蝶と花
朝鮮時代に紛れ込んだハナは世子様に助けられた。
皇后さまはユミ社長にそっくり。
談笑している世子様と皇后を見つめるハナ。
「頭を上げないで!」
隣にいた尚宮に顔を伏せるように小さく小突かれた。
『ああ、そうそう。ドラマでも王様の顔を見てはいけないってやってたな』
まだ、時代劇セットの中にいるようで現実感が全くない。
「世子様、そちらの女人は?」
皇后さまがハナの方を見て言った。
「随分、変わった格好をしていますね。しかもずぶ濡れなのですね」
『きゃ~!どうしよう!皇后さまに気づかれた!
尚宮の列に隠れていたつもりだったのに、ユミ社長に似た皇后さまに気が付かれるなんて~』
ハナの鼓動が激しくなった。
「ああ、先程、裏庭の池のほとりに倒れていた方です。随分と濡れていたので今こちらに案内してきたところです。」
世子様がそう伝えると、
「まあ、そうでしたか。それは良い事をされましたね。」
と、言いながら皇后さまがハナに近づいてきた。
ずぶ濡れのハナを上から下まで不思議そうにゆっくりと見ている。
「貴方、随分と面白い服を着ていらっしゃるわね。初めて見る服ね。西洋の物かしら?」
皇后は好奇心が旺盛で新しい物、珍しい物が大好きなのである。
『あ、はい。そうとも言えます』
ハナは曖昧に答えた。
「良かったら後で、私のところにいらしてください」
皇后からお言葉をかけられて、動揺しているハナ。
「皇后さま、後程、お伺いするようにいたします」
世子様が答えてくれた。
ハナはホッとした。
「はい」と言うには、恐れ多く、ましてや「いいえ」なんて言えるわけがない。
皇后さまがお帰りになられると、世子様が尚宮に言った。
「濡れているので、風邪をひいてはいけない。こちらの方の身なりを綺麗に整えてください。」
尚宮に連れられて、韓屋の部屋に入っていた。
小さな木で出来た湯船に温かいお湯が貯めてあった。
「こちらで、湯浴みしてください。用意した韓服にお着換えください」
といって尚宮が出て行った。
部屋の中にある湯船が珍しく、扉に鍵が掛かってなさそうでソワソワするハナ。
最速で身体を洗い、用意してあった韓服に着替え始めた。
韓服は、子どもの頃に着せてもらったり、友人と一緒に写真を撮った時に着たことがあったが、最後の紐の結び方が思い出せない。
『あの~、どなたかいませんか?』
恐る恐る扉を小さく開けて外に話しかけた。
すると、数人で座ってお喋りしていた若い尚宮の内の一人が近づいてきてくれた。
『あの、紐の結び方を教えてほしいんですけど。』と、顔を上げるとそこには尚宮の服をきた、ソラ。
ソラが立っている。
『ソラ~!あ~~、良かったぁ~!』と、抱きつくハナ。
「な、なんですか!」
と、ハナを引き離し怪訝そうな顔でハナを見ている。
『ソラ、だよね!?』
「私はハヌルよ。」
ソラによく似た若い尚宮が答えた。
『ハヌル、空。やっぱりこの娘はソラだわ』
ハナはハヌルは絶対に、ソラなんだと思った。
「先ほど着ていた濡れていた服は洗っておいたわよ」
『スカート、あ、チマにスマホ・・・このぐらいの四角いやつ入っていませんでしたか?』
手でスマホの大きさを作って見せた。
「なかったと思うわ。世子様がお呼びだから急いで」
ハナはスマホを池に落としたことを思い出した。
『あの時見た青い光の渦はなんだったんだろう』
「着替え終わったようですね。皇后さまのところへ一緒に行きましょう。
お名前をお聴きしてもよろしいでしょうか?」
世子様が優しく微笑みながら語り掛ける。
『あ、はい。チ・ハナです』
「どうして、池に落ちてしまわれたんでしょうね?」
『サモエド・・あ、白い大きな犬に抱き着かれた拍子にバランスを崩してしまったんです』
「白い大きな犬!?王宮内に大きな犬はいませんよ。いるのは皇后さまの飼われている小さな犬ですよ。
野犬が入り込んだのかな?」
『あ、あの池じゃないんです。ジュン君っていう世子様に似た男の子の家の池なんです』
「ん??そうなんですか。私の名前もジュンというのですよ。イ・ジュン」
と自分を指さした。
『同じ名前!世子様とジュン君は同じ名前なんだ!!』
やっぱり、世子様はジュン君なんだ。
『あの~因みに皇后さまの名前を教えていただけますでしょうか。』
恐る恐る聞いてみた。
「皇后さまはユミンです。チェ・ユミン」
お、おしい!!パチンと指を鳴らした。
『皇后さまはユミじゃなかった!!』
ハナはちょっとだけ面白かった。
==皇后の部屋にて==
「皇后さま、世子様が参りました」
扉の前の尚宮が声を掛けた。
「どうぞ、おはいりなさい」
扉が開かれると、綺麗な花の屏風の前に皇后さまが座られていた。
「先ほどの方をお連れいたしました。チ・ハナさんです」
「どうぞ、こちらへお座りになって」
皇后さまが二人を部屋に招き入れた。
「先ほど、あなたが着ていた服は変わっていたわね。見せて貰っても良いかしら」
皇后さまがハナに話しかけてきた。
「はい、まだ濡れていますが、こちらにお持ち致しました」
ハナは包みの中に持っていた服を差し出した。
「この白いチョゴリは変わった形をしているのね。チマも随分と短くて何の生地で出来ているのかしら」
皇后さまは珍しそうにブラウスとスカートを観察している。
『こちらの白いのはブラウスというものです。この紐は首の前で蝶結びにします。』
ハナはブラウスのボウタイを蝶結びに結んで見せた。
「蝶結びって言う結び方があるのね。可愛い名前ね。」
『こちらのチマはスカートといいます。ミモレ丈っていう長さです。』
ハナはグリーンのスカートを説明した。
グリーンのスカートは、ジュンの家に行くことが決まって、ソラと一緒に買い物に行ったときに買ったものだ。
ソラは丈がダサいとか言ってたけど、大人っぽく上品に見えるからってこのスカートに決めたのだった。
『あの時、バーゲンセールで買わなくて良かった~』と、心底思っていた。
「ちょっと、この服をお借りしても良いかしら。」
『はい。どうぞ、ごゆっくりご覧になってください』
皇后さまに服を預けた。
「どうしてこのような服をお持ちなのかしら?」
ハナはちょっと困惑した。
未来からこの時代に来てしまったこと、果たして、本当のことを言って信じて貰えるだろうか?
内緒の方がいいのかな?
ちょっと戸惑っていた。
『目の前にいるのがユミ社長だったらどうしただろう?
ユミ社長にだったら絶対、話してる!
凄腕、敏腕社長のユミ社長ならきっとなんとかしてくれる!』
ハナはそう決心して覚えているすべてを話し始めた。
池に落ちたこと。
気が付いたら王宮の裏庭の池の横にいたこと。
自分はソウルという未来から来たこと。
皇后さまと世子様は、何度も頷きながら話を聞いてくれた。
覚えていることは大体話した。
ただ、ジュン君とユミ社長の事は言わなかった。
本当のことを話してしまったハナ。
世子様と皇后さまは、どんな行動を起こすのか!?