第25話:沈黙の底にあるもの
不審者は、不穏なことを呟きながら、退場します。。。
トキは、何かを探していた。
誰もが見落としそうなところ。ユウヒですら自覚していない底の底。
はっきり言って、今のユウヒの状態はおかしかった。
例えやられたとしても、回復はいつも常人よりはるかに早い。
そんな彼が半年近くも回復できずにいるのは、確実に何かある。
――これか。
目まぐるしく動いていた目が、それを捉えた。
探していた映像が、そこにあった。
「………思ったより、深いな…」
ポツリとトキが零すと、画面から視線を外して考え込む。
これはきっと、ユウヒですら知らないことだろう。
トキは、画面に向かって手を突き出した。
《クラッシュ(crash)!》
トキが発したのはログを破壊するコマンド。
先ほどまで見ていた光のパネルに撃たれたようなヒビが入り、パリンと乾いた音と共に、履歴が崩れ落ちた。
――これで、コンシリウムには残らない。
それを確認したトキは一度頷いた。
ユウヒの中の記憶は消えないが、あの記憶をコンシリウムに同期させてはいけない。
咄嗟に、そう思った。そして…
《シャット》
リンクとポルタ、両方を停止させるコマンドを口にすると、腕からバングルを外した。
そして、ふぅと一息吐き、髪を搔きあげると、すたすたと二人に近づいていった。
警戒する二人を余所に、トキは無言でバングルをリッカの前に置いた。
「え?」
「とりあえずつけろ」
右利きだろう?と、右手を示した。戸惑いながらリッカがバングルを腕に嵌めている間に、
トキはホウジュンが持っていたコマンド一覧を渡せ。と言わんばかりに手を出す。
気迫に負けてホウジュンがそれを渡すと、リッカの前に置いた。
彼女がバングルを付けたのを見ると、飾り部分を素早く3回叩く。するとそこが赤く一回明滅し、すぐに静かになった。
それを確認して、つけるようにトキが促した。
促されるまま、リッカはリングを右の人差し指に嵌める。
トキは、無言のまま、コマンド一覧から一つ指で示した。
《ブート》
示されたコードをリッカは口にすると、リンクとポルタが起動する。
トキは無言のまま、コード一覧を裏返すと、そこには簡単な動作一覧が載っていた。
彼は指で示して、リッカを誘導する。
「えっと…ここで、これ…?…え、でも…動いてる…」
教えられたまま素直に従っていくと、リッカが見たかった映像までたどり着き、彼女の表情が晴れた。
そして、礼を言おうと顔を上げたが、既にトキは彼女のほうを見ていなかった。
それに気づき、ぐっと言葉を飲み込んだリッカは、何も言わずに映像へと視線を戻した。
「あれは、まだ起きない」
「ん?ああ…だろうな」
唐突にトキがホウジュンに声をかける。
ホウジュンはユウヒに向けていた視線をトキに振ると、苦笑して答えた。
「あれがどうなってるのか、俺にはわからん」
「だろうな……まぁ、一両日くらいは寝てんだろ。で、そこから回復する」
「は?」
あまりに予言めいた言葉を発したトキに、ホウジュンは間抜けな声を出した。
なんだその声。とトキはニヤリと笑いながら、ポンと彼の肩を叩いて、扉の方へ歩く。
「嬢ちゃんが今頑張って見てるけど、多分それはもう必要なくなる。それ自体もな。
だから、あんまり根詰めなくていい」
無駄。ときっぱり言い張ると、トキはそのまま去っていった。
嵐が去ったような静けさが残り、ホウジュンとリッカは、一度顔を見合わせ、ただため息を吐いた。
「……なんだったんだ、あいつ」
ホウジュンが低く呟く。部屋の空気は、さっきまでの圧が嘘みたいに静かだ。
「すごい人……ですね」
「嵐のようなやつだな……」
リッカが感心したように零すと、ホウジュンは苦笑し、ベッドのユウヒに視線を移す。
つられて彼女もそちらに視線を移した。
「本当に……明日くらいに、起きるんでしょうか」
「さぁな。でも、あいつが言うなら……そうなるんだろう」
ホウジュンの声には、わずかな疑念が混じっていた。
二人の間に、言葉にならない重さが落ちる。
「予言者みたいですね。……これも、必要じゃなくなるって」
「本当に必要ないなら、なんでやり方教えてったんだ?あいつ…」
ホウジュンの疑問に、確かに。と零しながら、リッカは画面に視線を戻す。
彼の言い方は、この映像というより、
「リンクとポルタが、もう必要なくなる。みたいな感じでしたね…」
「……ユウヒもそうだが、あいつの頭の中も、どうなってるのかわからん…」
天才は一人で十分なんだよ。と、ホウジュンはガシガシと頭を掻いた。
天才と思ってるんだ。と、リッカは思い、そして、映像を見返す。
何度見ても、自分が思い出せることがなかったことに、リッカはため息を吐いた。
「私ももっと、役に立ちたいんだけどなぁ…」
――
廊下に出たトキは、静かに歩を進める。
靴底が金属を打つ音が、冷たい空気に溶けていく。
指先には、まだ微かな熱が残っていた。
《クラッシュ》で砕いた光の余韻が、皮膚に貼り付いているようだった。
ふと、足が止まる。
背後――ユウヒの病室に視線を戻す。
扉の隙間から漏れる白い光が、遠くに霞んで見えた。
「……まさか、お前が……とはな」
声は低く、吐息に紛れるほどの微音だった。
その言葉は、誰にも届かず、冷たい廊下に吸い込まれていく。
トキは一度だけ目を細め、何かを確かめるように視線を落とすと、再び歩き出した。
背後に残るのは、静寂と、閉ざされた扉だけだった。
次回更新予定は3/1です。




