31. 正義のお仕置き
梱包テープでグルグルと簀巻きにされた不審者が、盗掘されたミイラの如くごろんと転がっている。
女児たちが戯れるフリースクールにあってはならない光景だよ?
それはまるで、運用マニュアルの表紙に萌え萌えなキャラが描かれているような。違うな?
引き継ぎのどさくさに紛れ込ませたあの運用マニュアルは使われているのだろうか。
ちなみに、このフリースクールは、女児専用である。何故なのかは知らないが、いい事だと思う。
「これ、警察に引き渡したら、捕まるの私達じゃないの?」
社会的な常識が1ビットも無さそうなミーですらそんな事を言う。
「手刀を打ち込んだうなじが、やべえ色して膨れ上がってるしな … 」
「よく見ると、こいつ女じゃない? 棒みたいな体型してるけど」
「おう … 、婦女暴行も追加だな … 」
こいつの巣に送り返す事も考えたが、死体の様なコレを20キロ先まで人目につかずに運べる気がしない。検問や職務質問にひっかかったらアウトだな。正義のヒーローに前科は似合わない。
そもそも、こいつの巣が推定通りとも限らない。
仕方ない、正義のヒーローの作法にのっとって消すか … ?
「ニンゲンを泡にして消し去る魔法とか無いの?」
怪人が泡になって消えるのは様式美だ。ミーとハーの魔法で何とかならんのか、と尋ねてみると予想外の回答が返って来た。
「そんな物騒で過激な魔法を、プリティでキュアな魔法少女が使えるワケないでしょ」
プリティでキュアとは? 日曜朝の女児向けアニメみたいなアレだっけ、こいつら?
人体をマニアックな縛り方したり、ビルを爆破するのがプリティでキュアな所業であろうか?
プリズンできゅっきゅきゅーあっー! だ。
「ビルを爆破したりしてたじゃん。似たようなもんだろ?」
「誤解があるようだけど、あれは爆裂魔法じゃないよ。鉄を一瞬で酸化させる魔法だからね」
鉄を一瞬で酸化させるって事は? ビルの鉄筋やガス管、配線が錆びてしまうって事か?
ガス管からはガス漏れ、配線からは漏電、引火して爆発、鉄筋が抜けて構造の弱くなったビルが吹き飛んだ。
結果的には爆破テロだが、爆裂魔法ではないな。
「その酸化魔法を人体に使ったらどうなんの?」
「やった事ないし、やろうと思った事もないけど。死ぬんじゃないの?」
血液は鉄を含んでいる。酸素を運ぶヘモグロビンの重要な構成要素だ。こいつが錆びたら、死ぬだろうなあ、きっと。
「殺しちゃうと死体の始末が面倒じゃない? いくら川崎市でも人の死体は燃えるゴミに出せないでしょ」
などとハーが言うが、気にするのはそこだろうか? そこだな?
「50センチ以下に切断すれば出せるんじゃない?」
「このままだと粗大ごみって事?」
川崎市公式のゴミ分別アプリで「死体」を検索してみたが、「動物の死体(飼育動物以外)」は、「市で回収しません」と出て来た。飼育動物なら動物専用の焼却炉があるようだ。飼育動物かな? コレ。
「そもそもゴミじゃないけえ」
突然、俺達3人と1匹?以外の声が聞こえてびくっとする。後ろ暗い事をしている、という自覚があるからだろうな。正義のヒーローなのにね?
いつの間にか、大佐が来ていた。このままだと、身内以外がやって来る危険性もあるな。
「なしたの? 家で、必殺技考えてたんじゃないの?」
「そんな事はしちょらん … 。腹減ったんよ」
「もう、そんな時間か」
窓から差し込む日差しが、部屋の奥まで届かない。ほぼ正午だろう。
年をとって代謝が下がったせいもあるが、長年昼食を抜く生活を続けていたせいで、昼になっても腹が減らない。子供たちと生活するようになって「そういえば現代人は日に三回食事するんだっけ?」と思い出したが。
12時から13時は会議をするために、みんなの予定が空いているワケじゃないよ?
他の業種は知らないが、システムエンジニア達にとってランチタイムとは、主に営業と会議をする時間帯である。何をランチするんだろうか? ミサイル?
8時間以上の労働には1時間以上の休憩が必要だと、我が国の法に定めてあるのにな。
事実通りに勤怠を報告していたので、時給は支給されていたから、まあいいやと思って流されているうちに、昼食をとるという現代人の習慣が俺から失われてしまった。
「記憶を消し去って、放流しちゃうか。魔法で、サクッと出来ない?」
「そんな便利魔法は無いよ。強い衝撃を頭部に与えたら飛ぶんじゃないの?」
マンガ的表現では定番だけど、それって実際に見た事は無いな。
「大人は酒を飲めば記憶が消えるんじゃろ? ワシの両親がよくやっちょるんよ」
大佐の家庭環境については、ともかく。
実際の生活の中で記憶が飛ぶといえば、確かにアルコールだな。
職場の飲み会で部長に暴言を吐いても翌朝には、何も覚えてないなんて事はよくある事だ。外泊許可証だと思って、傭兵の契約書のサインしたり。アルコールは、合法とは思えない危険な物質である。
対象は気を失っているので経口で接種させるのは難しい。粘膜から吸収させよう。その方が効率的に酩酊するし。
盗掘ミイラのパンツをぺろんと下げて、針の無い注射器みたいな器具を、ぷすりと本来は出口であるはずの穴に差し込み、器具の中の高濃度アルコールをちゅーっと流し込む。
「強制わいせつも追加だな … 」
なんて言いながら。見知らぬ女性の尻穴に、器具を刺して込んでいるのだから、まごう事なき犯罪事実である。言い逃れは不可能だろうなあ。うちの担当弁護士も弁護はしてくれなそう。それ以前に、相談する事すら、はばかられる。「女の尻穴から酒飲ませたんだけど、無罪に出来ない?」なんて。
俺が子供の頃は、針の付いた注射器と謎の薬品がセットになった「昆虫採集セット」なる玩具が存在したが、採集といいつつやるのは、昆虫の殺害だ。今なら確実に違法だ。当時だって、ほんとに合法だったか怪しいもんだけど。仮に法に触れないとしても、コンプライアンス的にも、倫理的にもアウト。
あれでトンボやバッタを殺害した事を思い出しながら、ちゅーっと流し込む。
もしかしたら、今の俺が、こんな事をしているのは、バッタの呪いなのかも知れない。バッタは、正義のヒーローの始祖だもんな。
完全に仕上がった不法侵入者は、ミイラ的梱包を解いたうえで、ダストシュートからゴミ集積所に直行させた。便利な設備だなこれ。
ゴミとして廃棄したワケではない。死んじゃってたら、死体遺棄になるけど。ゴミの回収は明後日だから、それまでには目覚めて勝手に帰るだろう。
パンツに紛失物探索用のタグを縫い付けておいた。うまく機能すれば、こいつの巣を突き止める事が出来る。
巣を突き止めたら、乗り込んで行って正義の執行だ。




