代償
親身になって聞いてくれた皇后さまと世子様にすべてを話したハナ。
二つの時代の相違点は?
ハナの話を興味深げに聞いている皇后さまと世子様
『きっと、信じられないとは思うのですが、ここは今、ソウルと言われています。
世界中から観光客が来て、王宮を見学しています』
「世界中とは清や明、倭国からですか?」
世子様は少し驚いたようにハナに尋ねた。
『そうですね、近隣の中国や日本という国から沢山の方が来ます。私たちもその外国へ遊びに行きます。』
二人はとても驚いて、顔を見合わせた。
「貴方の時代には、戦いはないのでしょうか?」
皇后さまが尋ねた。
『まだ、世界にはたくさんの戦争があります。でも、今は隣の国同士では戦っていません』
大きく頷き、
「良い時代になっているのですね。少し安心しました。もっとお話を聞かせて頂きたいのだけれど明日も聞かせてくださるかしら?」
皇后さまがハナに言った。
『はい、伺わせていただきます。ただ・・・私、これからどこへ行ったらいいのか、知っている人もおらず、行く当てがないんです』
ハナはため息をつきながらそう答えた。
「そうよね。あなたは特別尚宮として、しばらく王宮内に住まいを用意しましょう。私の話し相手になって。あなたが元いたところへ戻れるすべを一緒に探しましょう。」
『ありがとうございます。皇后さま。』
ずっと不安だったハナは少しホッとした。
本当に一人ぼっちでこの先どうしたらいいのか見当もつかなかったから。
「ハナさん、私も一緒にあなたが帰れるようにお手伝いしましょう」
ハナの不安を感じていた世子様も優しく微笑みかけた。
ハナは若い女官たちが暮らす部屋の一室を与えられた。
小さな部屋だったが、一応は一人部屋。
『ああ~、本当になんでこんなことになったんだろう。明日の朝には元の世界に戻っていますように』
小さくつぶやいた。
トン・トン・トン
扉を叩く音がした。
『はい』
扉を開けると、小さな配膳台を抱えたハヌルが立っていた。
その背後には遠巻きに見ている何人かの女官が見えた。
奇妙な格好をした女人は、宮中で瞬く間に噂になっていた。
「食事を持ってきました」
ハヌルは部屋の奥にズカズカと入りこんで、台を置いた。
『あ、ありがとう。ハヌルさん』
「食事が終わったら、扉の外に出しておいてください。後で取りに来ます」
『はい、わかりました。あの、ハヌルさん、一つ聞いてもイイかしら?』
「何ですか?」
『あなたのご家族に絵を描かれる方はいらっしゃいますか?』
ハヌルは驚いて
「え、なんで知っているんですか?私の父は絵師をしています」
『いや、なんとなく、絵が上手そうだな~って思って』
「私もずっと絵師になりたかったんだけど、今は訳があって女官になったの」
『ああ、そうなのね。お食事ありがとう」
ハヌルは首をかしげながら仲間の女官たちのところへ戻っていった。
ハナは少しづつ二つの時代の相違点を見出そうとしていた。
ソラは若手のイラストレーターで、確かおじい様とお父様も画家だと言っていた。
以前、仕事で化粧品のパッケージのアイデアを考えていた時、ソラが素敵な絵を描いてそのまま採用されてパッケージになったことがあった。
『やっぱり、ソラのご先祖様に違いない!
ソラに似たハヌル、ユミ社長に似た皇后さま、ジュン君に似た世子様、きっとみんな生まれ変わってるんだ!』
ハナは以前からオカルト的な話や、仏教の輪廻転生などとても興味があった。
自分がタイムスリップしたんじゃないかという事も少しは理解していた。
『きっと、この時代に来た理由があるはず!』
ハナは明日が待ちきれない気持ちで、布団に入った。
明け方、目が覚めたハナは自分が倒れていたという池に行ってみることにした。
王宮内は、至る所に王宮を守る兵士が立っている。
薄明りの中、建物に隠れるようにしながら裏庭を探した。
『確か、こっちの方から来たはずだけど・・・』
王宮内をさまようハナ。広い王宮は同じような建物が建っていて、迷子になりやすい。
ザッ ザッ サーッ ザッ ザッ サーッ
建物の裏から誰かが動いている音がした。
恐る恐る覗いてみると、そこには真剣な目をして刀を振っている世子様がいた。
ハナは暫く世子様の姿を眺めていた。
あの優しそうな笑顔から想像しなかった真剣な面持ちで、一心不乱に剣の稽古に励んでいる。
稽古を終え、石段に座った世子様に近寄るハナ。
『世子様、こんな朝早くからされるのですか?』
急に目の前に現れたハナに小さく驚きながら、
「ハナさん、昨夜はよく眠れましたか?どうしてこちらに?」
『もう一度池を見てみたいと思ったのですが、行き方がわからなくて』
「ああ、そうでしたか。お連れいたしますよ」
世子様は腰を上げて裾のほこりをはたいた。
『お疲れのところ申し訳ありません。行き方を教えて頂ければ自分で行ってきます』
ハナは世子様の手を煩わせるわけにはいかないと思った。
『王宮内は、一人で歩き回れないと思いますよ。私が一緒の方が動き回れます」
とほくそ笑んだ。
『確かにそうですね。それでは、恐れ入りますが連れて行ってください』
世子様の後をついて行った。
王宮では朝早くから多くの人が働いていた。
世子様がお通りになるときは、みな深々と頭を下げた。
そんな世子様と一緒に歩くのが本当に申し訳なくて、ハナは小さくなってみんなに頭を下げながら歩いた。
「着きましたよ。ここが蓮池です」
『ありがとうございます。何か分かるといいのですが』
ハナは倒れていたという場所の近くを屈みながら見回った。
『スマホが見つかるといいんだけど・・・』
池の中も見てみたが、蓮の葉が茂り水中までは見えなかった。
タイムスリップの原因は判明するのでしょうか?