第十二話:私の願い
昼食の後片付けはエルと私が申し出て、洗い場に二人で立つことになった。ピアとマーガレットおばあちゃんは、アントニーとシノブさんが使っていた部屋を見ている。
「ピアはご両親の部屋を見たら、きっとまた泣いちゃいますね、お嬢様」
「そうね。そうなると思うわ。でもそれが自然なこと。泣くのを我慢する必要はないと思う。いっぱい泣くことで、気持ちが楽になるなら……。それでいいと思うの」
「その通りだと思います」と答えながら、エルがぽつりと言った言葉に、ドキッとすることになる。その言葉は……。
「ピアとは……ここでお別れでしょうか」
「それは……そうね。そうなっても仕方ないわ。だってここはピアの家になるのよ。両親を亡くし、家を追い出され、ストリート・チルドレンになってしまったピアだけど、帰るべき家が見つかった。しかも血のつながる人間はいないと思ったら、おばあちゃんに会えたのよ? マーガレットさんもピアに会えて、それは嬉しいと思うの。お互いがこれから一緒に暮らしたい、生きて行きたいと思って当然だわ」
「当然……そう言われると、そう思うしかないですよね。ピアはまだ子供だし、家族や親族といるのが一番……ということでしょうか」
寂しいことだが、その通りだと思う。
短い期間ではあるが、ピアと一緒に旅を続け、気持ちとしては……エルも私も家族も同然だと思っていた。でも……本当の家族ではない。しかもこの村にいれば、ピアは唯一の肉親と暮らせるのだ。それに村のみんなもピアの両親を知っており、その悲しい結末に強く同情していると思う。シノブさんの事件をきっかけに村が閉鎖的になったぐらいなのだ。ピアがここで暮らすとなれば、全力で守ってくれるだろう。
「ピアはこの村で暮らせば、絶対に幸せになれると思うわ。マーガレットさんからも。村人からも。大切にしてもらえる。私が願うのはピアが笑顔でいられることよ」
両親をなくしてからの五年間。ピアはとても辛い時間を過ごしていた。ストリート・チルドレンとなり、心ない言葉を言われることも沢山あったと思うのだ。生きるために悪いと思いながら、人を騙しその日の食べ物を得ることしかできなかった。そんなことで得た食べ物は、心から美味しいと思えなかったとピアは言っていたのだ。
でもここでなら、マーガレットおばあちゃんが作る温かい、心のこもった料理を味わえる。さっき頂いた煮物は、前世を思い出す素朴で安心できる味わいだった。きっとこんな料理を毎日食べていたら、ピアの傷ついた心も癒されるはず。
何よりこの村に来る前の夜。ピアは「お母ちゃん……」と寝言を口にして、涙を流していたのだ。マーガレットおばあちゃんと暮らせば、ピアが涙で枕を濡らす日も減るだろう。
「お嬢様、大丈夫です。自分はずっとお側にいますから! そんな悲しい顔をしないでください。お嬢様がピアの笑顔を願うように、自分はお嬢様の笑顔を願って、ここまでついてきたのです」
「ありがとう、エル。あなたがいてくれて、本当に良かった。最初、護衛はいらないなんて言っていた自分が信じられないわ。エルは私にとって大切でかけがえのない存在よ」
「お嬢様……!」とうるうる瞳になったエルは、今にも泣き出しそうになり、それを誤魔化すかのように、提案した。
「お嬢様。マーガレットさんが話していたマルベリー。摘みに行きませんか? シロップが作れるなら、麦茶以外の飲み物としても出すことが出来ますよね!?」
「確かにそうね。せっかくだから東方の桑の実を味わってみたいわ」
「そうしましょう!」
薪割りをしていたマークに声を掛け、マルベリーを摘みに行くと伝えると、籠を渡してもらえた。それを持ち、エルと二人、村の門があるところまで向かった。
こんな時間だが門は開いておらず、荷物の出し入れや、馬車や荷馬車などを出さない限り、門は開けないらしいことに気がついた。
門の脇の扉から外に出ようとすると、物見櫓にいる村人から声を掛けられる。
「何だかこちらへ向かってくる馬に乗った人々が、それなりの数、いるようだ。今日は物資の取引がある日でもない。ゆえに少し心配だ。門の外には出ない方がいいかもしれない」
「そうなんですね。それは心配です。よかったら自分もこちらの櫓に上ってもいいですか? 自分は騎士として訓練を受けているので、何か分かるかもしれません」
この申し出に村人の男性は「ぜひ、お願いします!」となる。
村を守ろうと頑張っているが、マークを含めた村の若者は、兵士でもなければ、騎士でもなかった。よって武器をそもそも持っていない。
武器として村人が装備しているのは、土を耕す時に使う鋤、干し草集めに使うフォークなどだ。西部の森と違い、南部では狩猟は領主がするもので、平民の狩りは認められていなかった。ゆえに弓矢もない。
よって剣を所持しているエルは村人からすると、ただそれだけで「すごい」になる。さらに怪しい人物を捉えた時の適切な判断も、騎士として訓練しているエルなら出来ると分かり、村人の期待は高まる。
「お嬢様、ちょっと見て参ります」
「気を付けてね。ここで待つわ」
キリッとした表情になったエルは、ホワイトブロンドの髪を揺らしながら、物見櫓を上って行った。
お読みいただきありがとうございます!
次話は明日の7時頃公開予定です~
ブックマーク登録してぜひお待ちくださいませ☆彡