第ハ話:落ち着かないと!
アサガオを預かり、拘束した上で、村の中へ入ることを認める。
それではまるで私達が犯罪者扱いだ。
これにはピアもエルも気が付き、「私、盗んでないよ!」「お嬢様、自分たちは犯罪者でありません! 拘束される理由なんてないです!」と、二人とも盛大に反応する。
ピアは疑われることを悲しみ、エルは名誉を傷つける扱いに憤怒してしまう。
「二人とも、落ち着いて」と言っても、それで収まるはずがない。
ちょっとした騒ぎとなり、そして物見櫓からこちらを覗き込む人が沢山いる。
「みんな、私がストリート・チルドレンだったからって、いつも疑う。確かに以前は人を騙していた。でも今は違う。フェリスお姉さんとエルお兄さんと一緒にいて、恥ずかしくない人間になりたいと思っているもん。本当にそのアサガオは盗んだりしていない! 母ちゃんの形見だよ!」
ついにピアは感情が昂って泣き出してしまう。
泣き出す気持ちはよく分かる。この旅の道中でも何度となく「ああ、ストリート・チルドレンか」とピアは蔑まれることがあったのだ。
「お嬢様! ピアがこんなに泣いているのに、村人の指図に従うのですか!?」
エルは泣いているピアを見て、さらに怒り心頭になっている。
ここは私が冷静にと思うが、ピアへの侮蔑はイコール私への侮蔑だと捉えてしまうので……私だってブチ切れそうなのだ!
落ち着いて、私。
今、ここでクール担当がいないと大変なことになる!
そこで深呼吸を繰り返していたが……。
「お前たち、何をそんなに興奮している!? 本来余所者は入れないのに、入れる許可を出したんだ。ちょっと拘束されるぐらいで、文句があ」
「ちょっと黙ってください!」
いつぞやかのように。
風魔法を使い、マークの口の中を空気でパンパンにして話せないようにしたが。
「なんだ、行商のようなことをしているが、貴族なのか」
「まさか行商のふりをして、この村に乗り込むつもりなんじゃ……!」
「身分を偽るなんて、怪しいぞ」
なんだか風向きがおかしな方へ吹き始めたので、マークの魔法を解く。
するとマークは慌てた様子で「おい、お前たち、落ち着け」と言うが、村人達は武器を手に続々と門の横の扉から出てくる。
こうなるとエルが腰に帯びている剣に手を伸ばすことになってしまう。
「エル、待って。相手は平民なのよ。武器と言っても剣なんて持っていないのだから!」
ピアを抱きしめながら、エルに声をかけ、思いとどまらせようとする。
「みんな、武器を収めろ」
マークも懸命に叫ぶ。
「怪しい」「また村人を攫うつもりなんじゃないか」「騙されるな、マーク!」
「お嬢様、ピア、自分の後ろに下がってください」
エルがいよいよ剣を抜きそうになり「待って」と声をあげた私に被せるように「落ち着いて、みんな」という声がする。その年配の女性の声は、聞き覚えがあった。
声の主を目で追い、そして驚くことになる。
ハーミット村が閉鎖的な村であることを教えてくれた、あの柔らかいブロンドに青い瞳の優しそうな年配の女性が、村の中から現れたのだ。そしてその女性が「みんな、冷静になって。この人達は余所者だけど、悪い人ではないわ」と言いながら、幌馬車へと近づく。
そして「ああっ」と叫び、両手で口を押さえ、ポロポロと大粒の涙をこぼす。
「これは間違いないわ。シノブさんが育てていた花よ……!」
そこで私に抱きついていたピアがピクリと反応する。
「どうして母ちゃんの名前、知っているの……?」
年配の女性がその青い瞳を大きく見開いてピアを見るが、それは私も同じ。
シノブという名前はどう考えても東方人に思える。
そうなるとピアの母親は東方人ということ。
しかもこの年配の女性は、ピアの母親を……シノブさんという女性のことを知っているようなのだ。
これは一体どういうことなの……!?
「あああ、あなた……あなたがシノブさんの……」
年配の女性はさらに涙をポロポロとこぼす。
「あなた、お名前は? 私はマーガレットって言うのよ。あなたのおばあちゃんよ。アントニーは私の息子。そしてこの村に流れ着いたシノブさんとアントニーは恋に落ちて……。あなたが産まれたのよ」
「えっ……おばあちゃん……なの?」
「まさかあなたが孫だなんて。想像もしていなかったわ。それに孫の年齢は十二歳のはず。あなたは六歳か八歳ぐらいに見えたから、まさか孫だとは思わなかった。でもその赤毛はアントニーにそっくり。瞳はシノブさんに似たのね。シノブさんは綺麗な黒い髪に焦げ茶色の瞳をしていた。でもその髪色だと目立つからって、村を出る際に染料で赤茶色に変えていたのよ」
「ピア、あなたのお母さんの髪は赤茶色で、瞳は焦げ茶色だったの?」
私が尋ねると、ピアは「そうだよ」と頷き、さらに続ける。
「お父ちゃんは赤毛で、瞳は青かった。……おばあちゃんみたいに」
「あなたピアちゃんっていうのね。名前を決める前に、村を出てしまうことになったから……。ピアちゃん、あなたのお父さんは、青い瞳だったわよ。おじいちゃんも青だった。……おじいちゃんは昨年亡くなったの。ピアちゃんに会えたらよかったのにね」
そこでマーガレットおばあちゃんは再び、ポロポロと涙をこぼすことになった。
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次話は18時頃公開予定です~