001. 正義のヒーローは金かかる
正義のヒーローなんてものをやっていくには、金がかかる。
戦闘服にガソリン代、武器やスマホにメシ代。昨今の物価高が、正義の財布を直撃だ。
しかも、金にならない。金は出て行くばかりなのさ。
組織に雇用されているワケじゃないし、個人事業として成立しているわけでもない。
人知れず悪を倒したとしても、対価としての金銭を得る事は無いのだ。
もちろん、事故にあっても労災は適用されない。保障すら何もない。
と言っても、ボランティアや道楽でやっているワケでもないが。
今のところ、報酬といえるものは得ていないし、やってて良かった、と思う様な瞬間すらない。
今日も俺は、夜間作業明けの、ふらつく体で正義を執行する。
東の空に輝く朝陽が恨めしい。
むかつくくらい晴れてるなあ、ちくしょう。
毎朝、出社する時も、まったく同じ事を思っているけどね。
今夜も夜間作業の予定があるというのに。
さっさと、今回のミッションを終わらせて帰って寝よう。
早く寝ないと、寝過ごしてしまうかも知れない。
俺は派遣社員だから、遅刻なんてしてるようだと、契約を切られてしまう。
正義のヒーローは、金にならないから、死活問題だ。
公衆トイレの個室から指定のブツを回収し、橋の上からそれを川に投げ捨てる。
それが、今回のミッションだった。
これ、ほんとに正義なのか?
少なくともゴミの不法投棄は、この国においては犯罪だ。
ブツ次第では、さらに罪状が重なる。
何を投げ捨ててしまったのか知らんけど。
まあ、いいわ。
スマホのチャットアプリで、相棒にミッションコンプリートを伝える。
ああ、相棒ってのは正義の執行ミッションを指示して来るヤツ。
相棒ってより、エージェントかディスパッチャーと言うべきかな。
とにかくミッションは片付いた。さっさと帰って、寝てしまおう。
キッチンと6畳一間しかない、木造のポンコツアパート。
それが、俺の家。正義のヒーローの拠点ってやつだ。
金が無いワケじゃないんだが、いろいろと事情があるんだ。
まず、都内へのアクセスが良い拠点が俺には必要。
派遣だから、派遣先が変われば、勤務地も変わる。
飯田橋勤務の次が、浜松町だったりするんだ。時には、千葉や多摩への出張もあるし。
今住んでる武蔵小杉は、どこへ行くにしても、そこそこ便利で、そんなに家賃が高いワケでもない。
とはいえ安くも無いからね。少しでも家賃を下げるためには、こういう物件になるってワケよ。
立地に拘らなければ、もうちょっとマシな物件に住めるのだが。
毎日2時間も3時間も通勤に費やしてしまうと、ただでさえ少ない睡眠時間が更に削られる事になる。
睡眠時間と快適な住環境のトレードオフは、等価交換だと言えるのだろうか?
はあ、リモートワークが定着してくれればなあ。
毎日せっせと出社して、みんな自席でWeb会議してんだぜ?
ごく控えめに言っても、バカだろ。俺も、その末席なワケだが … 。
それと、老後の資金作りだ。
果たして、俺に老後があるのか、あやしい気もするが。
職を失って年金を払ってない期間があるからな。
そうでなくても、年金なんてあてにならんのだ。
だから、金はあっても使えない。
派遣というと社会的弱者のイメージがあるだろうけど。
俺は、専門職の派遣だから、それなりに収入はあるんだ。
でも、贅沢は出来ないってワケ。
なのに、なんで正義のヒーローなんかやる事になっちまったのかなあ?
小さな水槽の底で、ぼけーっとしてる俺の相棒を見る。
どう見ても、小型のカメなんだが。
これが、俺の相棒だ。
魔法少女アニメならば、このカメがしゃべったりするんだろうけど。
こいつは、しゃべったりしない。
まあ、魔法少女の相棒だったら、カメって事はないだろうけど。
どういう仕組みなのか不明だが、こいつとはスマホのチャットアプリを通してコミュニケーションする。
正義のミッションは、チャットを通じて、こいつから指示されているワケよ。
正義を執行して、ジャスティス・ポイントなるものを一定量以上貯めれば、ご褒美があるって事なんだけど。
一向に、何かを貰える気配がない。
助けたカメに騙されて、こんな事になってしまった。
真夏の猛暑日に、アスファルトの上で、ひっくり返ってるカメが居たから、川に入れてやった。
そうしたら、悪魔の契約が一方的に成立してしまったのだ。
ジャスティス・ポイントを溜めたご褒美が、異世界転生してスローライフ、とかだったらいいんだけどなあ。
そんな妄想をしながら、俺は布団に潜り込んだ。