第十五話:凶事
男の部下が二手に分かれ、姿を消したこと。
そのことで目の前の敵の数が減った。
これは吉だった。
だが男の部下は村を取り囲み、火矢を準備していた。
これぞまさしく凶だ!
「お嬢様、悪党の言うことなど、聞く必要はありません!」
エルが男を睨みながらも、背にいる私へ声を掛ける。
「そうね。悪党の言うことなど、聞きたくない」
私の言葉にエルの背中がホッとしている様子が伝わる。
「分かりました。あなた方について行きましょう。ですがこれはあなたの命令に従うわけではない。私の意志で、あなたたちについていきます」「お嬢様!」
そこで私は押し殺した声でエルに告げる。
「私は国外追放されている身。その私を国内に戻す。それは相反する行動になる。国主導でこの悪党が動いているにしても、すぐに入国とはならないはずよ。それにこいつらが魔法を使えるとは思わないから、隙を見て、逃げ出すわ。私一人ならどうとでもできる。転移魔法を使えるのだから」
「ですがお嬢様、口を塞がれたら……」
「大丈夫。奴らは東方について知りたがっている。養蚕についてはいくらか知識があるから、それをちらつかせ、口を封じられないようにするわ」
そこで私は一際強い口調でエルに伝える。
「エル。私は自分の意志でこの男たちについていくわ。でも時が来たら、あなたの元に戻る。だからそれまでちゃんと生きて、私のことを待っていてちょうだい。これは命令よ」
「……そんな、お嬢様……」
エルの背から出て歩き出す。
そっと伸びたエルの手が私の手に触れるが、それは優しく払う。
「あなたについて行きます。合図を送り、部下に火矢を放たせないでください」
「よかろう、お姫さん。こっちへ来てその馬に乗れ。……どうだ、乗馬はできるか? 男にまたがった経験があっても、乗馬は無理かな? それとも騎士さんと毎晩励んで、足腰がしっかりしているから、乗馬もできるか?」
本当は魔法を使い、その口を塞ぎたくなるが、そこはぐっと我慢だ。「乗馬はできます」とだけ答え、指定された馬へと向かう。
「フェリスさん、ダメよ、行っては!」
「フェリスお姉さん、行かないで!」
声に驚き振り返ると、物見櫓にマーガレットおばあちゃんとピアの姿が見える。
二人には話していないはずだったが……。
もしかすると何かを見つけ、私たちに見せようと、リビング兼ダイニングルームにピアが戻ったのかもしれない。そこで私たちの姿がないことに気が付き……。
「マーガレットさん、ピア。大丈夫。すぐに戻るわ」
「おっとお嬢さん、それは聞き捨てならないな」
そこで私は男を睨み、押し殺した声で告げる。
「幼い子どもを安心させるための言葉のあやです!」
元悪役令嬢なのだ。すごんで見せればそれなりの迫力は出たらしい。
男は何か言い掛け、黙った。
だが、何だか不気味に微笑んでいる。
「ほら、女。とっとと馬に乗れ」
男の部下の一人が肩を押す。
こちらはスカートなのだ!
とっとと乗るなんてできませんよ!と文句を言いたくなるが、それは堪えて、馬に乗る。
馬に乗ると、手首を拘束すると言われたので、これは盛大に抗議した。
「落馬して私が死んだら、欲しい情報は引き出せませんよ!?」
「それはそうだ。では逃げようとするなよ。逃げたらお前が守ろうとした村が……」
「分かっています、逃げません!」
逃げる時は奴らが報復できない状態になってからだ。
トレリオン王国からこの島に戻るには、転移魔法を使わなければ相当かかる。そしてトレリオン王国で上級魔法を使える人間なんて、たかが知れていた。
この二十人全員を転移する労力をかけるぐらいなら、村への報復より、私を探すはず。さらに逃走するなら行き先を隠蔽しつつも、バレてしまう小細工をするつもりだった。シノブさんと同じように。ここへ逃げたと見せかけ、別の場所へ向かう。そうするつもりだった。
この方法ならあくまで私を追う。
村へ被害が及ぶ可能性は限りなく低くなる。
「よし。では行くぞ」
男の合図にエル、ピア、マーガレットおばあちゃんが叫び、マークは干し草用のフォークを手に、門の脇の扉から姿を現わした。
「みんな。無茶をしないで。村が焼け落ちたら、多くの被害者が出る。でも私が従えば、被害者は出ないのだから」
「でも!」と前に出ようとするマークのことはエルが制してくれた。
エルの紺碧色の瞳がじっと私を見る。そこに込められたのは「信じています、お嬢様」だ。その信頼を裏切るつもりはないので、私は大きく頷く。
「出発だ」と男が叫び、馬が一斉に走り出す。
私も渋々従い、馬を走らせたが――。
「部下の皆さんの撤退は!?」
「そう焦るな、お姫さん。村から追っ手がくるかもしれない。頃合いを見て、合図は送る」
そう答え、桑の実が生い茂る辺りまで来ると、男は何と、懐に小鳥を忍ばせていたようだ。極彩色の羽根を持つそれを放った。
それこそが撤収の合図かと私は思っていたのだが――。
さらに馬を進めていた時、何かを感じた。
それは……落ち着かない胸騒ぎ。
馬を走らせながら、後ろを向くのは重心のバランスが崩れ、あまりよろしくない。それでも乗馬は子どもの頃から嗜んでいたので、振り返ると……。
空にいくつもの筋となって伸びていく煙が見えた。
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次話は明日の7時頃公開予定です~
明日はハラハラドキドキ展開!
戦隊ヒーローもののピンチを応援する気持ちで(笑)
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