32. ふたりはプリカス
ゴミ集積所に、ごろんっと転がる死体っぽい何か。
明らかに異常な光景のはずなのに、昼飯どこで何食べようかなぁ、しか考えてない俺。
正義のヒーローの情緒はいかれてんな。
「ほいじゃあ、ご飯食べに行こうか」
大佐も、この程度の非日常にはすっかり慣れたらしく、はようはようと急き立てる。
「駅通りのパンダラーメンにしとく?」
「駅前のまんぷくタヌキおやじがいいよ姉さん」
「ワシは、松葉食堂に行きたいのう」
3人の要望をまとめて 近所の町中華に行き、4人でテーブル席につく。
中華は、注文をしてから料理が出て来るまでが高速なところがいい。おひとり様でも、浮かないのもいい。時間の無いIT奴隷におすすめだ。真のIT奴隷は昼食を食べる暇無いけど。
ちなみに、IT奴隷は全員陰のモノでぼっちだと思われるかも知れないが、意外とつるみたがる。飯くらいひとりで食わせてくれ。
いまや俺もIT奴隷ではない。では、何者なのかというと、なんだろうか?
おっさん1人と、幼女2人、中二女児1人、ついでに小型ロボ1体。周囲からは、どういう集団に見えるのだろうか。
普通に家族だろうな。父と娘達、もしくは祖父と孫他達。休日の昼下がりに、仲良くランチ。
平和な風景に見えるだろうが、ついさっき死体遺棄未遂をしてきたばかり。
「あいつに付けたタグは動いた? 私、あいほんどころか携帯持ってないから見られないのよね」
「俺も、あいほん持ってないぞ」
死体もどきのパンツに縫い付けた紛失防止タグは、あいほん専用だ。
しかし、そのあいほんを、ミーは持っていないというし、俺も持っていない。
あいほんを持っていて、タグをペアリングしたのは誰だ?
「ワシも、消しゴムマジシャンじゃけ持っちょらんよ」
「僕は、自前の通信機能や撮影機能があるから持ってないよ。ロボだからね。ちなみに、リアル消しゴムマジックが使えるよ」
「私は窓派」
タグに対応したスマホを誰も持っていない。いやまあ、こんな事じゃないかな、とは思っていたけど。
じゃあ、なんで付けたんだ? そもそも何で持ってた?
そして、窓派とか激渋な事を言っているのはハーだ。幼女のくせに、幼女らしさが微塵もない。今更だな。リアル消しゴムマジシャンのフェニックスの事は放っておく。詳細を知りたくない。
「窓フォンの端末なんて、まだ現役で存在するのか?」
俺が最後に触ったのは、確か10年近く前だったぞ。主宰メーカーが撤退したので、現行機種は存在しない。
「窓フォンじゃないよ。11だよ」
13インチのノートPCなら携帯可能だろうし、セルラー対応機種であれば外でもネットワークに接続出来るし、音声通話はチャットアプリか何かになるだろうけど、それは昨今のスマホの利用実態がそうだし、ノートPCを携帯電話だと言い張るのも不可能ではないだろうが。
携帯してないじゃん。
そもそも、双子達は財布はおろか、ハンカチ1枚持ち歩かない。
だいたいの事は魔法で何とかなると豪語しているし、俺の事を財布だと思っているし、濡れた手を差し出せば、俺が拭いてくれると思っている。
ボケてるんだろうけど、どう突っ込んでいいのか分からんな。
「ミーハー姉妹は携帯を持っちょらんの? はぐれたらどうすんの?」
大佐が現代人らしい疑問を呈する。
でも、昭和の頃は、誰も携帯電話なんて持ってなかったんだぜ?
デパートの中ではぐれただけでも一大事だったな。もはや、デパートってのが、懐かしいが。公共の施設での迷子案内って今でもあんのかな?
「インフラの整った現代社会ではぐれてもどうって事無いわよ。国内にはジャングルも砂漠も無いし。そこら中に、はしゅちゅじょがあるしね。最近の、はちゅちゅじょは無人な事が多くてあてにならないけれど。コンビニが代わりになるしね」
「それに、私と姉さんは、マジカル電波で繋がっているからね。はぐれても、きっと来世で出会えるわ」
「来世まで待つの? どういうスケール感で生きちょるんじゃ」
派出所って言えないのなら交番と言えばいいのにな、と思った。そして、こいつ結構迷子になってるみたいだなとも思った。タグ付きパンツを履かせるべきなのはミーとハーかも。
ところでマジカル電波って周波数いくつなんだろうか? プラチナバンドかな? あるいは短波か。電波法違反じゃないだろうな。うちのビルのWi-Fiが壊れやすいのって、まさかそのせい? だとすると5GHzか。屋外で使うのは違法だな。
「フェニックスにタグの探索機能ないの?」
「僕のOSはTRONだからね。北米産の技術は敵さ」
フェニロボの奴、何気に物騒な事言ってんなあ。ボケだとは思うが、誰も突っ込まなかった。
ターゲットの追跡手段は失われてしまったが、リカバリープランは用意していないし、腹が減っていたので、その事はもう忘れる事にした。
他人のパンツに紛失防止タグを勝手に縫い付けるのは何罪になるのか知らんが、どうせ犯罪だしな。
「まあ、状況も不明だし。敵の出方を待ってみようか」
フェニックスも、そう言っているしね。
ターゲットが偶然この定食屋にやって来る、などといったご都合主義展開が起こる事もなく。
俺達は、食事を終えて家に帰った。
ゴミ集積所に寄ってみたが、死体もどきはもうなくなっていた。物好きが回収したのでなければ、目が覚めて帰ったのだろう。金属製品でもないから、誰も持って行かないだろうし。
「あ、アクセスポイントの交換するの忘れてた」
フリースクールに行ったそもそもの理由を、すっかり忘れ去っていた。ウケる。
お腹いっぱいで働く気には、到底ならなかったが、フリースクールに戻る。
交換するだけなので、一瞬で終わりだ。不調が疑わる機器は、修理などはせずに廃棄する。
安物を適当に使いまわして、手間もかけない、というのがここのITインフラの設計思想なのだ。
通常は、クライアントが嫌がるので、使える手段ではない。頻繁に作業に立ち会う事になるから、コストが嵩むからね。でも、ここはクライアント自身がSIerなので問題ないというワケだ。
アクセスポイントは、初期化だけして、フリマアプリで転売する。手間を考えると、いまいち利益にならん気もするから、大佐にでもやらせておこうか。廃棄したものを転売するのは、会計上めんどくさそうだが、捨てたアクセスポイントはスタッフが横領しました、っていうやつだな。コンプライアンスに配慮だ。SDGzとかロハスってやつだな。
こうして、正義のヒーローの週末は平和に過ぎていった。




