20. 正義のヒーローは国民健康保険
「あれ? タマちゃん、今日は病院行くんじゃないの?」
リビングでパンイチになって麦茶を飲んでいるところに、ミーがやって来た。
他に、ハーとニャア大佐もリビングに居る。大佐は中学校に行かないのかな? 今日は、平日なんだけど。まだ昼前だし。都会の学校が似合うシティガールなんじゃないの?
うちのリビングは、いつもこんな感じで、正義のヒーローおよびヒロインと魔法幼女達の、溜まり場となっている。
「もう、行って来たんだよ。猛暑だから、キャンセルだらけで、すぐに終わった」
院長によると、病院に通っているのは殆どが老人。老人は、暑かったり雨が降ったりすると、来院しないんだそうだ。自由だなあ。うらやましい。
病院行くために健康を害しては、本末転倒だもんな。俺は、血尿の原因が分からぬままなので、猛暑の中、フラフラと歩いて行ったよ。
病院は、ここから徒歩で10分程のところにある。道に迷ったから往きは20分かかったけど。
職場の近くの泌尿器科で精密検査が必要と言われて、以降の通院はこっちに切り替えた。長く通う事になるなら、家から近い方がいいかと思って。家といっても、当時は公園に寝泊まりしてたけど。
当初は武蔵小杉で病院を探したのだが。人口が増え過ぎて病院が不足しているのだろう、予約が取れなかった。なので、登戸駅近くの病院へ行ったのだが、まさか近所に越す事になるとは思っていなかったな。結果、今とても通いやすい。精密検査をしてくれるマリアンナ系の多摩病院も近いし、マリアンナそのものも近い。
「で? どうだったの? いちいち聞かないと報告できないワケ? 父親のくせに」
娘にパワハラをされる俺。こういうのはモラハラともいうのかも知れないな。
幼女の罵倒は、むしろご褒美なので問題ない。でも俺は、悪いロリコンじゃないぞ?
心配してくれる家族が居るという事だ。こんなに、嬉しい事はないだろ?
「何ニヤニヤしてんの? 睾丸癌が脳に転移したの?」
「コウガンガンって何だよ、強そうだな。いや、痛そうだからやめて」
「ガンガンしてもええ? タマ師匠のタマをガンガンしたいんじゃけど」
俺はいつの間にか、ニャア大佐の師匠に就任していたのか。
タマをガンガンしてはいけません、と俺は弟子に教え諭しておいた。
中二の教育なんて責任は持てぬ事はしない主義なのだが、タマの事だけは別だろう。
学校は行かなくていいから、タマをガンガンしてはいけない。それは絶対に曲げてはならぬ、世の理というものだ。
「癌細胞や、悪性の腫瘍は一切見つからんかったよ。ついでに、血液検査の結果も正常値だった」
造影剤を入れてCTを撮ったのが先週。今日は、その結果の説明を受けるのと、血液検査のために病院へ行って来た。結果、血尿の原因は不明なまま。経過観察って事になった。
ああ、働かない理由が消えてしまったな … 。働かなきゃ … 。どうせ働かないと死んじゃうんだけど。今の俺、無収入だから。国民健康保険という名の税金も、ものすごく高いからな。
消費税上げてもいいから、社会保険の負担を減らしてくれよ。なんで、みんなそこに気づかないのか。
正義の執行として、愚民共を粛正すべきか?
ああ、暑さで脳がいかれてんなあ。ろくな事考えないわ。いつもの事だけどな。
「良かったね。これで、正義の執行を再開できるよ」
小型ロボに偽装したジャスティス・エージェントのフェニックスだ。最近は、スマートスピーカーのかわりもしてくれて、とても便利だよ。
「何? 俺の健康に配慮してくれてたの? ここ最近、ミッションが無かったけど」
「いや、単に依頼が無かったんだけどね? でも、僕はカメや藁人形と違って仕事は選ぶからね。無かったワケでもない」
「くけー! ワシは、来た仕事は何でもハゼの様に受けるんじゃー!」
ほーん? フェニックスはできる営業って感じだな? 藁人形の方は、まさに無能。「出来もしねえ事を、受注してくんじゃねえ!」って、プロジェクトリーダーに詰められるやつ。
無能な藁人形は、今日もニャア大佐のセーラー服の胸元に潜り込んでいる。
「大佐は、小杉のオフィスビル以来も、正義を執行してんの?」
「週に5件ペースでこなしておるのじゃ」
「そんなに!? 俺の時は、週イチくらいのペースだったぞ。たまに、連続で入ってたけど」
川崎区のファミレスに放置してるバッグを回収して、川崎駅のコインロッカーに入れてくる、とか。相変わらず、そんな怪しいミッションばかりらしい。ギリギリ違法行為ではない? いや、拾得物隠匿罪かな? 危険物を通報しないのも、きっと罪だよなあ。川崎区のファミレスに放置してあるバッグって、もうね。危険な雰囲気しかないじゃん。
川崎駅のコインロッカーといえば、無職なのに職探しもせずに、携帯ゲーム機で遊び呆けた頃を思い出して、胃がぎゅっとなるなあ。すれ違い通信で、川崎ロッカーの地図、なんてものが入手出来てだな … 。あの時、ギリギリでホームレス堕ちせずに済んで良かったなあ … 。つい最近、公園で寝泊まりしてたけど。
「ところで、その藁人形って何処で会ったの? 子供にいじめられてるとこを助けたワケ?」
週5で正義のために悪事を働いているから中学校行く暇ないの? みたいな事を聞こうとして辞めた。
まったく責めるつもりなんかないし、学校なんか行きたくないなら、行かなくてよろしい。
かわりに、ちょっとだけ気になっていた事を聞く。ちょっとだけな?
「藁人形を助けるってどんなシチュエーションなの?」
「まあ、そうなんだが。俺は、助けたカメにつきまとわれたからな」
「この藁人形は、ばあちゃん家の納屋にあったのじゃ。如何にも呪われてそうでかっこええじゃろ?」
実際、呪われていたワケだ。いつ誰が作って、納屋に入れてたんだろうなあ。
うーん、興味ねえや! というか、知りたくないわー。
正義のエージェントは、何処に潜んでいるか分からんなあ。こわい。
「ワシが作られたのは、江戸の初期じゃ。あれは、大規模な飢饉のあった年の事じゃった」
なんか語り出した。鬱陶しいから、五寸釘打ち込んでやろうかな?
それやると、真っ平な胸に穴が開いて、ニャア大佐が死んじゃうな。
「飢饉といえばだ。米はまだあるか?」
「それ言おうと思ってた。病院の帰りに買って来いって」
昨今の米不足は異常だからなあ。値段については、むしろもっと高くてもいいと思うんだが。
だって、一食あたりの単価で他の主食系食材と比較すれば、まだまだ破格だろ?
米の価格高騰は政府の陰謀だ! とかいってパスタを買い占めてる輩が居るみたいだけど、算数も出来ないのかね? と思う。
米が、買いたい時に買えないのは問題だよ。
米がなくても、米を食いたいからなあ。米がなければ、パンを食べればいいじゃない、ってワケにはいかんのが日本人だよなあ。
「スーパーに行こうか」
「ワシも行きたい。パピコ買う」
「そろそろ秋パピコの出る時期。パピコ買ってパパ」
「何? 焼き芋味とか栗味とか出るの?」
俺のボケは完全スルーされたが、みんなで米とパピコを買いに行くのだった。
ああ、なんて平和なのか! 正義の執行とか、もうやらなくてよくない?




