30. 正義のマネーロンダリング
「このビルに新しく出来たフリースクールに潜入して、金庫の中にある現金1億円とって来てよ」
久々の、ジャスティス・ミッション発動だ。
しかし、そのフリースクールって、神聖カワサキ帝国の経営しているやつじゃん?
「え? あいつら悪の組織だったの?」
「いや、違うよ。ただ、悪の組織のマネーロンダリングに利用されてるんだよね」
ジャスティス・エージェントのフェニックスによると、神聖カワサキ帝国が川崎区に持っているオフィスビルは、IT奴隷商だとか闇金、更にはオレオレ詐欺や闇バイトの巣窟なのだとか。
そういった悪の組織は、法外な家賃を納めている。何らかの形でキックバックを得る事で、資金を洗浄するのが目的だ。しかし、それはビルの前オーナーとの密約でしかなく。神聖カワサキ帝国は、キックバックなどする事なく、大金を貯め込んでいる。よくもまあ、そんな危険な物件を手に入れたもんだ。
なるほど? それで税金対策などと言って、赤字事業のフリースクールなんか始めたのか。お金が余って困ってるワケだ。
「そういうワケだから、無くなっちゃうと、むしろ感謝されちゃうよ」
「それは違うような気がするぞ? それに叩くなら川崎区のビルじゃないのか?」
疑問は残るが、ジャスティス・ミッションは絶対だ。
都合のいい事に、フリースクールのWiFiが不調だという事で、アクセスポイントの交換を頼まれている。
フリースクールのITインフラは近衛騎士隊長が設計して、構築には俺も参加した。今回の様に、保守対応を依頼される事もある。
アクセスポイントを交換するついでに、ミッションを済ませてしまおうか。
ミーとハーも一緒にフリースクールへ向かう。大佐は「休みの日まで学校に行きたくない」と言うので、置いて来た。大佐は、休みじゃなくても、フリースクールには行ってないけどね。
今日は、日曜日なのでフリースクールは休み。入口は施錠されているが、預かっているカードで開錠して入る事が出来る。
入口を入ると、まず6畳くらいのフリースペースがある。テーブルや椅子がいくつかと、ドリンクバーや本棚なんかがある。本棚に並んでいるのは、教科書などではなく、ラノベやマンガだ。授業には参加せずに、ここでぼーっとしている生徒も居る。それでも出席扱いにするのが、このフリースクールだ。
フリースペースの奥にカウンターがあり、その向こうが職員の執務スペースだ。
カウンターに向かって右手はトイレや給湯室、左手が教室。
今日は休みなので、職員は誰も居ないが、スタッフの目に触れずにここを出入りする事は出来ない。そういう構造になっている。
交換するアクセスポイントは、職員の執務スペースのものだ。
アクセスポイントを交換している最中に、入口から人が入って来た。しまった。施錠するの忘れてた。
「お疲れ様でーす」
侵入者は、さもここの職員であるかの様な態度で入って来るが。こんなやつ知らんな?
まさかこいつ「堂々と入ってくれば、誰も怪しまない」という、俺がよく使う技を駆使しているのか?
中肉中背で、服装にも何の特徴も無いおっさん。まるで、ジャスティス・ミッションを執行している最中の俺だ。
同業者か、ライバルか? そういえば敵対組織が居るんだっけ?
侵入者は、執務スペースに入ってくると、奥の金庫へと向かった。
こいつも1億円を狙っている!?
金庫はロックされていなかったのか、それとも侵入者が特殊スキルで解除したのか、あっさりと扉が開いた。
これは、クロ判定って事でいいかなー? ミーとハーに目配せすると、ふたりとも頷いた。
無音で駆け抜けて行き、侵入者に近付いていく。
この後の対応が決まっていないので、魔法は使えない。警察沙汰になって調べられた時に、不自然さが残っていると不味いからな。監視カメラも、今回は魔法で妨害をしていないはずだ。
どうすんのかなー? と思ったら、ハーが侵入者のうなじに手刀を叩き込んだ。
侵入者は昏倒したワケだけど、幼女が手刀でおっさんを昏倒させちゃうのはどうなんだ。
しかし、こいつら、魔法使わなくても、強いわー。
今の内に、拘束してしまうか。俺は、梱包用のクラフトテープで、侵入者の手足を縛り、更に口と目も封じてやった。
「さて、どうするかな? こいつに罪を被せて1億円いただいちゃう?」
「それは無理かしらね? 金庫の中には、現金なんて無いわよ」
フェニックスは「金庫の中の現金1億円」と明確に言っていた。
他に1億円の価値があるものが存在する、という事ではないだろう。
「フェニックスのやつ、ガセネタ掴んだのか?」
「だとすると、こいつもそうなんでしょうね?」
俺達とも、敵対勢力とも違う、第三の勢力が存在するのならば、そいつらが偽の情報を流したという事はあり得る。目的は分からんが。
フェニックスが不確かな情報源をあてにするとも思えない。敵は、カメや藁人形の様な裏切り者なのか。あるいは、エージェントの組織は、内部で分裂でもしているのか?
正義の組織のくせに、中身はまるで企業みたいだ。
さて、どうするかな? 俺達が善良な一般市民であれば、警察に通報するところだが。
イリーガルな正義のヒーローだからなあ、俺達。
とりあえず、フェニックスに相談か。うちで留守番をしているフェニックスにチャットで連絡を入れる。
「うーん、ガセネタだったかあ。情報源はうちの上層部なんだけどなあ。こうなったら、組織から独立して単独で行動するよ」
フェニックスは、情報がガセネタであることをあっさり受け入れた。そして、なんともきな臭い事を言い出した。正義の組織が信用出来ないって事だ。
「独立するって、そんな権限あんのか?」
「元から、個人商店の寄せ集めみたいな組織だからね。独立してしまえば、誰に文句を言われる事でもないよ」
職人が独立開業するようなもんか? まあ、そんなところなんだろう。信用ならない身内は、最大の敵だからな。きっとこれが、最適解なんだろう。
「とりあえず、こいつどうする? どこの誰なんだこいつ」
持ち物を確認してみたが、身元が分かる様なものは何も無かった。
財布の中には、クレジットカードやキャッシュカードも無し、ポイントカードすら無し。運転免許証や保険証の類も無し。スマホは、生体認証の無い安物だから、ロック解除出来ない。
どう見ても、まっとうな奴じゃないなあ。
「うーん。確証は無いけど、神聖カワサキ帝国のビルに居るチンピラじゃないかなあ?」
「自分達のあがりを奪い返しに来たってとこか? あり得るかな」
そういう事なら、こいつをアジトに返品するついでに、殴り込んでみちゃう?




