34. 愛と幻想の正義
「いいかー、己を知り敵を知れば百戦危うからずと言ってだな。情報を制する事は、何事に置いても基本となるワケだ。お前らの手にある端末は、ただのオモチャじゃないんだぞー」
「子供に何を教えてんのさ?」
「あれ!?」
フリースクールのお子様達に、ITとは何か? それは情報技術の事だ。ならば、情報とは何だ? っていう授業を展開していたところ、近衛騎士隊長が帰って来た。
「帰って来たの!?」
川崎を破壊した隕石の影響で、羽田発着の空路は全便欠航だったんじゃ?
なんで、札幌に居たこいつが帰って来てんの。
「川崎の隕石は、フェイクニュースだってさ。情報は重要だねえ?」
そんなに、ニヤニヤして言わんでも良くない?
「情報は重要だねえ?」
2度言わなくても良くない?
子供達の視線が痛い。
わくわく幼女ランドの教師という愉快な夢は一瞬で終わった。
俺達は、フリースクールから撤収して、家でぼんやりしていた。
「フェイクニュースは度々あるが、今回のは大規模過ぎじゃないか?」
SNSだけなら分かる。
猛獣が動物園から逃げ出しただの、トイレットペーパーが不足するだとか。
今回は、地上波の報道でもやってたぞ?
一個人の狂言ではなさそうなんだが。
「モサドがモサっとしておるんじゃろうな」
「カーゲーベーが、影でベーっとしてるんじゃないの」
「別班が、べつっとぱーん」
お前ら、ダジャレ言いたいだけじゃない?
最後の意味分からんし。
しーあいえーなんて、知ーらんでー。
「国家規模の情報テロか? 川崎市って何処の国を敵に回しちゃってんの?」
敵性国家の敵対行動ならば、川崎をターゲットに選ぶか?
もっと、重要な拠点あるんじゃないの?
「悪事なのは間違いありません。調査を要する事態です」
フェニックスからのジャスティオーダーに従い、俺達は現地調査に向かう事にした。
「こいつらマジ、何やってんの?」
登戸駅に行くと、大混乱だった。
フェイクニュースには、鉄道会社も騙されていたせいで、全ての路線が止まっていた。
運転再開した途端に、移動したい連中で駅が溢れかえっている。
登戸がこの状態なら、武蔵小杉や川崎は地獄絵図だろうな。
そんなに、今すぐ移動しなけりゃならん急ぎの用なんてある?
「今からでも、出社するんじゃない? まだ昼前だし」
「社畜乙じゃのう」
「この国の民は、呪われているの? 前世で何をやったらこんな目に会うのかしら?」
うちの幼女共が、言いたい放題である。
でも、誰にも否定できなくない? この状態は異常だよ。
この中に入って行くのは、危険過ぎる。
俺達は、鉄道での移動を諦めた。
カーシェアで車を借りて、川崎駅前まで来た。
車での移動には、混乱は無かった。
水没する様な悪天候の中を走行する車を、ニュースの映像でよく見かけるが。
鉄道と違って規制があったわけでもない路上は、フェイクニュースを気にせずに車が走っていたのだろう。
自己責任や危機管理という概念が無いこの国は、敵性国家の侵略行為に晒された時、一体どうなってしまうんだろうね?
ルフロンの地下駐車場に車を停めて、アゼリアまでぽてぽて歩く。
JRと京急の客が、ここまで並んでいる。
もう諦めて、家帰って寝たら?
「腹減ったなあ」
「ちょうどいいから、何か食べる」
昼時で、どこの店も一杯だったので、クレープを買って凌ぐ事にした。
「なんかマヨネーズの味がするのう」
イチゴとバナナと生クリームとカスタードクリームとチョコと、てんこ盛りのクレープを食べて大佐が残念そうな顔をする。
「油と卵と酸味の組み合わせだからな。マヨネーズになっちゃってんな」
「むう。最強の組み合わせかと思ったんじゃがのう」
「何でも盛ればいいってもんじゃないのよ」
「日本の家電みたい」
日本の家電は、多機能過ぎて価格競争力を失ったと言われている。
必要なのは、足し算ではなく引き算だったのだと。
クレープ食べながら、この幼女共は何を論じてるんだかな。
「ところで、何処行って何を調べればいいんだろうな?」
「取り敢えず、ニュースがフェイクだったのは間違いないけどね」
そうだな。ここにクレーターなんて空いてやしない。
現地で実際に見れば、一瞬で分かる簡単な事実だ。
最近の生成AIの性能はすごいよな。
写真だけじゃなく、動画まであったぜ?
でも、全部フェイク。実際には、いつも通りの川崎。
スマホの中やテレビの向こうに、現実を押し込めた結果、あっさりと騙されてしまったワケだ。
現実が仮想化してしまった近代、現実が虚構を模倣する様になった、って昔誰かが言ってたな。
実際、虚構新聞の記事が現実になる事も珍しくは無い。
「パンツタグの反応が消えたビルまで行ってみるか。ちんけなコソ泥が大規模フェイクニュースと関係あるとは思えんが、ここまで来たついでだ」
フェイクニュースのインパクトで忘れかけていたが、仕掛中のミッションがあった。
フリースクールの金庫から1億円を窃盗しようとしたコソ泥の巣穴探しだ。
コソ泥のパンツに縫い付けた紛失防止タグの反応が、川崎区で消えていたはずだ。
「なんとまあ、悪そうな連中のテナントがてんこ盛りだな」
買取店、不動産、消費者金融、人材派遣、弁護士。
一見すると、よくある雑居ビルなんだが、どれもこれも悪。
押し売りならぬ、押し買いをする買取店。
ありもしない土地の売買をする不動産。
不動産と組んでローンを組ませる金融。
闇バイトを斡旋する人材派遣。
こいつらに法の抜け穴を指南する弁護士。
情弱を餌にするビジネススタイルらしい。
騙される方も、どうかしてるとは思うけどね。
「悪と悪の絶妙なコラボレーションじゃのう」
「素材をてんこ盛りにしたらマヨネーズになった件が、前振りになってるわね」
「こいつらが組んでフェイクニュースを流したって事にしない?」
「まさかとは思うが、あり得なくもないな?」
調査してみるか。
「これ買い取って下さい」
「なんだこれ? オモチャか? ガンガル?」
「AIを搭載した、アンドロイドフォンですね」
「アンドロイド? 携帯電話なのか?」
まずは、1階の買取店だ。
フェニックスを買い取らせて、内部に潜入させようって算段だ。
なお、OSのアンドロイドじゃなくて、マジのアンドロイドだ。
通話機能もあるから、アンドロイドフォンで間違ってはいない。
「リアル消しゴムマジックが使えます」
自身の機能をアピールするアンドロイドフォン。
「…どんな機能なのソレ?」
「お前の様な悪を、この世から消し去る魔法さ!」
初っ端から全開じゃねーか。
どんな魔法が飛び出すのかと思いきや、ハーがぶん殴るという物理攻撃だった。
「マジックじゃなくない?」
「本当に消えるのは、この店の在庫です」
「あ、そう」
フリースクールの1億円の代わりに、この店が溜め込んだ金銀を奪う事になった。
被害者に還元すれば、これも正義の執行だ。
「何よ、この店。古物商法違反よ。買取台帳付けてないわよ」
「被害者の身元が分からんのう」
「在庫のほとんどがゴミなんだけど」
昨今の金相場の高騰に乗っかった買取店が急増しているという。
中には、こんなインチキな店もあるワケだが。
この店の在庫は、良くて金メッキ、ほとんどが真鍮や黄銅だった。
「騙されている情弱は、こいつだったか」
「こんなゴミをグラム5千円で買い取ってるなんて」
「むしろ才能あるのう」
今の金相場は、グラム3万円を越えてたっけな?
それを5千円で買い取れば、さぞかし儲かったろうが。
幸か不幸か、この店は鑑定力皆無だった。
そして、この店にはパンツタグ女は、居なかった。
のだがー。
「パンツタグ女は、何処行った?」
「それは、アタイの事かい?」
パンツタグ女は、向こうからやって来た。
ぞろぞろと如何にも悪そうな連中と共に。
「この店の監視カメラは、ビル全体で共有してんのさ」
なるほどなるほど。
それでアヤシイ連中が押し入って来たから、様子を見るために、ぞろぞろやって来たと。
ご説明いただき、ありがとうございます。
「フェイクニュースまで流したのに、のこのこ来ちゃって、バカだねえ」
テンプレみたいな悪だな。
そうやって自白をした連中は、あっさり討伐されると決まっている。
バカはどっちなのか? 笑いを堪えるのが苦しい。
「チンケな連中のクセにメディアに影響力持ってるの?」
「最近の報道は、SNSをソースにするバカっぷりだからね。アタイらとしても予想外だったよ」
ああ、そういう? マジかー、この国終わってるわー。
「えーっと、これ。ジャスティス・ポイントいくらになんのよ?」
「現物支給です、こいつらの資産を根こそぎ頂きましょう」
どっちが悪なんだかね?
「うちのビルの店子が、全員まとめて失踪したんだけど」
近衛騎士隊長が、喜んでいる。
リアル消しゴムマジックで、根こそぎ消し去ったからね。
もちろん、言うワケにはいかないが。
「あー、困ったなー。敷金返さなくっちゃいけないのに、失踪してんだもんなー」
「そういう面倒な片付けに強い弁護士知ってるけど、紹介しようか?」
空いたテナント借りない? と言われたがお断りしておいた。




