004. 正義のヒーローも多様性の時代
「それは、ちんちんに見えるかも知れんが。俺の使い魔なんだ。ドラゴンの幼体なんだぞ。それ以上、刺激するとドラゴンブレスを吐くぞ」
そう言うと、白い魔法幼女は、無表情のまま俺のパンツを元に戻してくれた。
「私達のフェニックスみたいなもんか」
「使い魔は、体に付いてないでしょ? そこのカメがおっさんの使い魔なんじゃない? 似た様なもんだけど」
え!? フェニックスなんて居るの?
こいつら、マジで魔法幼女なのか? 俺の同業者みたいなもんか?
「ついでに、縄もほどいて欲しんだけど」
黒い方が、手にした棒をさっと振ると、縄が消えた。
魔法を使った? 縛ったのも魔法なのか? なんかマニアックな縛り方なんだけど、どんな魔法だよ。
そして、その棒がやはり魔女っ子ステッキってやつなのだろう。モーニングスター的な禍々しさがあるが。白い方のは、ステッキも真っ白かと思いきや、なんかどす黒い。乾いた血の色に見えるんだが … 。
「おっさんが、昨日手に入れたものを渡してくれたら、仲間にしてあげてもいいよ」
黒い方が上から目線で来るが、それは俺としては助かるぞ。
「さっきのドラゴンギャグがちょっとおもしろかったから特別だよ」
白い方には、俺の捨て身の抵抗が、お笑いとして刺さったようだ。くすりとも笑ってないけど。
「それは、ファイルと現金であってるか?」
「そうそれ。現金は、4500万円あるはず」
押し入れの中から、ファイルと現金を取り出して、魔法幼女達に渡す。
黒い方はファイルをパラパラとめくって確認し、白い方は札束を数え始めた。
幼女だし、キャッシュレス世代なんだろうし、慣れていないのだろう。札束を数える手つきが覚束ないので、手伝ってやる。小売店で働いて頃は、レジ閉める時に、勘定が合わなくてしんどかったなあ。
ファイルの検分が終わった黒いのも札束を数える。3人で、それぞれ数えた数が一致したので、間違いないだろう。一万円札が、ぴったり4500枚ある。4500万円だ。
ボロアパートの擦り切れた床に、こんな大金が積まれていると、現実味がないなあ。
魔法幼女達が、この金をどうするのかは知らんけど、処分してもらえるなら助かるわ。
ついでに、気になっている事も、頼んでみようか?
「なあ、仲間にしてくれるって事だけども。早速、協力してもらっていいか?」
「仲間じゃなくて、子分にしてやるって言ったんだけど、いいよ。なに?」
子分でもなんでもいいから、助けてくれよ親分。
俺は、弁護士事務所で監視カメラに撮られているかも知れない事を話した。
警察が映像を確認したら、まずい事になるかも知れん、と。
「おっさん特徴無いし。あの事務所とは縁もゆかりも無いから大丈夫な気がするけども」
そう言いながらも、監視カメラの映像を消してくれる事になった。
きっと魔法を使って、ささっとやってくれるのだろう。
「なあ? 魔法を使って飛んで行けないのか?」
電車は動いてない時間だから、カーシェアの車を運転して、弁護士事務所へ向かっているわけだが。
魔女が空飛ぶのは基本中の基本じゃないのか?
「あんたは自分自身を持ち上げる事が出来るの? この世の法則に逆らった事が、出来るワケないでしょ」
リアシートに座った黒いのが、そう答えてくれた。
この世の法則に真っ向か逆らうのが魔法じゃないのかよ … 。
白い方は、助手席に座って、時々「あ、おじいさんが徘徊してる。轢いてもいいけど、ちゃんとトドメを刺してね」などと、周囲の状況を教えてくれる。夜間で雨が降っており、視界が悪いから助かるが、コメントが物騒なんだよなあ。
こいつら、悪の魔法幼女なのかも。正義のヒーローである俺が、子分になっていいのだろうか?
相棒のカメからは、何もコメントは無い。普段から、ミッションの指示以外のコミュニケーションは無いんだが。まあ、好きにしていいって事だろう。
目的地には、1時間程で着いた。
やる事を済ませて、夜明け前には、家に帰れるだろうが、休みにしておいて良かった。
2日連続で夜間作業した後に、朝から出社とか無理がある。「作業の翌営業日に休むなんて」などと正社員には言われたが。お前こそ休みじゃねーか!
思い切って一週間まとめて休みにしておいた。遅めの夏休みだ。
猛暑の中、満員電車で通勤するのは、地獄だ。前世で何か悪い事した罰なのか?
猛暑対策でリモートワークにしようぜ?
「どうやって監視カメラの映像消すんだ? 電磁波でも発生させんの?」
黒い棒を構えた黒い魔法幼女にそう質問すると。
「危ないから、私の後ろに下がって」
と、白いのに引っ張られた。意外と力強いぞ。魔法幼女なんだよな?
ずどん! という爆音と共に、閃光で視界が真っ白になる。
「まるごと消すだけよ」
黒いのが振り返って、ゴミが落ちてたから捨てといた、くらいのノリで言う。
ごうごうと音を立てて、ビルがまるごと燃えている。
ドカン! と爆発して、隣接したビルまで巻き込んだ。
ガス管に引火したかな? こりゃ確実に監視カメラの映像は消えただろうな … 。
クラウドにバックアップがあるタイプだとお手上げだが。
コンクリートや鉄筋の破片が飛んで来るが、魔法による防御結界が張ってあるらしく、俺達にはかすりもしない。
「捜査してんのは神奈川県警よね? 次は、横浜かしら?」
黒いのが、スタンプラリーに参加してるかの様なノリで言うが、何をするつもりなのかは聞くまい。
「いや、捜査本部は所轄の多摩警察署だってニュースで言ってたな」
「じゃあ、そこへ行きましょう」
多摩警察署なら、どうせ帰り道に真ん前を通る。
ここへ来る途中で、府中街道の交差点を曲がったが、その角に在った。
「まずは確認ね」
多摩警察署に着くと、黒いのは車を降りて署内へ向かった。
白いのと俺も、後へ続く。こんな目立つのが警察に目撃されちゃったら、確実に印象に残るんだうが。
数分後には、目撃者はひとりも残ってないんだろうなあ。
もちろん、と言うべきか、その通りになった。
「容疑者まで収容されててラッキーだったわね」
アイスを食べたら、あたりって出て来た、くらいのノリでそう言う黒いの。
背後では多摩警察署が吹き飛んでいる。
諸々の押収品や、容疑者と共に。
「そうだな」
予想通りの展開だったので、もう驚きもない。というか驚き過ぎて、むしろフラットな心持ちだ。
監視カメラの映像がクラウドにバックアップしてあったとしても、これでもう誰にも見る事は出来ないだろうよ。既に供述済みだったとしても、調書ごと消し飛んだ。いや、調書が電子化されていて、県警か警視庁にアップロード済みかもな … 。きりがないから、いいか。黙っておこう。
とんでもないヤツの子分になっちまったが、後悔は一切無い。
正義のヒーローも、悪の魔法幼女も、同じ穴のムジナだろ?
何が正義かなんて、人それぞれなんだから。




