第六話:命を繋ぐ魔石
狭い路地裏。夜明け前の王都ヴァル=アルテはまだ眠っている。
犬養遥は、身を寄せた木箱の影から深く息を吐いた。痛みは胸元から鋭く突き刺さってくる。雷の呪印は依然として、彼の体力と精神を容赦なく削っていた。
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▼呪印 ▼
《雷喰ノ呪》
現在の魂雷充電量:7%
維持燃費:1% / 時間
解放スキル:
┗ 雷脚(瞬間加速)
警告:充電量が0%になると即座に【心停止】します。
充電残量が5%以下のときに身体異常・疼き・幻覚・心拍異常が発症
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(あと7時間も持たない……)
今はただ、少しでも「時間を稼ぐ」しかない。だが、その時間すら、呪印は容赦なく奪っていく。
魔石。それが、生き延びる唯一の手段だ。
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犬養の頭に浮かぶのは、かつて耳にした兵舎内の囁きだった。
「魔石ってさ、あれ、フロアボス倒すと落ちるんだってよ」
「んなのムリムリ。そもそも一般人がダンジョン入れるわけないし」
「鉱山にも自然生成されるらしいけど、あそこ、完全に貴族の管理下だぞ?」
冗談のように笑いあっていた同室の連中は、まさか本気でそれを“必要とする”者がいるとは思っていなかっただろう。
だが、今の犬養にとっては、それこそが命綱だった。
(ダンジョン……いや、フロアボスなんて相手できるわけがない。じゃあ、鉱山か)
鉱山は、確か王都の北西にある。街の地図に“魔鉱山帯”として記載されていた場所だ。王家が直轄管理しており、入り口は軍の駐屯地が囲んでいるという。
(正面からは入れない。けど、方法がないわけじゃない)
犬養は既に何度か王都の構造を歩いて把握していた。平民区と貴族区、そしてその外縁にある軍施設。その地下や裏路地を通じて外へ出るルートも、調べはついている。
《影が薄い》スキルも、夜闇の中でこそ真価を発揮する。
(潜入するしかない……!)
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その日の夜、犬養は動いた。
荷物は最小限。着替えと携帯袋の中に、手製の地図と盗んだ簡素なローブ。夜の街に紛れて、兵舎裏手の塀を越える。
(音を立てるな、呼吸を抑えろ……)
警備兵の足音を聞きながら、影から影へ移動する。姿が完全に消えるわけではないが、注意を引かなければ誰も気づかない。
(このスキルは……思ってたより、使える)
建物の死角を抜け、やがて王都の外壁へと近づいていく。そこから先は、自然の斜面と森が広がる未開区——魔鉱山帯に隣接した地域だ。
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夜明け直前。犬養は森のふちに身を潜めていた。
空気がひやりと冷たい。空には雲ひとつなく、遠くに鉱山の輪郭がぼんやりと浮かんでいる。
彼は視線の先にある、山肌にぽつりと灯る赤い光を見つめた。あれが、王家の鉱山——そして、命を繋ぐ唯一の場所。
(死ぬか、生きるか……今度こそ、勝手に終わらせるつもりはない)
胸の雷紋が、また一度だけ強く疼いた。