第七十話:ピアと私を守るために……
船内から出て、すぐに扉を閉じたが、いきなり波の洗礼を受ける。
揺れも激しく、自分が海に投げ出されそうになってしまう。
掴んでいる手すりも金属なので、滑る!
「ゴホッ、ゲホッ」とむせるような咳をしながら、目を開けようとするが……。
容赦なく降り注ぐ雨風、打ち付けるような波に翻弄される。
それでも必死に咳をしながら「クルスさん、クルスさん」と声を上げるが、反応はない。
目を凝らし、そしてヨットのどこにもクルスの姿がないと分かった。
ピアと私を守るため、クルスは……。
どこかに。
この海のどこかにクルスがいるはず。
ライフジャケットをつけていたので、すぐに沈むはずはない。
揺れるヨットで視界は固定しにくい。それでも周囲を真剣に見渡し……。
「いた!」
かなり離れた場所であるが、オレンジ色のライフジャケットが波の間からチラチラと見えたのだ。
冷静に考える。
転移魔法でマリーナに戻ると、ヨットの位置を把握するのは難しくなってしまう。
距離があり過ぎるし、視界もよくないからだ。
だが転移魔法でクルスのところへ向かい、再度このヨットに戻ることなら……できるだろう。
視界に入るからヨットを目指せる……!
気持ちが興奮するが、深呼吸を行う。
冷静にこの方法で問題がないかを考える。
激しい波に投げ出されないよう、必死にマストにつかまりながら。
そこでハッとして気付く。
私が今、思いついたこの方法。
魔法を使えるクルスが思いつかないはずがない。
でもクルスがそうしないということは……。
そうか。
強い雨風と波で呪文を詠唱できないんだ。
ほんの短い時間でもいい。
雨風と波を防ぎ、呪文を詠唱できる状態を作り出せればいいんだ。
何かないかと探すが、これぞというものは見つからない。
船上で固定されていなかった物は、すべて海に投げ出された可能性が高かった。
そこで思いつく。
ヨットに使われる帆は、防水加工された布が使われているわけではない。
布にオイルや樹脂を塗り、耐水性を高めていたのだ。
さらにトラブルに備え、ヨットには予備の布が積まれているはず。帆として使えるように。
だがその予備の布自体は巻物状で巨大。それを丸々持って行くことはできないが、一部でいい。それで雨風と波を避け、呪文を詠唱できれば……!
通り雨と言っても、すぐには収まらない。
相変わらず雨風は強く、そして波は荒々しかった。
それでも必死に行動する。
予備の布は船上に固定された箱の中で見つけることができた。
「冷静に行動するのよ、私」
浮き輪と予備の布を手に、転移魔法でクルスの元へ向かった。
◇
既に全身ずぶ濡れだったし、海水温が下がっていることは分かっていたが……。
ドボンと海に落ちるようにしてクルスの元へ転移した時。
その冷たさに声が出ない。
それでも先に呪文を唱えていたから、持参していた布は私とクルスの頭上で広がり、なんとか雨風をしのげる状態になった。しかも浮き輪をしっかり持っていたので、転移と同時に海中に沈むことはない。
頭上に広がった布に激しく雨が打ち付ける音が聞こえる。
上から覆いかぶさるような波は防げても、海中に体の半分以上が沈んでいるのだ。
激しく揺れ動く波は会話をしようとすれば、口内へ飛び込んでくるだろう。
よって目の前でお互いを認識しているが、会話はない。
だがクルスは突然現れた私に驚きながらも、いろいろと瞬時に理解してくれたようだ。
その澄んだ碧い瞳が私へ感謝の気持ちを伝えてくれている。
安堵した私は気持ちを奮い立たせた。
冷たさに凍えている場合ではない。
転移魔法を使うため、呪文を詠唱しようとしたが、クルスの指がスッと私の唇を押さえた。
冷え切った指にドキッとする。
私とピアを守るため、海に落ちることになったクルスは、この冷たさに耐えていたんだ……。
申し訳ない気持ちになる私の代わりで、クルスが呪文の詠唱を始めた。
「Me Nemariel, Amorin Teloran ar Thaloran
Siliva Raundor, Siliva Ventor」
初めて耳にする呪文だった。聞いたことのない言葉で紡がれている。
だがこの呪文、響きがとても美しい。
クルスの声がこの呪文を詠唱する度に、ドキドキしていた心臓が落ち着いていく。
てっきり転移魔法を使うと思ったのに。
これは何の魔法なのだろう……?
「Mariniel, Amorin Aquilor,
Siliva Tempestor, Siliva Serenor」
その耳に心地よい響きはさっきと同じだが、詠唱されている内容は違うようだ。
これは……もしかして古代語の魔法……?
古代語の魔法は五大元素に直接的な影響を及ぼすと言われている。
使い手は限られているはずだ。
そこで気が付く。
頭上で打ち付ける雨音が消えていると。
しかも激しく揺れていた波が穏やかになっている。
ゆっくりとクルスが布をどけた瞬間。
明るさに目が閉じる。
陽射しを遮っていた雨雲が消えていた。
そして空にはくっきりと虹がかかり、先程の雨風が嘘のような、幻想的な世界が広がっていたのだ……!
お読みいただきありがとうございます!
本日もよろしくお願いいたします☆彡
次話は12時頃公開予定です~
私の作業が追い付かず遅れていた告知の件はコチラ!
↓
↗↗↗書籍予約受付遂に開始↗↗↗
第7回アース・スターノベル大賞ルナ奨励賞受賞作
『婚約破棄を言い放つ令息の母親に転生!
でも安心してください。
軌道修正してハピエンにいたします!』
https://ncode.syosetu.com/n0824jc/
WEB版を大幅改稿して書籍化!
なろう版にはない新キャラクターも
読者様の応援のおかげで頑張ることができています☆彡
詳しい情報は活動報告をご覧くださいませ~