第9話:白い光の部屋
レリクス編、スタートです。
――まだ、嘘のレリクスが生まれる前の、物語。
白い光が、窓から差し込んでいた。
その光は、鳥かごの中で羽を震わせる小鳥を淡く照らしている。
アイナは、その小鳥を見つめながら、指先でガラスのコップをなぞった。
――壊れやすいものばかりだ。
――世界も、自分も。
「アイナ」
優しい声が、背後から響いた。
振り返ると、兄 ―トウヤ― が立っていた。
彼は、いつもと同じ笑顔を浮かべている。
その笑顔は、アイナにとって唯一の真実だった。
世界のすべてであり、彼女が信じられる最後の砦。
「……おかえり」
アイナは微笑んだ。
嘘をひとつ、重ねながら。
トウヤは、アイナの隣に腰を下ろすと、テーブルの上に置かれた詩集に目を留めた。
「読んでたの?」
「うん。ちょっと難しかったけど、綺麗だった」
トウヤは頷きながら、そっとアイナの頭を撫でた。
その手の温もりが、アイナの心を落ち着かせる。
けれど、胸の奥には、言葉にできないざわつきがあった。
それは、母の遺品を整理していたときに見つけた、古びた手帳から始まった。
まだ中身は見ていない。
けれど、触れた瞬間に、何かが違うと感じた。
――見てはいけないもの。
――知ってはいけないもの。
それでも、指先はその表紙をなぞってしまう。
まるで、そこに答えがあるかのように。
アイナはそっと立ち上がり、部屋の隅に置かれた手帳を見つめた。
トウヤの視線を感じながら、何気ないふりをして手帳を引き出しの奥にしまう。
「アイナ、何かあった?」
「ううん、何もないよ」
二コリと笑みを浮かべる。
その笑顔に、トウヤは少しだけ眉を寄せたが、それ以上は何も言わなかった。
彼女が守ろうとしているものがあるのなら、それを壊したくなかった。
――夜
アイナは鏡の前に立っていた。
白いドレスを身にまとい、静かに自分を見つめる。
それは、トウヤが選んだ成人祝いの一着。
鏡の中の自分が、誰なのかわからなくなる。
笑っている。
けれど、その笑顔は、口元だけが動いていて、目は空洞のように黒く沈んでいた。
「これは、私?」
「それとも、嘘でできた“誰か”?」
アイナは目を閉じた。
兄の優しさが、刃のように胸を刺す。
『アイナ、どうした?』
「……なんでもないよ」
兄の自分を心配するこれを思い浮かべ、返事をする。
笑顔を作る。
その笑顔が、もう自分のものじゃないと、思いながら…
――翌朝
白い光が、また窓から差し込んでいた。
鳥かごの小鳥が、羽を震わせている。
アイナは、引き出しから手帳を取り出した。
指先が震える…
開いてはいけない…
でも、開きたい…
その瞬間、トウヤの声が背後から響いた。
「アイナ、朝ごはんできたよ」
彼女は手帳を閉じ、振り返る。
「うん、すぐ行くね」
笑顔を浮かべる。
嘘を、もうひとつ。
次回更新予定は11/9です。




