第十四話:交渉は……
「お嬢様、自分がまず前に出て、相手と話します」
「そうね。魔法を使えることは、私の追っ手ならバレているとは思うけど、もし知らなければアドバンテージになるわ」
「その通りです。不意打ちで魔法を行使できれば、二十人の傭兵達の連携が崩れると思います!」
エルの考えには同意なので、彼に守られる令嬢と言う立場で、村を囲む門の前に立った。
夏空は明るく、セミの鳴き声も聞こえる。
それだけ切り取ると牧歌的なのに。
武装した男達が近づいていると思うと、緊張が走る。
標高の高い場所であり、空気は涼しい。じっとり汗ばむことはなかった。しかし緊張で手先が冷たくなっているように感じる。
「もうすぐです、お嬢様」
私を背で守るようにして立っているエルがささやく。エルの言う通りで、二十頭もの馬が走ってきているので、その馬のいななきや蹄の音が感じられた。
ごくりと息を呑んだ時、「止まれ!」の大声が聞こえる。
遂に、男達が村の門の前に到着した。
「……なんだ、貴様は。村の奴ら、傭兵でも雇ったのか!?」
口ひげと顎ひげに覆われたダークブラウンの髪の男は、体躯がとてもいい。腰に剣を帯び、見るからに武道の覚えありに見えた。
「自分はたまたま客人としてこの村を訪れていただけです。ですが騎士ですから、場合によっては皆様を丁重にお迎えできると思い、ここでお待ちしていました」
「ほう……騎士。ということはその背に庇うは貴様の主か」
この問いに答えることなく、エルは尋ねる。
「こんな山奥の村に、何用でしょうか?」
「村に用などない」
男は答えながら、部下と思われる二十人に指示を出す。男の指示に従い、部下は左右へと別れ、道なき道を馬で駆けて行く。
目の前の敵と思われる者の数がうんと減った。
これは吉と考えていいのか、それとも凶なのか。
判断がつかない。
「村に用はなく、ここへ来たということは……」
「どうやら貴様たちなのかもしれないな、我々が用のある相手は」
「……なんだと!?」
この言葉で、隣国から来た悪女を追う追っ手なのではと、確信しそうになった。
「この島で東方の冷やしラーメンなるものを販売しているのは、お前たちだな」
ここで冷やしラーメンが話題に上るとは思っていなかったので、エルも私も「「えっ」」と小声でささやくことになる。
「噂を聞いた。東方に精通した女がいると。その女がツケメン、冷やし中華、冷やしラーメン、麦茶を考案したのだろう? 東方のその知識を我が主君は必要としている。我々について来てもらおうか。悪いようにはしない」
男がニヤリと笑い、エルと私は悟る。
「お嬢様、こいつらは……」
「シノブさんを追っていた人たちね。東方の人間なんて珍しい。トレリオン王国から東方の島国なんて遥か彼方。生還できる確率も低い。だから……諦めきれなかったのね。でもピアの年齢を考えると、十年以上追い続けているのよ。その執念はすさまじいし、それをできる力があるとなると……」
トレリオン王国のいち貴族の所業には思えない。
国が……関与している可能性が高いと思えた。
「エル、トレリオン王国に戻るなんて、こちらからお断りよ」
「そうですよね、お嬢様」
会話を終えたエルが、男にキッパリと告げる。
「レディをお誘いするには、いささかマナーがなっていないのでは? 名を名乗ることもなく、素敵な花もない。ロマンチックの欠片もないようでは……レディも返事がしづらいのでは!?」
「貴様、生意気な! お前に用はない。その背に庇っている女を寄越せ」
「それはできません。騎士の本分は、仕える主を、命を賭しても守ることですから」
そこで剣をするりと抜いたエルは……正直、痺れる程、かっこよかった。
ゲームの攻略対象でもないのに! うちの護衛騎士が、とんでもなく素敵な件というタイトルのラノベ、また誕生しそうですよ?
ではない!
エルの言葉を聞いた男は歯ぎしりをして怒り顔になった。
だがしかし。
そこでニヤリと笑う。
「命を賭して守る……か。騎士の矜持ほど胡散臭いものはない。ならばその命を張ればいい」
「その言葉、受けて立ちます。剣を抜いてください。堂々と一騎打ちをしようではないですか」
「生憎だな、騎士さん。俺達はそんなに暇人ではない。船だって待たせているんだ。時給がかかる」
完全にエルをコケにした言葉に、私がムッときて口を開こうとしたが。
「決断しろ。お嬢さん。護衛の騎士と二人で、ここにいるということは。この村を守りたい気持ちがあると、一目で分かった。実に分かりやすい。そういうところは実戦慣れしていないな、そちらの騎士さんも。既に俺の部下は村を包囲している。分かるか、その意味?」
これにはエルがひるむ。
実戦慣れしていない……それはそうだ。
今は平和な世の中で、騎士が戦場へ出る機会はほぼない。騎士の役目は、平和の維持と警戒すること。護衛の騎士も日々暗殺者や暴漢と戦っているわけではない。
「俺の部下は全員、戦争への出征経験がある。命のやりとりの経験があるわけだ。そして情けや容赦は持ち合わせていない。生きるか死ぬか。勝つか負けるか、その判断しかない。お嬢さんがおとなしくついてくれば、平和的な解決だ。だが逃げたら、火矢を放つ。村を囲むのは、木製の柵だ。そして周囲には沢山の木々。燃料はたんとある。悪いがもうすぐ時間だ。俺が合図しないと、火矢は放たれる」
「貴様、なんて卑怯な! 交渉の最中ではないですか!」
「こちとら騎士道とは無縁なんでな。さあ、時間がないぞ。どうする?」
お読みいただきありがとうございます!
次話は18時頃公開予定です~
【お知らせ】
昨年の今頃も「冷やし中華始めました」ならぬ
「新作始めました」と言っていましたが。
はい!今年も新作スタートです☆彡
『悪女転生~父親殺しの毒殺犯にはなりません~ 』
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実の父親を毒殺したという罪で処刑される主人公。
大好きな父親を殺すはずがない。
真犯人は別にいる――!
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