第二十話:百倍返しをしたいです
「エル!」
ホワイトブロンドの髪は乱れ、顔のあちこちを煤まみれにしたエルが、私へ駆け寄った。その紺碧色の瞳はうるうるを通り越し、今にもだばーっと泣き出しそうになっている。
ここはハグしてお互いの無事を喜ぶだと思ったが、エルは立場を考慮し、伸ばした腕を引っ込めた。これを見た私は「セクハラと思われるかしら……」と心配しつつも、「でもこの混乱の最中だから許してもらえる?」と、両腕を広げてみる。
すると「お嬢様……!」と、エルは飼い主に再会でき、喜びに満ち溢れる子犬のように、私の腕に飛び込んで来てくれた。ここはもう「よし、よし」とばかりにその頭を撫でてしまう。
「お嬢様が自らの意志とはいえ、悪党に同行したことだけでもショックだったのに……。村を守るはずの柵のあちこちで火の手が上がり、本当に大変でした(涙)。もうダメだと思った時、突然、雨が降ったんです。奇跡が起きたんですよ!」
「それはクルスが特級魔法で雨を降らせてくれたのよ」と教えてあげたくなるが、呑み込み「それで鎮火はできたのよね? 良かったわ」と応じることになる。
「お嬢様はご無事でしたか!? こんなに早く戻られると思わず、驚きました!」
エルは頭を撫でられながら、私に尋ねる。
「火の手が上がっているのを見たのよ。村にいるみんなを救うため、悪党の指示に従ったのに。それを破られたのよ。奴らと一緒にいる必要性はなかったわ。だから戻ることにしたの」
「そうだったのですね……! 有言実行で戻って来てくださり、嬉しいです!」
そこで体を離したエルは、無事を確認するよう、私のことをまじまじと見ると……。
「!? 首に怪我をされているではないですか!」
その顔がサーッと青ざめる。
「こんなのかすり傷よ。本当の大ピンチは腕を折られそうになったけど、そちらにいるゼノビア伯爵の護衛の彼が助けてくれたの」
振り返るとクルスは、村人と何やらを話していたが、すぐに私の視線に気付き、こちらを見る。
「あれがゼノビア様の護衛……。すごい美形ですね」
エルの言葉に改めて実感する。
クルスだとエルは全く気が付いていない。
やはりクルスはカメレオン俳優なんだと思ってしまう。
「エル、あの護衛は」
「フェリス」
肩に手を置かれ、振り返ると、エルも認める美貌の顔がすぐ近くにあり、息が止まりそうになる。「ここは俺に合わせて欲しい」と耳元でささやかれ、その息が耳にかかると、全身の力が抜けそうになってしまう。
「お嬢様!?」
エルが慌てて私の体を支える。
「フェリスは魔力を一点集中させ、地面に亀裂を作り、悪党を奈落の底へと突き落とした。だがリーダー格の男は魔法を使える。しぶとくフェリスを追い詰めようとしたところを助け出すことになった。その上でこの村に戻るため、転移魔法を使ったんだ。ふらついたとしても仕方ない」
私は悪党を倒すために魔力の半分を使ったが、それ以降、魔法は使っていなかった。
天候を操り、転移魔法を使ったのはクルスなのに。
だが今の言い方からすると……。
クルスは自身が魔法を使えることすら伏せたいと思っているようだ。
「お嬢様を助けてくださったのですね……! ありがとうございます。ところであなたは」
「俺はクラウスだ」
「!」
今のクルスでは、あのクルスであると、エルに悟られない自信があるのだろう。クルスとは名乗らず、クラウスと名乗るなんて!
「クラウス殿、本当に、ありがとうございます。……このお嬢様の首の傷は……? それに腕を折ろうとした??」
エルが尋ねると、クルス……クラウスの透明度の高い海のような碧い瞳に、マグマのような怒りが浮かび上がる。
「あのエリオンドというトレリオン王国の諜報部のリーダー。元は王立騎士団の団長でありながら、死亡扱いで諜報部へ転属している。騎士としての精神はとっくの昔に捨て、目的達成のためなら手段を問わない男だ。平気で嘘をつき、村に火を放った。フェリスのことも生きて声さえ出せればいいと、喉に傷をつけ、腕を折ろうとした……」
「お嬢様を狡猾な嘘で連れ去った男、エリオンドというのですね……。お嬢様を助け出したということは、そのエリオンドは!?」
「息の根を止めたい……と思った。だが簡単には逝かせない。こちらの手中に収め、利用する。最終的な敵はエリオンドではなく、その背後にいる一つの国だ」
クラウスは……というかゼノビアは気付いている……!
トレリオン王国が養蚕の技術を手に入れようと、人を攫うという非人道的なことをしていると。自国内で暗躍するトレリオン王国の諜報部、その名はフォックスの存在も把握しているんだ。
さすがゼノビア!
「そうなのですね。お嬢様を傷つけておいて……この傷の百倍返しをしたいです。まずは手足の骨を粉砕しないと……」
「腕の骨を折った上で、生きたままオオカミの群れの中に置き去りにしてやりたい」
エルとクラウスの視線が交差し、二人は同意を示すように力強く頷いているけれど……。
ふ、二人とも、とても恐ろしいことを口にしていませんか!?
優しいエル。クールそうなクラウス。
二人がエリオンドに示す怒りに仰天していると。
「フェリスお姉さん!」
「ピア!」
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