。


「俺…どうしちゃったんだろうな…」

「……」


表情と、声音。

これは尋常じゃないと、ホウジュンが咄嗟に手を伸ばそうとしたとき、ユウヒの表情が明らかに変わった。


心臓が一拍、ズレた。

全身に、雷が落ちたような震えが走る。


「………!」


ユウヒは突然立ち上がり、四方を見渡す。

何が起こったのか、わからないホウジュンは戸惑った。


けれど、ユウヒは関せず、ゆっくりと、東の地平線を指差した。


「ユウヒ……」

「オブリシカが、…出た」


ホウジュンも立ち上がる。

ユウヒが示した先、そこは確かに空間が揺らいでいる。

顕現の瞬間を見たのは、ホウジュンは初めてだった。


そこにあったものが崩れ、空間が悲鳴を上げるように曖昧になり…

そして、そこには……

光の屈折により、キラキラと光る何かが、確かに顕現していた。

次回更新予定は9/23です。

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