第七話:鉱山潜入――雷喰の命を繋ぐ旅
森の中。夜明け前の霧が木々の根元を這い、草の上にうっすらと露を落とす。
犬養遥は音を立てぬように、ひとつひとつ慎重に足を運んでいた。王都を抜け、北西にある魔鉱山帯へと向かう――それはただの探索ではない。命を繋ぐための、唯一の賭けだ。
胸元に疼く呪印。それは黙っていても確実に寿命を削っていく。
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▼呪印 ▼
《雷喰ノ呪》
現在の魂雷充電量:6%
維持燃費:1% / 時間
解放スキル:
┗ 雷脚(瞬間加速)
警告:充電量が0%になると即座に【心停止】します。
充電残量が5%以下のときに身体異常・疼き・幻覚・心拍異常が発症
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(……急がないと、本当に死ぬ)
もはや「焦り」という感情さえ、鈍ってきている。思考は冷えているのに、心臓の奥が脈打つたび、全身が異様な熱を帯びるように感じられた。
(魔石さえ手に入れば……)
それだけを心に繰り返しながら、犬養は森を抜けた。
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鉱山の入り口は小高い丘の斜面に掘られていた。
周囲には石造りの建物がいくつかあり、見張り台と兵舎、そして物資搬入用の木製リフトが設置されている。軍属らしき男たちが火の灯った櫓のそばで交代制の見張りに立っていた。
堂々と入るのは無理だ。だが、裏からなら――。
犬養は地図で確認していた搬出用トンネル跡へと迂回した。かつて使われていたが、今は岩崩れで封鎖されていると聞いたが……。
(……いける)
崩落は表面だけで、隙間があった。犬養は身体を横にし、瓦礫の隙間に滑り込むようにして鉱山へと侵入する。
中はひんやりと湿っていた。石と鉄のにおい、そして微かに漂う魔力の残り香。間違いない、魔石が生成される鉱脈だ。
(俺を“生かす”石が、この先にある)
それだけを信じ、進んだ。
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採掘跡の坑道は入り組んでいた。支柱が朽ちた場所や、水が染み出して滑りやすくなっている箇所もある。
(派手な音は絶対に出せない……)
そう思っていた矢先、突き当たりの岩壁の先、薄く光る何かが目に入った。
――青白い結晶。
(……あった)
岩肌の隙間から、魔力を帯びた魔石が覗いていた。掌大のそれは、まるで心臓のように脈動していた。
犬養は手を伸ばす。
しかし。
ガリッ……
鈍い金属音が坑道に響く。
(っ、まずい……!)
不意に、上方から石が崩れ落ちた。視線を上げると、古びた足場の上に、軍兵の姿が見えた。
「おい、誰かいるぞ!」
「侵入者か!? 鉱山に何者かが!」
数人の兵が松明を掲げて坑道に降りてくる。その光に照らされた瞬間、犬養は本能で魔石をつかみ、叫んだ。
「使わせてもらうぞ……ッ!」
魔石から流れ込んでくる雷の奔流が、呪印に直接叩き込まれる。
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▼呪印 ▼
《雷喰ノ呪》
現在の魂雷充電量:26%
維持燃費:1% / 時間
解放スキル:
┗ 雷脚(瞬間加速)
警告:充電量が0%になると即座に【心停止】します。
充電残量が5%以下のときに身体異常・疼き・幻覚・心拍異常が発症
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身体の奥に宿っていた空洞が、一気に満たされる感覚。思わずその場に膝をつく。
しかし、休んでいる暇はない。犬養は立ち上がり、壁を蹴るようにして《雷脚》を発動。
空気を裂いて疾走した。
「追え!」
「速い……!? あれは転移か!?」
坑道を突っ切り、光の速さで駆ける。脳裏にはただ一つ、燃えるような言葉。
(まだ……俺は終わってない)