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第二話:誰にも気づかれないからこそ、見えるものがある

王宮の敷地の端に建てられた、古びた木造の兵舎。

異世界召喚された「適正なし」たちが押し込まれた場所。


犬養遥は、そこで目立たずに暮らしていた。


朝は早い。七時起床、簡素な朝食。

硬いパンと味のないスープ。

午前中は薪割り、洗濯、訓練器具の掃除。

昼からは自由時間――という名の放置。


「暇すぎる……」


ベッドに寝転がって天井を睨みながら、同室の栗林晃がぼやく。

元は犬養と同じクラスの男子で、スキル《鉄骨投げ》を持っているが、特に役には立たなかった。


「なぁ犬養、抜け出そうぜ。こんなとこ。王都の外れに仕事場とかあんだろ?」


「推薦状も保証人もなしで雇ってくれる場所、あると思うか?」


「……だよなぁ」


栗林はそれ以上何も言わず、天井の染みを見つめ続けた。

退屈と諦めが染み込んだ空気。それが、この兵舎の正体だった。




______________________





(スキル《影が薄い》……今のところ、ただの嫌がらせスキルにしか見えない)


物理的に姿が消えるわけではない。

ただ、「他人の意識から滑る」。

気配を感じ取られにくく、視線が流れていく。

声をかけられず、話題にも上がらない。


兵舎でさえも、犬養はほとんど“存在しない”ような扱いだった。

だが、それは同時に「干渉されない」ということでもある。


このスキル、使いようによっては――




______________________





犬養は、午後の自由時間を使って街に出るようになった。


王都ヴァル=アルテは、階層によって構造が異なる。

庶民街、商人街、貴族街、そして王族が住む最上階の神聖区。

当然、一般人は上の区画に入れない――はずだった。


(……普通なら、な)


門番の前を、犬養はすり抜ける。

身分証の提示もされない。話しかけられすらしない。

《影が薄い》のスキルは、この世界の“制度の穴”を静かに通り抜けさせてくれた。


(マジで……通れるのか)


誰にも止められず、注意もされず、犬養は王都の裏側――

貴族区の影に入り込んだ。


そこで彼は“本物の現実”を見ることになる。




______________________





豪奢な屋敷の前で、荷車に乗せられた木箱が運ばれていく。

その中には金貨の詰まった袋、魔石、そして見慣れぬ薬草の束があった。


「聖戦支援金」と記された札。

本来、村々の生活支援や防衛に使われるはずの金が、

一部の貴族の手によって懐に収まっている。


それを運んでいるのは、かつて“召喚されたはずのクラスメイト”だった。


犬養は目を凝らす。


(あれは……沢渡か? 召喚式にいたよな)


彼は貴族の雑用係にされていた。顔にあざがあり、目は虚ろ。

完全に“用済み”として搾取される側に落ちていた。


教会が無能な転移者を処理して、金は裏に流れる


(――この世界の勇者ってのは、何なんだ)




______________________





その夜、犬養は兵舎のベッドで目を閉じながら考えていた。


誰も知らない場所で、

誰も見ていない世界を、

自分だけが見ていた。


(助けたいわけじゃねぇ。正義とか、偽善とか、まっぴらだ)


(でも――)


「腐った金で腐った奴がいい思いするぐらいなら、その金で俺が自由になる。……それでいいだろ」


彼は、最初の小さな決意を固めた。


奪われる側で終わらないために。

影の中から、盗る側へと変わるために。

名もない学生Cは、静かに牙を研ぎ始めた。





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