第十六話:負けられない
「な、どうして!」
私が叫ぶと、男は白々しく答える。
「実戦経験がないとこうなる。敵の言葉を鵜呑みにしたら、命取りになるということだ」
そんなことを言われても!と悔しくなるが、今はそうではない。急いで村に戻り、消火活動をしなければ!
「もしもお嬢さんが魔法を使えて、瞬時に村に戻れても、だ。あれだけ沢山の火の手が上がっていたら、食い止めるのは至難の技。あっちを消火させても、こっちで火の手の勢いが止まらない。それを消火できたと思ったら、鎮火したはずの場所から再び火の手が上がる可能性だってある。火というのは完全鎮火がなかなか難しい。消すならドバーッと一斉にやるしかない。まあ、そんなの無理なことだ。つまりここでお姫さんが一人戻っても、それはまさに、焼け石に水なだけさ」
悔しいがこの男の言う通りだった。
上級魔法でもこれだけの同時多発の火災、どうすることも出来ない。
それでも!
馬を止め、私は鞍から降りる。
転移魔法を使おうとすると……。
いきなり全方向から何かがこちらへ向かってくる気配を感じ、応戦することになる、
「まさか、あなた、上級魔法を……」
だが次なる攻撃が来て、それどころではなくなる。
身なりは傭兵風情。でも間違いない。騎士だ! しかも上級魔法を使える。王立騎士団の上位役職者に違いないと分かるが、魔法合戦となると、隙を作らない限り、転移魔法を詠唱出来ない!
どこか隠れられる場所は……。
考える隙を与えずに次々に攻撃を仕掛けられる。
そこで噛み締める。
これが実戦なんだと。
相手に猶予なんて与えない。
つまりはこの男を倒さないと、転移魔法を使えない!
これまでは防御一辺倒。だが本格的にこの男に攻撃を加える必要がある。
しかし。
私は乙女ゲームの元悪役令嬢。ヒロインのようなチートはなく、戦闘力なんてゼロなのだ! 歴戦の魔法の使い手の騎士を倒すなんて、無理! しかも上級魔法はゼロイチはできない。
無論、離れた場所に川があるから水はある。その水を難なく魔法へ転換出来るのは、特級魔法の使い手。上級魔法はすぐそこにあるものを魔法に活用することしか出来ない。
「きゃあっ」
考えることに集中していた。
男の放った短剣をギリギリで交わすことになった。
「生きて話せればいい。つまり殺しはしないが、無傷ではなくなるぞ」
その言葉に気持ちが萎えそうになる。
半殺しにされる危険もあった。
でも脳裏にはピア、エル、マーガレットおばあちゃん、マークや村人の姿が浮かぶ。
負けられない。
「おとなしく投降すれ」
起死回生で呪文を素早く詠唱する。
本来話している相手を遮るのはマナー違反。
だがここは優雅な舞踏会の会場ではない。豪華な食事と談笑を楽しむ晩餐会の場ではないのだ!
相手も容赦なく私に攻撃を仕掛けたのだから……。
風魔法は岩や土に対して無力に等しい。だが一点集中で全魔力を注ぐ形で放てば……土柱が起こり、土嵐が起きる。突如出来た地面の亀裂に男たちの体が吸い込まれた。
その深さはどれだけかは分からない。だが持てる魔力の半分は使ったのだ。相当な深さになっているとは思う。
男たちの姿が見えなくなり、安堵で膝から力が抜け、その場へたるようにして座り込んでしまう。
だがこんなことをしている場合ではない。転移魔法を使い、村に戻り、可能な限りで鎮火活動をしないといけないのだ!
両手を地面につき、立ち上がろうとすると、顎をグイッと後ろから持ち上げられ、まさに喉元に剣を当てられた。
全身に鳥肌が立ち、息を止めることになる。
「全く。貴族令嬢だと思い、油断をしていた。実戦経験もないくせに、こんな大技繰り出しやがって」
地面に出来た亀裂に落ちたと思っていたのに……!
「生憎だが、こちとら数多の汚れ仕事をやってきている。レディに引導を渡される訳にはいかないんでな」
そこで男の手が肩に置かれる。
「悪いことをするガキには仕置きが必要だ」
男の手がスルスルと肩から腕へと移動していく。
「俺の仲間を奈落の底に突き落とした。命令がなければこの場で散々な目に合わせ、命を取りたいところだ。だがそれは出来ん」
そこで男が私の手首を掴み、グイッと持ち上げる。
つられて体が動き、喉に熱さを感じた直後に痛みを感じた。
「しっかりしろ、お姫さん。これからお前が余計なことが出来ないよう、腕の骨を折る。骨が折れた経験があるか? 激痛だ。余計なことは出来なくなるぞ」
魔法を使いたいし、抗議をしたいが、喉元には剣がある。そして今、確かにその剣の鋭い切れ味を実感した。急に腕を持ち上げられ、剣にちょっと触れただけだが、傷が出来たのだ。
だがそんな傷、序の口。
この後、腕を……。
心臓の鼓動が速い。
恐怖で全身が震えている。
「お嬢さん、歯を食いしばるんだな」
お読みいただきありがとうございます!
ラノベあるあるの主人公の大ピンチ展開!
次話は12時頃公開予定です~
本日ランチMTGがはいるかもなので、12時台で更新できないかもしれません。
その場合はMTGが終わり次第、更新しますのでお許しいただけますと幸いです!