第七話:まさかの展開
閉鎖的とは聞いていたが、こうもあっさり拒まれてしまうとは……。
ショックだったが仕方ない。
それも想定のうち。
なんだかんだでこの時間、普段ならお昼営業のために、スープや麺を作り始める時間なのだ。
「分かりました。早朝、宿場町を出て、こちらへ来たんです。人馬共に休ませていただけないでしょうか」
馬車で移動中に「休ませてほしい」と問われた時。この世界で断るのは、隣人への冷たすぎる反応としてタブーだった。
馬には水と干し草を、人には水と何か食料を与えるのが最低限の礼儀。勿論、相手が盗賊とか、犯罪者の場合、拒むことは許される。だがそうではない場合は、お互い様で親切にしようということ。
ということで私から「人馬共に休ませていただけないでしょうか」と言われ、マークは一瞬、困った顔をしたが、仕方ないという表情になる。
見た目は着物なんかを着ているが、大陸共通のルールには従うようだ。
「食料は結構です。冷やしラーメンを作るための食材を積んでいます。それを調理するので、馬の餌と、人馬共に水をいただければ」
「……分かった」
「では荷台に積んでいる大き目の鍋にお水をいただけませんか。もし井戸まで行かせていただけるなら、自分達で水をいただきますが……」
するとマークは首をふり「水はこちらで用意するから、その鍋を出してください」と言う。そうなるだろうと思ったので、「では荷車を用意してください」と頼む。「分かった」と返事したマークは物見櫓に声を掛け、一旦、門の脇の扉から村の中へと戻っていく。
「お嬢様、本当にここで冷やしラーメンを作るのですか……?」
「ええ。作るわ。東方の文化を受け入れた寛容さがある人達よ。きっとスープの香りに興味を持つわ」
そうなのだ。
余所者を拒む態度だった町の人が、なんともこうばしい香りに興味を持ち、実際に冷やし中華と麦茶を食べ、その考えを変えてくれた。食はきっと人の言動を変えることができる。そう考え、ここで実際に冷やしラーメンを作ることにしたのだ。冷やし中華とは違い、スープの香りはたまらないはず。
ということでまずは火をおこし、もしもの時のために用意していた折り畳みテーブルを広げ、調理道具を幌馬車からおろすことにした。
「フェリスお姉さん、お断りだったの?」
「そうね。残念ながら」
荷台で大人しくていたピアはこれを聞き「そっか」となるが、すぐに笑顔になる。
「でもここで冷やしラーメンを食べられるんだよ。楽しみ!」
「ありがとう、ピア」
そこで先程の扉が開き、荷車を押しながらマークが戻って来た。
その後ろに数名の男性が続くが、彼らもまた同じように着物を着ている。
「それで、鍋は?」
「鍋は大きいので、まだ幌馬車に積んでいます。今からおろします」
マークに問われて答えると、私は幌馬車の後ろの布を完全に巻き上げた。
エルが荷台に乗り込み、寸胴鍋を抱えると……。
「あっ」というマークの声が聞こえる。
寸胴鍋の大きさに驚いたのかと思った。
だが……。
「どうしてその青い花を持っているんだ!」
突然マークに問われ「青い花?」となるが、すぐにピアのアサガオのことを指していると気付く。
ハーミット村は山奥にあった。
緩やかな坂道を進み、出発した宿場町より、標高の高い場所に来ていた。まるで避暑地に来たみたいに、森の中は暑くなかった。つまり本来はしぼんでいるアサガオがこの時間、まだ咲いていたのだ。
アサガオが夏の朝に咲き、陽射しの上昇と共にしぼむのは、気温の変化と関係している。気温が上昇すると、蒸散が進み、アサガオから水分が失われ、しぼんでしまう。だが標高が高い場所に来たことで、気温が通常より低くく保たれ、アサガオはしぼむことなく咲いていたのだ。
ということでまだ綺麗な花を咲かせているアサガオ。これを見て反応したということは。東方人が住んでいた村。アサガオのことも聞いたのだろうか。もしくはその東方人がアサガオの種を持っていて、この村で植えた可能性もある。
実物のアサガオを見たことがあって、かつアサガオはこの大陸では珍しいと分かっているから、驚いてなぜアサガオを持っているのかと聞いたのでは!?
「このアサガオは、この子、ピアというのですが、彼女の両親の形見なんです」
「何……?」
そこでマークはまじまじとピアを見た。
彼以外の三名の男もピアを見る。
「まさか……」と男の一人が声を絞り出すように呟き、後ろの二人の男の方を振り返った。そしてマークと三人の男性陣は集まって、何やらヒソヒソ話を始めている。
この事態にピア、エル、そして私はどうしていいのか分からない。
そこでピアがハッとした表情で私を見る。その顔は泣き出しそうになっているので、ビックリしてしまう。
「ピア、どうしたの!?」
「私、盗んでないよ! お母ちゃんが大切にしていた花だったから、家から追い出される前に植木鉢に移しただけだもん!」
「! ピア、安心して。私はそんなこと、疑っていないわ。もしあの三人の男性がそんなこと言い出したら、私が否定するから大丈夫よ」
まさにそうピアに伝えたところで、マークと三人の男達が話を終えたようで、こちらを向いた。私は本能的にピアを抱きしめる。そんな私を背に庇うようにして、エルが一歩前へ出た。
「この花を預からせてもらう」
マークの言葉に驚き、「え!?」と声を上げることになる。
「君達が村に入ることを許す。だが勝手な行動ができないよう、拘束させてもらう」
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