第11話:図書館と沈黙の記録
無神経は、罪…
図書館の空気は、ひんやりとしていた。
古い紙の匂いが、静かに鼻をくすぐる。
アイナは、奥の閲覧席に腰を下ろし、資料室から借りてきた新聞の束を机に広げた。
ページをめくるたび、紙の擦れる音が静寂を裂く。
彼女の指先は、ある日付を探していた。
両親が亡くなった日。
あの日の記録を、確かめるために。
やがて、目的の紙面に辿り着く。
小さな記事が、隅に載っていた。
――一家心中
――両親死亡、子供たちは存命
――原因は不明
たったそれだけだった。
事実だけを並べた、冷たい文章。
アイナは目を細める。
その言葉の向こうに、何も見えなかった。
次に手に取ったのは、週刊誌の縮刷版だった。
そこには、センセーショナルな見出しが踊っていた。
「夫の浮気が原因か?」
「幸せそうに見えた家族の裏側」
「遺された子らはどうなる?」
アイナは、ページをめくる手を止めた。
誰かの言葉で語られる、自分の人生。
それは、まるで他人事のようだった。
記事の中には、近隣住民の証言も載っていた。
「奥さんは少し神経質だったけど、子供たちには優しかった」
「旦那さんは仕事熱心で、家族思いに見えた」
アイナは、静かに本を閉じた。
その音が、図書館の静けさに溶けていく。
記憶と記事の齟齬。
自分が知っていたはずの過去が、誰かの言葉で塗り替えられていく。
母の手帳に記されていたこと。
出生証明書に記された名前。
兄だと思っていた人が、父だったという事実。
それらが、記事の中には一切触れられていない。
――誰も知らなかった。
――誰も見ていなかった。
アイナは、図書館の窓から外を見た。
曇った空が、灰色に沈んでいる。
「トウヤは、どこまで知っているんだろう」
その問いが、胸の奥で繰り返される。
彼は、何も知らないのかもしれない。
あるいは、すべてを知っていて、黙っているのかもしれない。
どちらにしても、アイナには話すことができなかった。
もし、彼が知らなかったとしたら。
もし、知ってしまったら。
彼の目が、自分を見る目が、変わってしまったら。
アイナは、耐えられる自信がなかった。
―――――
トウヤは、最近のアイナの様子に違和感を覚えていた。
笑顔は変わらない。
けれど、目がどこか遠くを見ている。
「アイナ、何かあった?」
そう問いかけても、彼女はいつもと同じ笑顔で「なにもないよ」と答える。
その言葉に、嘘の匂いが混じっていることに気づきながらも、トウヤはそれ以上は踏み込めなかった。
彼女が守ろうとしているものがあるのなら、それを壊したくなかった。
―――――
図書館を出たアイナは、ゆっくりと歩き出した。
街の喧騒が遠くに聞こえる。
「誰にも話せない。話したら、壊れてしまう。私も、彼も、きっと全部。」
鳥かごの小鳥が、脳裏に浮かぶ。
その羽が、静かに震えていた。
「私は、檻の中で静かに息をしている。誰にも気づかれないように。」
それがきっと、一番平和で、一番幸せ。
私、以外が……
次回更新予定は11/24です。




