016. 正義のヒロインじゃけえ
「ワレが、タマちゃんか? ワシが、後任じゃけ。引き継ぎをよろしくなのじゃ」
誰コイツ? え? のじゃロリって実在すんの?
セーラー服を着て、三つ編みのおさげ、そして眼鏡。
女子中学生か、女子高校生か? 小学生ではないな。
子育てしないままおっさんになると、区別がつかないよね。
「ワシは光の使徒。永久の闇に抱かれて刹那に滅びるのじゃー」
光なのか闇なのか、永久なのか刹那なのか、混沌としている。
なるほど、中二だな。じゃあ、女子中学生だわ。
「こいつ何? 美容師の娘?」
闇の眷属の遺伝子を感じる。しかし、何故弁護士事務所に居るのか?
弁護士から「頼みたい仕事がある」と聞いて、弁護士事務所に来たら、のじゃのじゃうるさい中二が居た。
のじゃロリなら、うちの娘達の方が適任じゃないの? 要らんけど。
「いや、私の娘だよ」
なんで、弁護士からこんなのが生まれいずるの?
弁護士は、いかにも要領が悪くて頭の固そうな女なのだが。
20代後半に見えてるけど、中二の娘が居るって事は、もっと上だったか。
どうでもいいけど。
「そいつは旦那の実家で育ったからね。山口弁を喋ってるだけだよ。のじゃロリでもないし、仁義なき市民球団でもないよ」
なんだ。道理で馴染があると思った。俺の地元じゃん。ばあちゃんと同じ喋り方だわ。
毎年、正月になると、食べきれない量のアンコ餅を送って来るばあちゃんだった。
いつまでも甘いモノさえ食べてりゃ満足な男児じゃないだが、なんて持て余していたが。
今になって、あの餅のありがたみが分かるよ。その餅はもう届かないけど。
「仕事って、こいつに引き継ぎする事?」
「いや、その引き継ぎってのは知らないけど」
だいたい、後任とか引き継ぎって何なの?
今、引き継ぎについては、軽くトラウマなんだけど。
先月の派遣先の引き継ぎで、軽く炎上させたからね。
ネットワークエンジニアに、Pythonで作ったツールの改修なんか引き継げるワケないだろ … 。
あいつら、Linuxのコマンドすら知らないんだから。Pythonのコードなんて読めもしないだろ。
悪いのは俺じゃない、人員の配置をした課長か部長だろ? 何故俺を責めるのか?
「あ、タマちゃんも、ここに居たの? ちょうどいいや」
ジャスティス・エージェントの、フェニックスがやって来た。
ロボ型スマホかAI玩具みたいな、小型ロボだ。
この中に入っているのではなく、このロボを遠隔で操作している。何処からなのかは知らない。
歩き回るスマートスピーカーみたいなものだな。
おっけーふぇにっくす、俺に仕事くれ。
「仕事の話なら、こっちが先なんだけど」
「あ、そうなんだ。じゃあ、こっちは後でいいよ。チンケな正義の雑魚仕事だから」
ロボ野郎の言い草に不当な表現があったが、それは置いておこう。
弁護士の話を先に聞く事にする。
「うちのクライアントが困っててね。業務用のパソコンの設定をして欲しいんだ。発注してた業者が飛んじゃって期限に間に合いそうにないんだってさ」
「なるほど? そういうのは最近やってないけど、何とかなると思うよ」
業務用のパソコンは、社内の情シスだけで設定までするのは無理がある。
最初の導入時ならともかく、途中で複雑な手順のアップデートなんかが入ると、スクリプトでは対処出来ない事もあるし、小ロットだとスクリプトを作り込むコストが出なかったりね。
IT企業なら、利用者各自で設定させる事も出来るけど。
と言っても、高度な知識や技術が必要な作業ではないから、仕事として受注しても売り上げも微々たるもの。
大手のIT企業ではこういうのは受注しない。
こういうのは、中小規模の会社の仕事になる。
適当に活きのいい若者を集めて手順書を渡せば、どうにかなる作業だから、まあ、だいたいブラック企業がやる事になる。突然飛ぶ事もあるだろうなあ。
俺も、その手のブラック企業に居た事があるから、そういう作業は経験があるわけだ。
「そう? じゃあ、お願いしていいかな。期限は、今日中なんだけど」
「そりゃまた急だな? 台数と仕様によるぞ? あと場所な。客先でやんの?」
「5台だね。町の不動産屋だから小規模だよ。すぐそこの駅前にある。うちが先代から顧問弁護士をやってるところ」
町の不動産屋にも、顧問弁護士なんてついてるのか。
というか、あれか、このビルの売買を仲介してくれたとこか。
なるほど、情シスどころかシステム管理者すら居ないパターンか。
「仕様はしっかりしてんのかな? 現地で話を詰めろとか、イレギュラー対応もしろとかだと、絶対揉めるからな」
「手順書はないけど、うちが間に入るから心配ないよ。代理でうちの娘も付ける」
「役に立つのこれ?」
「黙ってれば、普通に優秀だから。そっちのロボの仕事にも役立つんじゃないの? 知らんけど」
「そうだね。まずは、ふたりで交流を深めておいてくれると助かるな」
今日が期限だというので、早速行くことにした。
駅前の不動産屋だ。歩いて5分もかからない。
客先作業か、昔を思い出すなあ。1週間家に帰らず、東北地方全県の支店回ったりしたなあ。
今だったら、そんな体力無いな。無理して、上流工程に上がっておいて良かったわー。
IT系の仕事に憧れて、そういう体力仕事しかない会社に入った若者は、下手すると一生抜け出せないからな … 。給料安いし上にきついから、転職する気力も体力も奪われていく。
「あれ? お前も来るの?」
「僕も、タマちゃんとは交流を深めておきたいからね」
フェニックスロボが、てこてことついて来るので、拾い上げて運んでやる。
同じエージェントでも、カメとは随分と違う。あいつには、交流を深めるなんて概念は無かったし、指示してくるミッションもあやしい雑用ばかりだった。
「そういえば、俺が以前カメにやらされてた雑用はどうなってんの? それを引き継ぐのが、のじゃなの?」
「そういう事。エージェント役も、新任が引き継いだよ」
またカメなんだろうか。少なくとも、弁護士事務所には居なかったが。
「くぇー! ワシが、そのエージェントじゃー! この娘は式神と呼んでおるがなあ」
「え、何? こわい」
のじゃの胸元から、藁人形が顔を出している。
フェニロボと同じ原理で、本体はこの中にあるワケじゃないんだろうけど。
何故、その素体を選んだ!?
早く、家に帰りたい。うちでゴロゴロしてる魔法幼女達が、かなりマシな存在に思えて来たぞ。




