第九話:明かされる事実
「ピアちゃんのお母さん……シノブさんは、お父さん……ピアちゃんにとってはおじいちゃんにあたるゲンさんと、この村に現れたの。二人はね、母国からトレリオン王国に連れ去られそうになった。でも乗っていた船が座礁して、二人は命からがらでこの島に流れ着いたの。そしてこの村にやって来たのよ。ねえ、ピアちゃん。シルクって分かる?」
「シルク……知っているよ。貴族が着るドレスに使われている布でしょう?」
「そうよ。シルクは交易品として人気。その糸は何で出来ているか、知っているかしら?」
問われたピアは「分かんない」と答え、テーブルに置かれているクッキーをパクリと頬張る。
ハーミット村を訪問し、形見として大切にしていたアサガオにより、ピアの家族に関する思いがけない情報が明らかになった。まさかピアがこのイースト島と、ハーミット村と深い関わりがあったなんて!
ピアとの出会いは偶然で、この島に来ることになったのも、パックとの何気ない会話だった。でも偶然も積み重なると、奇跡になるのかもしれない。
この奇跡で明らかになったこと。それはピアがこの村で生まれ、母親である東方人のシノブさん、父親のアントニーさんと共に大陸へ渡ったということだ。ピア自身、この島も村のことも一切知らなかった。両親は敢えてピアに話さなかったのだろう。ではなぜピアの両親は何も語らなかったのか。その理由を知っているだろうマーガレットおばあちゃんに話を聞くため、彼女の家を訪れることになった。
マークがアサガオを預かり、私達を拘束の上、村の中へ入ることを許した理由。それはマーガレットおばあちゃんにあのアサガオを見せ、確認するためだった。そしてもしピアが孫であると確信できたら、マーガレットおばあちゃんと顔を合わせができるようにしたいと、マークは考えた。その一方で、ピアが孫ではないとなると、アサガオを盗んだ可能性がある。その警戒のための拘束だったわけだ。
しかしそんな事情を知らないから、一触即発の事態になってしまった。
そこにマーガレットおばあちゃんが姿を現わし、あの場ですぐにピアが孫であることの確認がとれた。そこで私達は拘束されることなく、村の中へ招かれ、客人として迎えられた。そしてクッキーと紅茶を出され、まさにマーガレットおばあちゃんが全てを語りだしたところだった。
「シルクは蚕という虫が出す糸から出来ているの。この蚕を育てる養蚕のノウハウは、東方の国々では門外不出とされてきたのよ。だって重要な交易品で、高値で取り引きされる。交易相手国がシルクを生産できるようになったら、売れなくなっちゃうから、ってね」
前世の歴史を振り返っても、確かに養蚕の技術は重要視されている。前世日本でも、限られた地域のみで、共有されている時代があった。
「ゲンさんは母国で小料理屋をしていた。シノブさんは蚕を育てる仕事に自身の母親と共に就いていたの。そして突然現れたトレリオン王国の人に攫われそうになった。母親は留守で、父親であるゲンさんがシノブさんを助けようとしたけれど……結局、二人して攫われることになってしまったの」
攫われる際、養蚕に関するものを持ち出すように脅された。蚕の卵や幼虫は勿論、桑の木の苗木や種などの一式を持ち出すことになった。
「船でトレリオン王国まで戻るのは、数カ月かかる長旅よ。その間、船では病人が出たり、海賊に襲われそうになったり。本当に大変だったそうよ。それでもようやくこの島がある海域まで来たけど……。嵐に巻き込まれ、船は座礁してしまった。シノブさんは養蚕に携わっていた人間として、持ち出すことになった蚕の幼虫も助けようとしたけれど……」
そもそも長期間の船旅に、蚕の幼虫が耐えられるわけがなかった。既に航海の最中、連れ出した幼虫は死滅し、卵から孵化した幼虫が辛うじて残っていたが……。桑の葉も不足し、鮮度も落ちている。その上で海水にさらされては……。
「漆塗りされた容器にいれた桑の木の種だけが、かろうじて無事だった。そしてこの村にやって来たシノブさんとゲンさんは、母国を懐かしんでその種を植えたの。桑の木自体は蚕の幼虫とは違い、生命力が強かったのね。ぐんぐん成長したわ。そして沢山のマルベリーを実らせ、それをついばんだ鳥により、この村の周辺には沢山の桑の木が自生し始めた」
確かに村へ来る途中で、マルベリーが沢山実っているのを見かけた。まさかその実が東方のものだったなんて……。
これは驚きだった。
さらに偶然にも持ち出した種にはアサガオが混ざっており、それは──。
「もう萎んできているけれど、見えるでしょう、ここの窓からも。アサガオと呼ぶそうね、東方では。ピアちゃんが持っているのと同じ。青い綺麗な花を咲かせるのよ、今も毎年ね」
しばしピアもエルも私も。
窓から見える、庭で咲くアサガオを眺めてしまう。
「昔から見られるマルベリーとは違い、シノブさんが植えた桑の木からとれる実は、味が淡泊なの。シノブさんによると、東方の国では養蚕のために、桑の木の品種改良が進んだそうなのよ。葉は蚕の幼虫の餌としてどんどん改良されたけど、実の方は二の次。よって大陸で自生しているマルベリーに比べると、甘みも少ない実へと進化したのね。それでもシノブさんは故郷の味だからといって、その実を摘んで、ジュースやシロップを作ったり、私が教えるとジャムも作るようになったのよ」
マーガレットおばあちゃんはその頃を懐かしむ表情になりながら、紅茶を口に運ぶ。
「ゲンさんは料理上手でね。食材は限られていたけど、東方の料理をよく作ってくれたの。お野菜を美味しく食べられる煮物。潮汁とか。でも一番はヨクアンよね。それは日持ちもするから、町の方へ売りに行ったら飛ぶように売れて。船乗りの保存食にもなるって大盛況。でも……それがきっかけで、気づかれてしまったの。この島に、この村にシノブさんがいることに」
ゲンさんとシノブさんを攫ったトレリオン王国の人々が、ヨクアンを知り、このイースト島に東方人がいることに気付いてしまった。そしてハーミット村のことを聞き、調べを進めて……。
「養蚕の知識があるシノブさんを手に入れようと、トレリオン王国の人がこの村へやってきたの」
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