第一話:冷やしラーメン
「完成したわ……!」
「これが冷やしラーメンなのですね、お嬢様」
「見るからに美味しそう~。フェリスお姉さん、食べていい!?」
瞳を輝かせるエルとピアに私は告げる。
「ええ。きっと美味しいはずよ。食べてみて」と。
◇
冷やしラーメンを盛夏となる八月から提供したいと考えた私は、試行錯誤することになった。
なぜなら何かと活用してきたアンチョビベースの魚醤では、冷やしラーメンのスープが難しいと感じたからだ。つまり冷やしラーメン用のスープを開発する必要があることに気付いた。というのも魚介系のスープでは、冷ますことで、絶妙に保たれた風味のバランスが崩れてしまうのだ。
「言われると何だか少し味わいが違いますね……」
「でも初めて食べる人なら、分からないんじゃない?」
エルとピアはそう言うが。
そこで妥協してはダメだと思うのだ!
ラーメンのスープのこだわりとは、まさにそこだと思う。
何より、移動しながら販売しているのだ。
この一杯とは一期一会になるお客さんがほとんど。
人生を振り返った時に「あの時食べた、オリエンタルな料理は本当に美味しかった」と思ってもらえるようにしないといけない。
そう考えた私は。
冷やし中華の仕込みがない時間を使い、冷やしラーメン用のスープのレシピを考案した。そして昼の営業を終えたこの日、鶏を使った冷やしラーメン用のスープに挑戦してみることにしたのだ。
「使うのは、鶏骨と切れ端の鶏肉よ。これをスープとして使う前に、しっかりローストするの。生姜と一緒にね。いい焼き目がついてから、寸胴鍋に投入よ。みじん切りの玉ねぎ、生姜とベビーリーフも一緒にいれて、弱火で三十分、ぐつぐつ煮込むの」
「ツケメンのスープの時とは全然違う材料ですね」
「そうね。今回は魚醤も使わず、塩味にするわ」
一時間掛け、じっくり煮込む間、ピアは読み書き計算を行い、エルが麺を用意してくれる。
休憩所ではティータイムになる時間。
みんな甘い物を食べる中、私達だけが真逆の香りを漂わせ、調理を続ける。
「いい感じで旨味成分が出たと思うわ。濾過するのを手伝ってもらえる?」
今回は布を使い、濾過をして、味を調えることにした。
「加えるのは、白ワイン、砂糖、塩。そしてほんの少量の白ワインビネガーなんですね、お嬢様」
「そう。さっぱりとした塩系鶏スープに仕上げるわ」
こうして完成したスープを味見したところ。
「あ、さっぱりだけど、深みを感じる味にできたわ。あとはこれを冷ましてどうなるかね」
一緒に味見をしたエルとピアは……。
「美味しいですよ。絶対に冷ましても美味しいと思います!」
「普通にこのスープでメンを食べたい!」
大変好評。
氷室の氷を使い、スープの鍋を冷水で冷やすこと三十分。
試作品が完成した。
そして「きっと美味しいはずよ。食べてみて」とエルとピアに、鶏系スープの冷やしラーメンを試してもらうことにしたのだ。
トッピングは、煮卵、チャーシュー、スキャリオン。
「「いただきます!」」
エルとピアが声を揃え、冷やしラーメンを食べ始める。
「! これはツケメンのスープとも冷やし中華のタレとも、まったく違いますね! なんというか優しい味わいです。優しく爽やかで、メンがつるつるいけてしまいます。美味しいです!」
「スープの色がメンと同じぐらい黄金色をしていて、綺麗~。冷やし中華もさっぱりだったけど、それ以上にあっさりしている。あっさりしているのに、なんだか複雑にも感じるよ。不思議~。ピアはこれ、大好き!」
二人の反応は上々。
そこで私も麺と共にスープを口に運ぶと……。
「ああ……」と思わず声が漏れる。
「鶏からしっかり旨味が出ているわ。それに生姜の風味がほんのり効いているわね。この爽やかな後味は、白ワインと白ワインビネガーのおかげだと思う。ピアが感じた複雑な味わいはきっと、これらの素材の味と調味料が見事に融合した結果だと思うの。それにエルの言う優しい味わい。よく分かる! なんだかんだでツケメンのスープも、冷やし中華のタレも、味にパンチがあったでしょう。それと比較するとまろやかな味よね」
これはいけると確信する。夏の昼間に飛ぶように売れるイメージがわくし、それこそ白ワインと一緒に食べてもいい冷やしラーメンだと思った。
そこで気配を感じる。
デジャヴを覚える気配だった。
「ものすごく食欲をそそる香りがしているんだが、それ、販売していないのか?」
「もし売っているなら、食べてみたいな」
「さっきからずっと気になっているんだよ」
気づけば夕ご飯時の時間。
小腹が空き始めた時にこの香りは……。
試作品のつもりだったが、麺とスープの用意はある。声をかけてくれた数名分なら提供できるだろう。
「これは試作品なんです。それでよければ提供できます。お代はいりませんので」
私の言葉に「何!? 無料なのか!?」「こんなに美味しそうな香りがしているのに!」「ぜひ俺にもくれ」となる。これには完全にデジャヴだ。つけ麵の試作品を作ったあの日の再現をしているように感じる。
そして最終的にあの日と同じになった。
スープ一滴すら残らず、代わりに銅貨が入った巾着袋が残されたのだ……!
お読みいただきありがとうございます!
遂に第二部スタートです~
まずは冷やしラーメンから♪
次話は12時頃公開予定です~