ある告白
私、吉田和希は女、女である。
昔から男扱いされてきた私。髪は長いのが面倒くさくていっつも短髪にしているし、上も下も、発育が良くないし......。昔からの知り合いにだって未だ勘違いされている始末。学校ではトイレに絶対に行かないようにして問題にならないようにしているし、着替えとかも相当に配慮をしているので、未だ問題にならずに済んでいる。だからこそ、まだ私が女だとは誰も思っていないのだけど。
「あ、和希くん!今日もかっこいいね。」
「和希くん!おはよー。」
遠くからクラスメイトの女子が挨拶をしてくれたので手を振りかえす。
「うん。おはよ!」
クラスでも有名な美人の我妻乃亜ちゃんと渡辺悠華ちゃん。その2人が挨拶をしてくれると、その後私を見る男子の目が冷たくなる。
別に......下心とかないし、なにも私に嫉妬したってどうせ女なんだよ?
昔から美形ではあったので男としてモテてきて、友達はなかなかできなかった。こんな私だから男友達が欲しいんだけど......
「よっ、和希。」
そう言って私の隣の席にどかっと座ったのは松山壱龍、名前は凄いカッコいい感じだが、本人はあまり目立たないタイプの男だ。私たちは5歳からの付き合い。ある意味こいつが1番の親友なんだけど......うーん、なんだか違うんだよね。
「昨日のアニメ見たか?面白いよな!あんなの見てたらもう夜しか眠れないよ。」
そう、こう言うところがさ。別に私の好きな作品を隣で見てくれる人がいる事は嬉しいんだけどさ、その、なんか違うんだよね。
「突っ込めよ和希。寂しいじゃんか。」
彼はメガネを隠すぐらいに長い、重い、黒い前髪をちゃちゃっと手で分けると思い切り椅子にもたれかかった。
「だって別に、壱龍。そんな面白くないよ?」
「うっ.....」
彼のお腹に剣を突き刺してしまったような気分だ。彼は机に突っ伏すと、また顔を上げ、また顔を下げておんおんと泣き始めた。
そんな壱龍を見て、少々の罪悪感が芽生えたので頭をよしよしとする。
「悪かった、悪かったからさ。落ち着いてくれよ。」
彼は怒った時も悲しい時も、冷静さを欠いているとき、誰かに頭を撫でてもらうと落ち着くらしい。
小さい頃彼に教えてもらった私は、それ以来いつも困った時はそれに頼るようにしている。
「よしよし、よしよし。」
教室でこんなことをするのもなんだか恥ずかしいけれど、こんなのは私たちの日常なので別に誰も気にしない。
彼が泣き止むまで、泣き止むまでとそっと、そっと頭を撫で続けた。
「なんでいっつも和希は僕を子供扱いするんだ。恥ずかしいよ。」
壱龍はまじで照れ照れとしている。でも確かにこれをやられている側はやっている側には感じないほどの恥ずかしさを感じているのかもしれない。
確かに私がみんなの前で壱龍に撫でられていたとしたら......うわ、考えたくない。
「だって壱龍はこれぐらいで泣いちゃうんだろ。子供なんだから。」
「泣いてねえよ。冗談に決まってんだろ?」
彼は唐突に顔を上げた。顔は一切、濡れてない。
「壱龍〜?騙したな?」
本当に面白くない冗談だ。私は壱龍の頭を、これ以上ないくらいぐりぐりしてやった。
僕には好きな女の子がいる。
吉田和希。僕の隣に座る幼馴染の女の子だ。
僕松山壱龍は冴えない男子。クラスの端にいるような男なのだが1人の明るい友人のおかげで、今まで楽しく学校生活を送って来れた。
吉田和希。彼女はイケメンな女子で保育園からの付き合い。まだ読み書きさえできなかった頃からずっと家族ぐるみで交流がある。
彼女は昔から美形で、僕らの学校の大体の男子は彼女に初恋を奪われたのだが、彼女は変わり者で、自分が男子に見られていると思い込んでいるのだ。
周りは皆彼女が乙女だと言うことを知っているが、彼女は昔から超のつく鈍感でずっとそのことに気づいていない。
そんな彼女だから告白なんてハードで僕は様子を見ているんだけど......。
授業中ふと隣を見ると彼女は頬杖をついて、こちらを見ていた。
ふと目があって、僕の顔はみるみるうちに赤くなる。
えっ、何?見られてた?
3時間目の授業中。
互いに見つめあったまま硬直していると、それを見ていた先生が、呆れたような声を上げた。
「吉田、松山。いちゃいちゃは授業中は禁止だぞ。」
くすくすくすっと教室中に笑いが広がる。
その言葉を聞いて和希の顔もみるみるうちに赤くなり、ケッと不満を露わにした。
「まじ高田許さない。こういうの何ハラっていうのかよく分からないけどムカつく。」
彼女は口にストローを添え、200mlのいちごミルクを握りつぶしながら口を尖らせた。
生徒会室の窓際、風が部屋の中に吹き入り彼女の銀色の前髪を揺らす。彼女は短い後ろ髪を少し気にするようなそぶりを見せながら僕の視線に気づいた。
「何だよ。ん?壱龍?」
彼女はぼーっとしていた僕の顔を覗き込む。
やば、ばれた。
「い、いやちょっとぼーっとしててさ。」
本当いつもの素ぶりは男らしいんだけど、やっぱり可愛いんだよなあ。
本当に何回耐えられなくなっているか分からない。ほんとこいつは。
「おーお二人さん。今日も仲がよろしいようで〜。」
「あ、悠華。」
和希は明らかに面倒臭そうな顔をする。
渡辺悠華。彼女は僕らに挨拶をするかのように嫌味を言うと椅子にどかっと座った。彼女はクラスでも有名な美人の1人。同学年の生徒会執行部の1人だ。選挙で戦った戦友でもあり、普段活動を共にする友達でもあり、いやこんな陰気な僕が彼女と友達なんていうのは恐れ多いけど。
まあ、そんな気の知れた友達なのだが、彼女はよく僕達のことをいじってくる。そりゃ他人から見れば男女の友情のそれだとは思えない行動したりするし、クラスでも和希は仲の良さを隠す気がないから皆そういうこと言いたくなるのも分かるけどさ。そういうのが先生からもいじられる所以だと思うんだよな。こっちは和希が自覚してる訳じゃないから頑張って我慢してるのに、許さない。
「和希くん。そんなしかめっつらしないでよ。」
「だって悠華、碌なことしないし。」
「うわー、冷たいなー。」
全く傷ついていない棒読み。皆渡辺悠華という女のことをよくわかっていない。彼女は謎多き人間でありどう接すれば良いのか分からない人間の1人だ。でも、確かに彼女がいたずら好きなのはよく分かっている。和希が女子だと分かっている癖にまるで好きかのように振る舞うのだ。
そういう周りの環境から和希の勘違いも加速するんだろうな。
ぼーっと箸を進めていると悠華がこっちを見てにやりと笑った。
「えー壱龍くん何でそんなじっと見てんの?私のこと好きになっちゃった?でもごめんなさい、私には和希がいるからー。」
やはり悠華はこんなんだ。嫌な性格してやがるよ。心なしか和希の冷たい視線を感じながら僕もにこっと笑った。
「いやー、別に君には何の興味もないけどさ。今日の晩御飯考えてた。」
悠華は少し驚いたようなそぶりをするとまたにやっと笑った。
「いい性格してるね君。こういうところが気に入ってるんだよね。」
彼女は良い仲間ではあるけどあまりいい奴だとは言えない。いつも胡散臭い発言をするし、人の質問は大体適当に返すし、あまり他人に興味がないやつで友達になるのはちょっと嫌だって感じのやつなのだ。
「ねー、黙りこくるのやめてよ。」
彼女は急に立ち上がると僕に近づき、ほっぺをつんつんしながらそんなことを言ってくれる。
僕は全力を持って睨むが、彼女はそれを愉快そうに笑う。和希、なんか怒ってるな。あんまり悠華が好きじゃないんだろうな。あんなに怒ってるの初めて見たかも知れない。
「あのさ悠華ちゃん。やめてくれるかな。和希と2人仲良く食べてんじゃん、邪魔しないで。」
和希は案の定冷たく言い放つ。しかし、悠華には逆効果。悠華は尚更余裕の笑みを見せてくるような気がしたのだが。
「あらま可愛い。推しになっちゃうかも。」
見事なまでの棒読み、心なしか悠華まで怒っているように見える。普段あまり感情を出さないやつなんだが、どうしたのだろう。
「ねえ、和希くん。ほんと最近どうしたの?当たり強いし、ちょっと嫌なんだけど。」
悠華は堪えきれなくなったのか少しの沈黙の後そう言い放った。冗談めかして言うが言葉に冗談である要素は一切ない。それに内容が内容だったので僕らは顔をこわばらせた。まるでこれから餌を狩ろうとしているライオンのように僕らを睨む彼女。さすがに生徒会の仲間としてここはどうにかやり過ごさなければ。
「まあまあ悠華落ち着けって、そんな怒ることでもないだろ?客観的に見れば確かに悠華が後から入ってきているのには違いないだろ?」
悠華は少し黙り込む。生徒会室は沈黙に包まれる。口論は無事終わったのだが、その気まずい雰囲気が嫌になったのか、和希はちょっと嫌な顔をしながら僕に話しかけてきた。
「今日の放課後用事ある?ないならどっか一緒に行かない?」
うーん、やっぱこう言うところも無防備なんだよな。男同士って考えれば自然なんだろうけど僕はそうはいかないよ。
それでも親友の頼みを断るには行かないので、僕は3度ほど食い気味に頷いた。
気まずい昼休みを終え放課後、今日は執行部はなく自由な放課後を迎えた。ということで和希と2人で映画を見にきた。
「ポップコーン買う?ジュースは必須だから並ぶでしょ?」
「まあな。何も買わず観る映画っていうのも何かなあって思うよな。」
和希はコーラを2つとポップコーンの塩味とキャラメル味を受け取る。
「そうだよね〜。よく分かってる。」
和希はうんうんと評論家のように頷く。
やっぱ仕草がいちいち可愛いんだよな。
「今日はどんな映画を観るんだ?」
予約していたチケットを取る和希に問う。和希は不思議そうにこちらを見る。
「あれ?言ってなかったっけ?」
言ってませんよ和希さん。どうしたんですか?
「うーん。感動系かな?」
自分で言いながら首を傾げる彼女、よく分からなかったけれど彼女自身もよく分かっていないのだろうと思いそれ以上の詮索はやめた。
時間になったので取ってもらったE10の席に座ると和希もその隣に腰掛けた。
「本当に久しぶり、楽しみだね。」
隣でにっこり笑う彼女にやっぱり、目を奪われてしまった。
「うー。ぽちー。」
隣で泣く彼女と共に僕は目を赤くしていた。途中までギャグ系のように進んだ映画に、なぜ和希は嘘をついたのだろうかと不思議に思いながらも楽しんでいたら、いつのまにか山場を迎え、不覚にも泣いてしまった。周りも皆涙を流していて自分が多数であることに少し安心したが、泣くと言う行為が本当に久しぶりのものなので少々恥ずかしさがあった。まあ隣で泣く和希が僕と比にならないくらいに泣いていたからいつのまにか恥ずかしさは消えていたのだが。
「やっぱり映画はいいよねー。よし、この勢いで夕飯も行くぞ!」
いつの間にか和希は平然とした表情に戻り、彼女は元気に手を上げた。
「そうだな。ラーメンでも食べに行こうか。」
やっぱり彼女は元気なところが良い。昔から暗い僕を連れ出してくれたのは彼女で、こんなに楽しい青春を送れているのも彼女のおかげだ。
やっぱり、好きだな。
彼女の笑顔を見るとそう思う。ずっと一緒にいたいって。でも、この思い、和希は知ったらどうするんだろう。隣で親友と思っていた幼馴染が自分を下心で見ていたなんて知ったら。絶対、嫌われたくない。
やっぱり、もうちょっと様子を見て、いつか告白しよう。
並んで味噌ラーメンを食べながらそんなことを思うのだった。
「あ、もしかして和希くんと壱龍くん?奇遇だね。」
「そうだな壱龍。最近はあんまり話す機会もないよな。」
朝、和樹とともに登校していると小学校から付き合いがあり高校も同じである我妻乃亜と浅村紫陽と出会った。乃亜の方は生徒会にも所属していてかなり深い仲がある2人だ。紫陽は結構陰のものなので、昔からクラスの端でよく話す仲だった。今は違うクラスになってしまったのであまり交流はなかったが外に出てよく遊ぶ仲だ。でも実のところこいつはちゃんとイケメンで、今は茶髪にパーマと洒落た格好をしているがそんな、高校デビューに成功し、モテているようだ。恋愛事情に関してはよく分からないのだが。
乃亜は超美少女でもちろん陽のもの。クラス1の美少女と呼ばれ、綺麗で長いピンクに染められた髪は彼女の明るい可愛らしさを加速させている。はたからみればそんな美男美女カップルなのだが、実のところは幼馴染だって言う、それも僕らより一年ほど長い仲の深さで、3歳の頃から家族ぐるみで付き合いがあるそうだ。乃亜も紫陽も実のところそこに葛藤を感じているのだろうか。僕らと同じように付き合いたいなんて思っているのだろうか。彼らを見るとそう思う。僕らはやはりなかなか踏み込めない。でも、彼らが付き合ったら......。踏み込めるきっかけになるのだろう。いつも何だかそう思って見てしまう。
「壱龍。最近何だか上の空だよな。」
ぼーっと彼らを見ていると紫陽に話しかけられ、ふと我に帰る。
その発言に乃亜はにやっと笑った。
「もしかして、恋の悩みかな?」
乃亜ってこう言う時嫌に鋭いんだよな。
図星を突かれた僕は少しフリーズする。
「是非とも相談してよ。なんたって私達小学生の頃からの付き合いでしょ?」
確かに彼らとも幼馴染のようなものだ。何故だか知らないけれど中学2年の頃、初めて乃亜と同じクラスになった。そして以前よりたくさん話すようになったのだ。実際のところ、そんな仲良くなかったけどな。
どうしようか、と。ふと和希を見る。
和希は僕のことを気にもせず乃亜と雑談している。
まあ僕の恋愛になんか興味はないよな。
乃亜は僕が考えを出し終わったのを察したのか
「それで壱龍くん。どうなの?」
とまた質問してきた。
「どうって、まあ、高校に入っても好きな人ができなくて僕はこの先大丈夫かなって不安になっただけ。」
場が一気に重くなった感じがした。
乃亜としては返答をしない僕を面白がりたくて問うたのだろう。彼らは僕が和樹のことを好きだと思っているからこんなところでその思いを公表する気がないのを分かって面白がっていたのに、僕がこんなことを言ったものだから和樹が勘違いしてしまわないかと不安になっているのだろう。
いいよ、知らねえよ。和希は俺には興味ない、ずっとそう言う男、いや女なんだから。
場は重くなった気がしたのに何故か乃亜は目を輝かせていた。どうしたのだろう、やっぱこの状況でさえ楽しんでるってことか、やばいやつだな。
小学生来の幼馴染に初めて狂気を感じながら、気まずい空気の中をゆっくりと学校に向かった。
「ねえ、今日放課後暇?一緒に遊ぼ?」
授業終了後掃除をしていると珍しく乃亜が話しかけてきた。彼女は学校ではイタズラしてくることはない。このクラスのまとめ役で働き者でみんなに頼られる人気者美少女なのだ。その彼女が陰気な僕に話しかけると言うのはクラスメイトにとっては良いネタになったのだろう。ひそひそっと周囲は掃除の手を動かしながらもコチラに注目している。その状況を気まずく思いながら、どうせ朝久しぶりに会ったから4人で遊ぼと言うことだと思ったので首を縦に振る。この場を早く納めなければ恥ずかしくて仕方ない。
「良かったー。じゃーまた後で。」
にっこり笑いながら手を振る彼女はやっぱりクラス1の美少女、すごく可愛らしかった。彼女が誘ってくると言うことは今日もおそらく執行部は休みなのだろう。
ちょっと楽しみだな。
掃除をする手が早くなる。
楽しみにていた放課後。それが、あんなことになるとは思わなかった。
「よーし、来たね。それじゃあ行こう!」
掃除が終わると廊下で待っていた乃亜が話しかけてきた。先ほどまでジャージだったのが制服に着替えられていつもより心なしか可愛く見える。紫陽と遊ぶんだからそうだよな。気合い入るよな。
恋する女子はやっぱり可愛い。それも学年1の美少女なだけはある。
僕がぼーっと彼女を見ていると彼女はその視線に気づき顔を赤らめた。
「何で見てるの壱龍くん。ちょっと恥ずかしいよ。」
ぼくはパッと目を逸らす。
何その反応。今日の乃亜はなんだかおかしくて調子が狂う。なんか駄目だな、こうちょろいからいじられるんだろうな。
少し気まずい沈黙が場を包む。そこで僕は少し落ち着いて今の状況に違和感を感じた。
「そういえば和希と紫陽は?もう校門まで来ちゃったけど、どこで待ち合わせてんの?」
僕が乃亜の方を見ると乃亜は真っ直ぐ前を見ながら人差し指の先を合わせてツンツンと、もじもじしている。顔が少し赤くなっている。
やっぱり今日の乃亜はおかしい。
ただ、急かすことなく返答を待っていると乃亜はこちらを見た。
「その、さ。私、今日壱龍くんとデートするために誘ったんだ。だから2人はいないよ。」
そういうと乃亜の顔はさらに赤く染まった。
僕の頭は事実が飲み込めなかった。
で、デート?一生縁のないと思っていた単語に、僕は唾をごくり頼み込む。やばい今日の乃亜はなんなんだ。もう本当に可愛いって。
いやいや、僕は何を考えているんだ。僕が好きなのは和希でしょ?
地下鉄の駅に向かう中、ずっと無言の時間が続く。いつもなら乃亜はふざけた話をして場を沈黙させることはないのだが今日は何も言わない。
「地下鉄乗るよ?」
彼女はそう言って階段を下る。僕の熱くなっていた体は心が少しずつ落ち着くにつれ、さらに熱くなっていく。可愛い彼女の後ろ姿をたったったっと追いかけた。
電車の中では沈黙も意識しなくて済むので、ぼーっと暗い窓の外を見ていると後ろにいた乃亜に肩をつんつんされた。
振り向くと彼女はにやっと笑った。
「壱龍くん。髪に何かついてるよ?」
そう言って彼女はいつついたのか分からないごみをぱっぱっと払ってくれる。僕はごみがついていた事が恥ずかしくて気が気じゃなかった。
「照れてる。かーわいい。」
僕の顔はさらに赤くなる。
普段だったらごみついてんの見られたって気にしないし、恥ずかしくもなくてありがとうぐらいで済むのに、今日はそんなではいられなかった。
だって、だって僕をデートに誘うってどう言う事?紫陽が好きなんじゃないの?どうしたって乃亜を1人の女の子として見てしまう。
一緒にいると緊張するし、失敗すると恥ずかしい。小学生の頃から付き合いのある友達なはずなのに、僕は目さえも合わせられなくなっていた。
このままじゃ無理だ。耐えられない。僕はもしかしたらちょろいのかもしれない。そう思って顔を逸らす。彼女はその時、確かにいたずらっ子の笑みを浮かべていただろうけど、ふと、寂しい気配がした。
その時、僕はふと思い出した、
僕は何をやってるんだろう。乃亜は僕とのお出かけを楽しみにしてくれてるんだ。そこで今までの自分の行動に申し訳なさを感じた。無言の電車、そこでひとつ決心をするのであった。
「それで乃亜、どこにいくんだ?」
1つほっぺを叩いて気合いを入れ直した僕は乃亜に話しかける。ぼーっとしていた乃亜は名前を呼ぶと肩をびくっとさせてこちらを見た。
「ああ、うん。服でも買おうかなって思って。」
「服か。」
「何、その嫌そうな顔。」
「いや、ちょっと普段はあまりそんな事をしないからさ。」
「面倒くさいって思ってるんでしょー。」
「いや、そんな事ないよ。」
乃亜の提案が意外なものだったから素直に驚いただけだった。
彼女と僕は昔からゲーム友達で、たまにイベントがあった時ゲームセンターに行くような仲ではあったのだ。だから今日もイベントはないけれどゲーム関係の何かをすると思っていたのだ。
僕はそう、決して、服選びは嫌ではなかった。
「ゲーセン行きたかったんでしょ?まあ後で行こうよ。私たちといえばゲーセンなんだからさ。」
「まあ、そうだな。どこまでも付き合ってやるよ。」
乃亜は呆れた顔でにこっと笑う。
「変わらないなー。何か、嬉しい。」
少し、見つめ合う。いちいち会話するたび胸が脈打つ。いつからだっただろう。僕は中学生の頃の彼女を思い出していた。
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『壱龍くん!こんにちは!』
退屈していた休日。格闘ゲームをしていると一人来訪者があった。
我妻乃亜。僕のオタク仲間で、でもそこまで親密な関係というわけではなくて。友達の友達のような関係。その彼女が1人で僕の家を訪ねてきたということに、僕は驚きを隠さないでいた。
『ど、どうしたの?乃亜ちゃん。紫陽は特に来てないけど。』
『いや、今日は壱龍くんと、ゲームをしに来たんだよ。』
インターホン越しに彼女の可愛い笑顔が見える。
彼女は眼鏡をかけて、もっさりとした黒髪で、いっつもクラスの隅にいるような女の子だったけれど、僕が見てきた中で彼女は誰よりも美しい笑顔をしていた。
いっつもそれが気になって、時々目を離せなくなることもあった。そう、その頃僕は断言していた。僕の好きな女の子は、我妻乃亜だと。
そんな憧れの人が初めて、僕と遊ぶために家を訪ねてきたことにそりゃ僕は驚きを隠せなかった。
『部屋広いねー。お、格闘ゲームやってるじゃん。やろうやろう!』
クラスにいる時とは違って、僕と遊ぶ時はいっつも明るく話しかけてくれて毎週土曜日一緒に遊ぶその時間が楽しくて仕方なかった。
互いに友達が少ない同士、予定のない休日に入ったその予定は、僕らの寂しさを完全に埋めてくれていた。
中学生の男女2人で部屋で遊ぶというはたから見ればカップルの様な関係でも、そんな風ではなくて仲のいい友達の関係でただその関係が心地よかった。
『僕、ずっと乃亜と遊んでたい。』
僕がそういうと彼女はいっつも笑って
『うん。私もだよと返してくれた。』
僕は安心していた。ずっと続くと思っていたその関係。僕は早く、名前をつけてあげなければならなかったんだ。
ある日髪が綺麗なピンクに染まり、眼鏡が取れて、目玉が大きくなった彼女を見て僕はそう思った。
『どう?可愛い?』
朝のざわつく教室。みんなの視線はもちろん乃亜に集まっていた。
『どうって。』
僕は何故か裏切られた気分がした。
どうして彼女はイメチェンしたんだろう。僕は思ってしまった。やっぱり彼女は今の生活に満足していないんだ。ずっと僕は彼女に遊ばれて、調子に乗って、これから先も彼女のずっと楽しい時間を過ごすと信じていたけれど、彼女は安定した居場所が欲しくて、友達のいない僕に近づいてきたんだって。
そう思ってしまって僕は悲しくて、つい怒ってしまった。
『良いじゃないか。お似合いだよ。やっぱ乃亜は可愛いよ。』
僕の怒りが彼女には伝わったのだろう。彼女は無言のまま席に着く僕に、それ以上は何も声をかけなかった。そうして僕の初恋は、自然消滅してしまったのだ。
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彼女と出かけた事を思い出してつい、嫌なことを思い出してしまった。そういえば僕はまた彼女に、恋しようとしている。
どくっどくっどくっ
さっきまで純粋に聞こえていた胸の音が、何か違うものだったことを今理解する。
僕は怖いんだ。彼女に恋をする事が。
さっきまで浮ついていた心が急に冷めていく。急な自分の心情の変化に、自分でさえも驚いていた。
脈打つ心臓は警報だろう。またお前は騙されるんだぞ、高校に入って居場所が安定しないから、孤独な僕に話しかけてるんだって。
僕には和希がいる。別に乃亜は友達じゃ......。友達じゃなくて良いんだって。僕には居場所がちゃんとあるんだって。心はそう言う。僕を、僕自身は必死に肯定して、乃亜から僕を守ろうとする。
「どうしたの壱龍?大丈夫?」
突然、買った服が入っているであろう紙袋を持った彼女がそう話しかけて来て、急に現実に引き込まれた。
僕はトラウマになっていた過去を思い出していたところで、平静を保つことはできなかった。
「ごめん。今日は体調が悪くなった。帰って良いか?」
急な提案めちゃくちゃなことを言っているのは承知していた。でも僕はその言葉しか言えなかった。
その瞬間、一瞬のこと。彼女の顔は一気に強張り、小さな手が僕の手を掴んで、帰ろうとする僕を離してはくれなかった。
「何でだよ乃亜。ちょっと考えさせて欲しい事があるんだ。離してくれ。」
「やだ。絶対話さない。もう壱龍を逃さないから。」
強い口調。彼女は初めて見るほど必死な顔つきで、普段は弱々しくて不安になる様な彼女の力も、僕が振り払えないくらいに強かった。
「急な事で申し訳ないけれど。でも、本当に今日はだめなんだ。やっぱりそんなクラスのトップみたいな美少女と遊ぶのは、モブには緊張するもんなんだよ。」
「何で?私たち小学校からの付き合いじゃん!別に陽キャも陰キャも関係ないじゃん!」
「だめだって、乃亜。俺はお前を信じられない。もう友達には2度と戻れないよ。」
先ほどまでほんわかとしていた雰囲気が一気に悪くなって、電車でしていた決意なんてもうとっくのとうに忘れてしまった。僕の頭には家に帰りたいってことしかなくて、そのことで頭がいっぱいだった。
僕は彼女から目を逸らす。必死に必死に手を振り払おうとする。恥ずかしさなんてなくて、ただあのトラウマから逃げ出したくて必死に体を動かした。
彼女が明るくなってからずっと1人で生きて、辛くて、辛くて。それから和希と同じクラスになるまで、ぼっちで毎日を過ごしたこと。あの辛い日々が頭をよぎった。
僕は乃亜に恋をしちゃだめなんだ。もう、一緒に遊んじゃいけない。またどうせ捨てられる。
体をばたばたと動かす。でも彼女を振り払うことはできなかった。もう無理だと諦めたその時。彼女は僕の手を離した。
「やっぱり良いよ。帰って。でもその前に、聞いて欲しい。」
はいこれ。と言って彼女は僕に紙袋を渡してくれた。中をそっと見ると、男物の服が何着か入っていた。
「え、何でこれ、僕に買ってくれたの?」
彼女は、にこっと笑った。
「そうだよ。壱龍くん。君のために選んだんだよ?」
僕の頭は真っ白になった。
何でこんなことをするのだろう。訳がわからなくてただ、僕は彼女の次の言葉を待った。
そうしてしばらく経って、彼女は口を開いた。
「壱龍くん。私はやっぱり壱龍くんと一緒にいたい。一緒にいたいよ。」
彼女の目が少しずつ潤んでいく。
「今日は帰っても良い。でも明日は逃げないで、ちゃんと私を見て。私、君に避けられるのが1番辛い。」
涙が彼女の頬を伝う。でも、彼女は笑顔だった。
「私、小学生の頃からずっと......」
君が好き。なんだよ。
10000字初めて書けました。ちゃんと調子に乗って文章に書けたので嬉しく思ってます。最初の和希の下りとか必要かな?とも思ったのですが、和樹から見た世界をちょっと紹介することによって乃亜や悠華との空気感が壱龍と和希によってどう違うかを表現したくて書き残しました。自分のこの作品が、将来また自分にとって黒歴史ではなく誇れるものである様に。自分が満足する形で書いていこうと思います。自分の描いたストーリーが無事幸せに完結しますように。




