第一話:異世界に召喚された
荘厳な王宮の大広間。高い天井に吊るされた金色のシャンデリアが光を撒き散らし、白と蒼の大理石の床に映えている。玉座の前には、二十人ほどの高校生たちが緊張した面持ちで整列していた。
彼らは異世界に“召喚”された者たちだった。
「光の勇者・水城聖矢! 汝に《聖剣》を授けよう!」
王の声が大広間に響き渡る。
聖矢と呼ばれた少年が一歩前に出て、祭壇に立つ。まばゆい銀の剣が空中から現れ、彼の手にすっと吸い込まれるように収まった。
「うおおおおお……! マジか、やっべ……!」
「勇者かよ、すげぇ……」
どよめく高校生たち。続けて、
「癒光の聖女・高嶋澪!」
「知の賢者・神谷琴葉!」
「剣王・九重蓮!」
次々に呼ばれていく名前。与えられるスキルはどれも派手で強力、光り輝く称号に満ちていた。
――その中に、犬養遥の名前はなかった。
いや、彼は確かにその場にいた。最前列の端、まるで空気のように立っていた。
だが誰も気づかない。視線が滑る。存在すら忘れられたかのように。
「次は……え? もういないのか?」
召喚師の男が名簿をめくりながら首をかしげる。
「犬養……遥、か。スキルは……《影が薄い》? ふむ。次だ」
それだけだった。
名前を呼ばれたが、スキルが読み上げられただけで、まるで価値がないものとして扱われた。
称号も、武具も、言葉も何も与えられなかった。
犬養遥は、王国の人間たちにとって、「存在しない者」になった。
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雑兵が使う兵舎。壁は湿気を吸って腐りかけている。床は軋み、ベッドは堅い板のような寝台。そこが、彼の“歓迎”の証だった。
(まぁ……だいたい予想はしてたけどな)
周囲には似たような境遇の者たちが何人かいた。スキル適正無しと判断された者、年齢的に戦力外とされた者、戦う気がない者。犬養のように、モブとして見なされた“召喚失敗”組。
「はあ……俺、絶対勇者パーティーに入れると思ってたのに……」
「これ、奴隷落ちあるんじゃね? マジで怖ぇ……」
誰かがぽつりと呟く。
(この世界の“リアル”ってやつか)
王国は「選ばれた者」だけを手厚く保護する。残りは“兵士候補”という名目で放置される。無能と断じられれば、奴隷落ちも当然という非情な世界だった。
それでも犬養は、静かに周囲を観察していた。
(……まだ慌てる時じゃない)
この状況の中で、生き延びるにはどう動けばいいか――彼の頭は冷静だった。
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――召喚前。東京郊外の高校、昼休みの教室。
窓際の席で、犬養遥はひとり静かに弁当のフタを開ける。
(今日も特筆すべき出来事はないな)
廊下では数人の男子がスマホを見せ合いながら騒いでいた。
「なぁ! 昨日の『俺の異世界最強伝説』見た?」
「超能力とか魔法とかマジで使えないかな~」
「つかえたら絶対モテるわw」
(くだらない……)
そう思いながらも、耳をふさぐことはなかった。
馬鹿馬鹿しい妄想話。
でももし、自分がそんな世界に行ったとしたら。
もし、目立つスキルを持てたなら。
もし、誰かに注目されたなら――
(……なんかちょっと、悔しいな)
小さな声が心の奥から聞こえた。
それは誰にも見えなかった、犬養遥の“最初の火種”だった。
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異世界に来て、ようやく彼はその感情の意味を理解し始める。
(目立つ力なんてない)
(誰にも期待されない)
(ただの“学生C”――)
だが、影が薄いからこそ見えるものがある。
誰にも気づかれないからこそ、拾えるものがある。
(――俺のスキルは、使いようだ)
犬養遥の目に、わずかな光が灯る。
それは、「奪われる側」から「奪う側」へと転じる最初の一歩だった。